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山田和樹、スイス・ロマンド管弦楽団との蜜月は続く

スイス・ロマンド管弦楽団を指揮する山田和樹さん Grégory Maillot

ワルツのリズムに乗り、バイオリンを自分で弾くかのように指揮者の山田和樹さん(34歳)が体を揺らしている。シンバルの響きに、山田さんの両手も高々と上がる。曲の最後、指揮棒とバイオリンの弓が空中でピタリと一致し、止まる。一瞬の静寂。割れるような拍手。指揮者とオーケストラがこれほどまでに一体化した演奏は少ないのではないか?スイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者に就任して2年目を迎える。山田さんにオケの持ち味やオケとの「蜜月ぶり」、指揮者としての哲学などを聞いた。

  ジュネーブのヴィクトリアホールで10月16日、18日、山田さん指揮でスイス・ロマンド管弦楽団が演奏したのは、リスト、スクリャービン、リヒャルト・シュトラウスなど、ロシア、ドイツの19世紀後半から20世紀前半の作品と、珍しいプログラムだった。

 若いロシアのピアニスト、ダニール・トリフォノフが弾くスクリャービンのピアノ協奏曲に「緑の中を散歩し」、後半シュトラウスの軽やかなメロディーに「心が躍り、酔いしれた」と語ったある観客。山田さんの指揮については、「正確に曲を押さえていきながら、繊細でかつ力強い表現力に富む。オケにエネルギーを与えながら、団員から力を引き出している。山田という指揮者を得て、これほど幸運なことはない」と絶賛した。

 オーケストラのメンバーも山田さんとの1年を振り返り口々に称賛する。「音楽性に優れている。ソロを生かして『歌わせて』くれる」。「強音でも耳にやさしい音に変える、魔法のような力がある」とトロンボーン奏者。

 第1バイオリンはこう言う。「新鮮さと喜びをオケに与えてくれた。この喜びとは、ゆっくりと高みに連れて行ってくれ、気がつくと聖なる領域にいるような、そんな至福感。そしてその聖なる場で一瞬時間が止まる。演奏中なのに本当に一瞬止まる」

 アンコールに応えたトリフォノフさんがピアノの独奏を始めるや、居場所を失った山田さんが第2バイオリンの椅子に並んで腰かけた。団員との親しい関係が分かる1シーン。「山田は気さくで、誰とも良い関係を築いている。それにオケの中の親密感も高めてくれた」とこの第2バイオリンが言う。

 そもそも山田さんが代役として2010年6月にこのオーケストラに出会ったとき、両者ともに「電撃的な恋に落ちた」。その恋故に昨年の秋、首席客演指揮者を依頼されたのだが、その蜜月ぶりは終わりを見せずますます深まり、さらに新しい進展をも予感させる。

1979年、神奈川県に生まれる。 2009年、フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。 2010年、小澤征爾氏の指名によりサイトウ・キネン・オーケストラを指揮。 2011年に出光音楽賞、2012年には、渡邊暁雄音楽基金音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、文化庁芸術祭賞音楽部門新人賞などを受賞。 2012年秋からスイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者に3年の契約で就任。同時に、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団ミュージック・パートナーにも就任。

swissinfo.ch : よく、曲を色や絵画などで表現されますが、今回のドイツ後期ロマン派というプログラムはどのような絵画で表わせますか?映画のようにイメージが流れる感じもありますが・・・

山田和樹 :  うーん、今回はこんな絵画だとは言いにくいですね。要するに、このオケの持ち味というのは、どんな曲でもある種の恍惚感を出せるということです。今回のプログラム全体のテーマは、その恍惚感というか、「あーっ」という快感です。そのような快感が、演奏がうまくはまるとこのオケから自然と出てくるのですね。

もともとこれらの曲の要求している音色がバラエティーに富んでいて、それがこのオケとすごくマッチする。例えばシュトラウスの曲「ばらの騎士」は、使者が銀色のバラを婚約者に届けるというもの。この造花のバラに垂らしてある一滴の香料が漂う瞬間をハープやチェレスタがキラキラとした音で表現するんです。それは、このヴィクトリアホールのキラキラとしたイメージとピッタリと合います。

