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コロナ影のヒーロー、葬儀屋

葬儀社
葬儀屋の仕事は常に死と向き合う。まるで目に見えない壁が葬儀屋とそれ以外の世界を隔てているようだ Keystone / Jean-christophe Bott

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)の発生以来、葬儀屋は感染リスクにさらされながら最前線で貢献してきた。だがコロナ危機発生から1年経った今も、市民から拍手が送られたり公に感謝の意を表されたりすることはない。一体なぜなのか?

約1年前の昨年2月25日、スイスで最初の新型コロナウイルス陽性者が確認された。スイス南部ティチーノ州在住の男性(70)で、ミラノ近郊での会議から帰国後、検査を受けて発覚した。その後感染者数は急増し、すぐに初の死者が出た。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により国内で初めて亡くなったのは、スイス西部ヴォー州の女性(74)だった。

女性が亡くなったのは同年3月5日。今思えばそれはスイス、そして地球全体を巻き込むパンデミックの幕開けだった。日々更新された統計はその経緯を生々しく物語っている。

長期的なストレス

むき出しの数字の裏には、多くの人々や家族の悲劇と同時に、医療機関や葬儀屋の計り知れない功績が隠れている。だが称賛を受けた医療従事者とは異なり、葬儀屋に公的な感謝の意が表されることはなかった。彼らもまた最前線で高い感染リスクにさらされながら、昼夜を問わず週7日対応することを強いられたにもかかわらず。

パンデミックは葬儀屋の普段の就労リズムを完全に狂わせた。常に不確定要因がある状態で働き続けた結果、ストレスや疲労、肉体的・精神的な負担が増加した。だが死者や遺族の対応に回れるよう、自分の恐怖心や疲労感を内に抱え込んだのだ。

特に驚くことではない

葬儀業界はコロナ禍を乗り越えるための根本的な貢献をした。にもかかわらず「パンデミックの英雄外部リンク」として公の謝辞で言及されることはなかった。一方、当の本人たちは特に驚いたり憤慨したりする様子はない。「こういうことには慣れている。葬儀屋に感謝するのはあまり一般的ではない」とスイス葬祭業協会(SVB)外部リンクのフィリップ・メッサー会長は話す。

遺族が出す死亡広告やお悔やみ欄を見ればそれがよく分かるという。そこに書かれている内容は、もう何十年もほぼ同じパターンだ。ビール/ビエンヌで葬儀場を経営する同氏は、こういった文章の中で葬儀屋への感謝が言及されることはないと言う。「だから例えパンデミック時でも、我々の仕事が感謝されないのは驚きではない」(メッサー氏)

その一方で、パンデミックの発生以来、ジャーナリストから定期的に取材の問い合わせがあったことを指摘。「これもまた、私たちの仕事が認められたことの表れだ」

フィリップ・メッサ―
ビール/ビエンヌで葬儀場を経営するフィリップ・メッサー氏。スイス葬祭業協会(SVB)会長 Ben Zurbriggen Fotografie

タブーと迷信

ジュネーブの学者ニック・ウルミ氏は、葬儀屋の認知度の低さについて驚く様子はない。同氏は著書「Au service du deuil(仮訳:悲しみに仕える身)」の中で、ジュネーブの公営斎場について詳しく考察し、過去1世紀半に渡る葬儀業界の歴史をつづる。

「葬儀屋の仕事はベールで覆っておきたいものだ。今もある種のタブーのような、存在を否定する風潮が残る。葬儀屋は故人との別れの瞬間には決して欠かせないリアルな存在だが、それ以外の時は忘れていたいと思う人が多い」と歴史家の同氏は説明し、研究の過程で集めた多くの証言を示唆する。「ジュネーブの葬儀場の従業員は、自分の周りには死の原因となった病気ではなく、まるで死そのものが伝染するかのように振る舞う人が多いと話していた」。そのため、仕事柄、死と隣り合わせの人がそばにいると、自分にも死が伝染するのではと恐れる人が多いという。

目に見えない壁のようなものが葬儀屋と残りの世界を隔てている。葬儀屋は「死そのもの」の体現として見られているのだ。「そこに少しばかりの迷信が加わる。それは筋金入りの合理主義者でさえ切り離せない。心の底で死を拒む思いは今もとても根深いようだ」。そして「他人の不幸を食い物にする肉食獣のような、古い風刺的な墓掘人のイメージは決して払しょくされなかった。特に葬儀屋に対してそのイメージが根強く残っている」と付け加えた。

ニック・ウルミ
葬儀業界についての本を執筆した歴史家のニック・ウルミ氏 © Magali Girardin

ウルミ氏は、パンデミックの影響で現地調査を行えず、経験的事実に基づく結論ではない点を強調しつつも、この否定的なイメージは更に定着した印象を受けたと言う。「その一方で、死亡者の多さや、他人との距離を保つ感染防止対策の影響で、葬儀屋が今まで以上に目に見えない存在になっているのも事実だ」

遺族の苦悩

パンデミックの間、葬儀屋は自らも苦しみ、見捨てられたと感じていた。過重労働に加え、遺族の悲しみへの対応もその原因だ。衛生面での規制により、遺族は大切な人との最後の別れを手短に行うことを余儀なくされ、通常の喪の儀式さえ許されなかった。本来であれば遺族にしてあげられるはずのサポートを提供できないことが、葬儀屋自身をも不安にさせた。

一般的なイメージとは異なり、葬儀屋は死者を扱う他にも遺族を具体的にサポートし、心のケアも行っている。こういった業務は、遺族が悲しみを乗り越えるプロセスには欠かせない要素だとウルミ氏は強調する。

事実、この仕事で一番苦労するのは遺体の準備や埋葬・火葬ではない。「死体に触ることにはすぐ慣れるが、痛みや悲しみに慣れることはない。これはこの仕事をする限りつきまとう課題だ。葬儀屋の従業員は、皆口を揃えてそう言う」と同氏は話す。

また、この状況はほとんど逆説的だと続ける。「遺族の心のケアは最も苦痛を伴う部分であると同時に、最も意味がある任務でもある。それは葬儀屋が悲しみ乗り越えるための付添人として心理的に重要な役割を果たしているからだ」という。つまり彼らは、与えられた任務をはるかに超えた重要な役目を担っているのだ。

スイス葬祭業協会(SVB)のフィリップ・メッサー会長は、パンデミックへの対応をめぐる連邦内務省保健庁(BAG/OFSP)との連携に概ね満足しているが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種の最優先グループから葬儀屋を外した決定に苦言を呈した。「我々は感染のリスクにさらされているため、(この決定は)非常に残念だ」(メッサー氏)

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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