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スイスの伝統ホテル、莫大な費用をかけて再オープン

ル・トワ・ロワへようこそ! Keystone

インプラントなどの歯科技術で一儲けしたトマス・シュトラウマン氏が、次に情熱を傾けたのは、閉鎖間際の伝統的ホテルの経営を建て直すことだった。

スイスの最も古い高級ホテルの一つ、ル・トワ・ロワ(Les Trois Rois、3人の王様)。彼はここを2年前に買収した後何百億円もかけて改装し、2006年3月20日の再オープンにこぎつけた。

 お金のことを気にしなくて良いのなら、貴重な歴史的遺産の保存に貢献する方法は沢山ある。ル・トワ・ロワに限って言えば、それは最初の最初から改築することだ。まずは床や、永遠かと思われるほどの数の壁を引っぺがすことから始まる。お金に糸目をつけない狂想曲の前奏だ。

世界中から最高のものを

 それからスタッフをアンティークのオークションに次々と送り込んで、ロスチャイルド家がたまたま売りに出した古い絵画やら大理石のテーブルやらを落札させる。ローリング・ストーンズのメンバーがウォッカで一杯にしたという逸話を持つバスタブもやってきて、ホテルに設置された。優雅にテレビを見ながらお風呂に入れるよう、ちょうど良い高さにテレビも埋め込まれた。

 多くの腕の立つ職人も顔をそろえた。1897年に世界で最初にシオニストの会議が開かれた部屋などを丹精こめて改装するのだ。

 しかし、一体これらにいくらかかったのか、本当のお値段は定かではない。1億フラン(約90億円)はかかったのではないかともっぱらの噂だが、スイスで最も成功しているビジネスマンの1人であるシュトラウマン氏はコメントを拒否している。

趣味でホテル経営

 素顔のシュトラウマン氏は大金持ちの傲慢さや貴族的な高慢さをまったく漂わせない、ちょっとシャイな雰囲気の人物だ。スイスインフォの取材を前にして、言葉少なに「これは職業的な趣味なのです。ちょっと高くつきますが」と語った。

 改装されたホテルは来年からでも利益が出るだろうが、シュトラウマン氏は、「投資を全部回収できるのは最低でも10年以上先の話」と見ている。

 スイスにはマスコミに「趣味でやってるホテル経営者」と名づけられた資産家グループがいる。当然、シュトラウマン氏もその一人だ。また有名なところでは、サンモリッツのアローザ・アスコナホテル(Arosa and Ascona)の経営に乗り出したドイツ人、カール・ハインツ・キップ氏もいる。

 しかし何と言っても飛びぬけているのは、スイス人のウルス・シュヴァルツェンバッハ氏だ。彼はチューリヒのドルダーホテルの改装に2億8500万フラン(約255億円)を使った。確かに趣味で使うにしては莫大な金額だ。

救世主頼み

 このような資産家がいなければ、100年以上の歴史を誇るスイスの伝統的なホテルは寂しく消えて行く運命だったろう。スイス・デラックスホテル協会のフィオレンツォ・フェスラー会長は言う。「我々はシュトラウマン氏のような人物がもっと必要なのです」

 フェスラー氏は正直に打ち明ける。「正直に言って、こんな莫大な投資の元が取れるとはとても思えませんから」。「趣味でやっているホテル経営者」は、まさにスイス文化的遺産の救世主だ。「自分が愛するものに対してお金をつぎ込むというのは尊いことです。お金が儲かれば良い、というわけではなく、個人的な愛情というものが入ってくるのですから」

 「私は自分が救世主だなんて思ったことはありません」とシュトラウマン氏は目を伏せる。「古いホテルを改装することはとても楽しい事業ですし、建築や歴史にも興味があります」

 このちょっとした「美容整形」は20カ月かけて終了した。運び出された古いタイルやひっぺがされた床板はトラック2000台分。新たにやってきた電気のコードは630キロメートル、3500平方メートルの大理石の床、そして1万メートル分の最高級カーテンだ。

 「老朽化したホテルに投資をしたいという人は多いのですよ」とシュトラウマン氏は言う。「ただ、お金の額が問題なのです。ホテルを現実的な値段で買うとすれば、改装にお金を出してくれる人を見つけなければいけません」

 でも、誰がそんなお金を出してくれるのか。バーゼルのローズバッド・ホテルの改装には幾人かが名乗りをあげているが、ベルンの5つ星、シュバイツァー・ホテルに救世主は現れず、閉鎖に追い込まれた。チューリヒのアトランティス・シェラトンやルツェルンのブルゲンシュトックも同じ運命をたどりそうだ。

 シュトラウマン氏にこれらホテルを救済するつもりはないのだろうか。「今後数年は、もうコンクリート・プロジェクトの計画はありませんね」というのが答えだった。

swissinfo、デイル・ベヒテル 遊佐弘美(ゆさひろみ)意訳

シュトラウマン氏が家族の整形外科ビジネスを受け継いだのは25歳。インプラント治療などの歯科技術分野で世界2位の地位を保っている。
このホテルがDrei Konige(ドイツ語)として最初に歴史に出てきたのは1681年。
現在の建物が建築されたのは1844年。フランス語でル・トワ・ロワと改名される。

-トマス・シュトラウマン氏は今年42歳、2000年には「スイスの今年の企業家」に選ばれた。

-現在はホテルの経営には参加していないが、38%の株式を保有している。

-美智子皇后も宿泊したことのある由緒正しいホテル。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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