つまり、今回のプログラムの曲の音色が明るいことと、キラキラしていることが、オケにもホールにも合っていますね。

swissinfo.ch : 確かにスクリャービンのピアノ協奏曲も、草原を光が踊ると言うか、キラキラ感がありますね。

山田 :  特に、トリフォノフというすばらしいピアニストのタッチがすごく繊細ですよね。もちろんパワフルな表現もあるのですが、繊細な、ときにすごくやさしい音を出せるからオケも感化され、お互い感化し合いながら盛り上げていくことが出来ます。

swissinfo.ch : 結局、フランス的なキラキラ感が持ち味のこのオケは、たとえドイツの曲でも、その中に潜むキラキラ感を感じ取り、独自に盛り上げていくということでしょうか?

山田 : そうです。つまりフランス的なアプローチというか、フランス的な”エスプリ”をもって、色々な音楽に対峙するオケなんです。ベートーベンであれシューベルトであれ、その音楽が独自に持っている色とか動きとか空気感とかを、独自の”エスプリ”で作り上げていくわけなんですよね。

1918年、スイスの数学者・指揮者のエルネスト・アンセルメによって創立された。チューリヒのトーンハレと双璧を成す、スイスの代表的管弦楽団。 アンセルメは、膨大な録音を残し現在でもCDとして手に入る。そのため今も、「ス イス・ロマンド管=アンセルメ」と見られることが多い。しかし、山田和樹さんによれば、伝統は受け継がれながらも当時の音色とは異なってきている。また、世界一になれる実力を秘める。

なお、リスト、スクリャービンなど今回のプログラムは、7月に既に録音されており、来年CDが発売される。

swissinfo.ch : このオケでは、ギリシャ、ルーマニア、日本など団員の国籍が実に多様です。それでも独自のエスプリ、音色が形成されていると・・・

山田 :  これだけ違う国の人が集まっているのに、フランス的な音が出せるのは驚異的です。国が違えば音楽の教育方法が違うのに。しかし、ここで一緒にやっているうちに、「このオケの音」が、新しい団員にも染み込んでいってそれが受け継がれていく。つまり、このオケの創始者アンセルメの音が、団員は変わるが受け継がれていく。それは「人の心」みたいなもので、不思議であり割り切れないものです。

また、この伝統の音を出せることが、このオケの誇りと結びついている。自分たちにしか出せない音があるという誇りです。ただ、21世紀になった今、この伝統や誇りをどのように展開していくか、という難しさはどのオーケストラも抱えている課題だと思います。

swissinfo.ch : ところで指揮についてですが、クラリネット奏者が、「山田は、練習のとき賢い緻密な方法でやる。それはそれで素晴らしいが、舞台ではアーティスティックに変貌する。あるフレーズが長くなったりと。そのため驚きの連続で緊張感に溢れる」と言っていますが、何がそうさせるのでしょうか?

山田  :   自分では、その変化が分かっていないですよね。練習と同じように振っているつもりなんですよ。

ただ、「本番を最高にする」というのが僕たちの使命。練習の方が良かったというわけにはいかない。だから、練習で詰めていって、最後までうまく行かなかった部分を、本番でどうしたらいいかなと考えながら、振っているふしは強いです。

つまり、アーティスティックに変貌させようとはあまり思ってはいないけれど、うまくいかなった部分を変えよう、うまくいっている部分をより良くしようとする気持ちが、彼らにそう映るのかもしれません。

また、舞台で変貌するといえば、それはオーケストラのメンバーも同じ。本番ではお客さんがいて、燕尾服に着替えると、僕も彼らの気持ちも変わる。このお互いの「変貌」が相乗効果となって、高まっていくのだと思います。

swissinfo.ch : 第2バイオリンが「山田さんは、自分たちの中にある潜在的な力を引出し、伸ばしてくれる」と言っていますが、そういう意識で指導されていますか?

山田  :  指揮者をシェフ・ドゥ・オーケストゥルというでしょう。料理のシェフと似ています。

シェフが違う場所に行って、同じ料理、例えばラタトゥイユを作るとしても、ナスの味が産地によって違うため、ラタトゥイユの味が違ってくる。つまり、シェフは、ナスの産地独特のおいしさを引き出そうとする。それに似たことを指揮者もしていると思います。

ただ、僕には、このオケの良さ(味)が僕なりにすでに分かっているつもりです。それは、先ほどの恍惚感とかキラキラ感とかで、このオケにしか出せない、他のヨーロッパのオケでもなかなか出せないものです。それが引き出せたら最高なのです。

結局、演奏会の哲学からいうと、どこまでいっても一期一会なのです。オケのメンバーは同じでもこの観客と空間を共にするのは一回限りで、絶対に一期一会なのです。観客も高齢の方なら、これが最後の演奏会になるかも知れない。そうであれば、究極的には、自分たちにしか出せない個性を最大限に発揮させるように持っていくのが、指揮者の務めかと思います。

この間スペインのオケを指揮しました。素晴らしいオケで、練習も1回目の本番もよくできた。でも何かが足りない。彼らの良さが出ていない気がして、2回目の本番では「えいっ」と思って、わざとアンサンブルが崩れるように指揮したら、演奏が熱くなり始めた。崩すことでより自由な個性が引き出せたのです。

もちろん、指揮者にもいろいろなタイプがあって、どこの国にいっても同じものを求めることで素晴らしい演奏を仕上げる指揮者もたくさんいらっしゃいますが、僕はどちらかというと臨機応変なタイプになるかと思います。

swissinfo.ch : 山田さんとの出会いを「このオケが新鮮さを求めていたときに山田が現れた。出会いは一目ぼれだった」と、第1バイオリンが言っています。

山田  :   確かに、代役として来たときから「お互い一目ぼれで、恋に堕ちた」感覚があります。 バッチリと気が合ったのです。しかし、一目ぼれの危険もある。お互いの長所も一緒ならば、短所も似たようなところがあって、今後これにどう向き合うかは重要な課題です。

短所を一つ挙げれば、細かい作業を並べていくのがあまり得意ではないというところです。(笑いながら)スイスは時計の国なのに、緻密な所のマス目がちょっと大きめ。

このアバウトさと臨機応変さ故に、良いところがいっぱいあるのですが。その良さを生かしつつ、アバウトな部分をどうやってうまく織り込んでいくのかが課題です。

調子の良いときだけ良ければいいのでなく、コンディションがすぐれない時でも「凄いレベルだ」という風にしなくてはならない。そして良い所はますます伸ばしていくという作業をどんどんやらないといけないと思っています。

swissinfo.ch : 来年7月に、日本・スイス国交150周年を記念してスイス・ロマンド管が日本ツアーを行うそうですね。山田さんは、日本側の親善大使も務められる。日本でこのオケの味が受けると思われますか?

山田  :   いや、受けるかではなく、受けさせなくてはいけない(笑)。今回の日本ツアーにはそういう重大な使命があります。

日本のお客さんは耳が肥えている。その中で、このオケの音色のよさをどれほど伝えられるかは、こっちの勝負ですよね。

恍惚感、キラキラ感などが演奏会で出せて、それがお客さんに伝わり、「わーっ、こんなにすごいオケがなんで今まで15年も来なかったんだ。また定期的によばなきゃ」という風にならなければ、という想いが強いです。

日本ツアーでは2週間「同じ釜の飯を食べ」、8回の公演を行います。毎回違う会場で、その会場に合う形で最高点を出し続けなければいけない。そうした過程を通して、オケとの間でまた何か新しい世界が開けるかもしれないし、見つけなければならないと思っています。

オケとしても、待ちに待った念願の日本ツアー。先ほども言ったように、21世紀になって、今までの伝統の音を今後どうしていくかという点、また短所をどうにかしたいという点からしても、何かこう、この日本ツアーをきっかけに大きく動き出せたら良いなと思っています。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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