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「ウーバーは雇用主」ギグワーカー保護のジュネーブ州、今後どうなる?

ウーバーのアプリ
スイスでは昨年、ウーバーのアクティブユーザー数が40万人を突破。1年間で3割の成長を遂げた © Keystone / Christian Beutler

ジュネーブ州政府は、米配車大手ウーバー・テクノロジーズ(Uber)を雇用主と見なし、ドライバーへの社会保障を義務付けた。ウーバーが同州内で「衝突」を起こしたのはこれが初めてではない。州の決定はウーバーにどのような影響をもたらすのか。

ジュネーブ空港には毎月、何千人もの外交官、ビジネスパーソン、観光客が降り立つ。もしかしたら近い将来、彼らにウーバーという選択肢はなくなり、昔のようにタクシーを捕まえるか、電車で市内中心部まで行かなければならなくなるかもしれない。

ジュネーブ州は、タクシー・輸送法に基づき、ウーバーのドライバーは同社の従業員であるとの決定を出した。これにより、ウーバーはドライバーに有給休暇、病気休暇の権利を保障し、社会保険料を負担する義務が生じる。

労働組合ウニア外部リンクのロマン・キュンツラーさんにとって、州の決定は長く困難な戦いの上に勝ち取った成功だという。キュンツラーさんはスイスインフォの取材に 「ドライバーが置かれた不安定な状況に終止符が打たれ、ウーバーが法律を順守することを願う」と述べた。

巨大企業との戦い

ウーバーの営業形態を巡り起こされた訴訟は多い。自治体がドライバーの権利保護などのため、法律を見直すなどしているからだ。ロンドンでは社側が譲歩し、一部の安全基準を満たすことで合意した。営業を断念した地域もある。

ウーバーは5年前にスイスに参入。チューリヒ、ジュネーブ、バーゼル、ローザンヌの都市部で営業しているが、特にフランス語圏地域で強い反発が起こっている。 2015年、ウーバーはタクシー規制に違反したとして、ジュネーブ州内で一時的な営業停止処分を受けた。その翌年にはドライバーとタクシー会社が、賃上げと不正競争の是正を訴え抗議活動を行った。ローザンヌ市は昨年、ウーバーを「コールセンター」と見なす決定を出し、ドライバーには営業ライセンスの取得を義務付けた。

米サンフランシスコに本社があるウーバーはそれでも、過去1年間にスイスで30%の成長を遂げている。国内4都市のアクティブユーザーは40万人、ドライバーは3200人を数える。

ウーバーは一貫して、ドライバーは個人事業主であり、雇用関係はないと主張。会社は(配車の)需要と供給をつなぐアプリ開発会社に過ぎないとしている。

しかし会社が成長するにつれ、議論はふるさとのサンフランシスコなど多くの自治体で不満の種と化した。カリフォルニア州では最近、単発で仕事を受けて収入を得る労働者「ギグワーカー」に医療保険などを付与する州法「AB5」が可決。雇用関係がないと証明するためには、被雇用者かそうでないかを判断するABCテストをクリアしなければならないというもので、ウーバーはこの法案に強く反発した。こうした措置は一部の州で導入済みだ。似たような紛争が、米国の他の州、欧州連合(EU)との間で繰り広げられている。

しかし、ブラジルの最高裁判所とフランス・リヨンにある労働裁判所は最近、ウーバーのドライバーは社の従業員ではないという相反する見解を出した。

前例を作る

キュンツラーさんは、ジュネーブ州の決定がスイスにとどまらず各地のギグワーカーにとっても大きな一歩だと指摘する。 「この決定は、ビジネスを支える人たちへの責任を何ら負わず、世界中で人々の移送をするというウーバーの営業形態の核心を突くものだ」

ウーバーの試算によると、スイスのドライバーの時給は平均26.81フラン(約2950円)で、約30%が週に少なくとも40時間、アプリを使用している。年間のアプリ使用時間は平均33週間だという。

キュンツラーさんはこの数字に対して懐疑的で、それほど多く稼ぐドライバーには会ったことがないと話す。ウニアがドライバーに聞き取り調査を行ったところ、自動車の購入費、整備費、保険などのすべての費用を考慮すると、時給は10~15フランにとどまることが分かった。

「ウーバーは人を雇わないことで約60%のコスト削減をしている。当局は長い間、労働者への搾取を野放しにし、ほかのテック企業にこのモデルが受け入れられるというシグナルを送ってきた」

一部の都市では、雇用関係が生じることで、柔軟で独立した労働形態が損なわれると明かすドライバーもいる。ウーバーもまた、ドライバーの75%が雇用契約より自立を好むという2018年の研究を引用している。

これに対し、ザンクト・ガレン大学のトーマス・ガイザー教授(法学)はスイスインフォに対し、この問題は「ゼロサムゲーム」ではないと指摘する。「このビジネスモデルは、ウーバーが通常のルールを順守している場合にも機能する。もちろん、料金の大部分はドライバーではなくウーバーが負担することを意味する」

予想される最悪の結末は、ウーバーがジュネーブ州から撤退することだ。ウーバーの広報担当者はスイスインフォの取材に「ウーバーが輸送会社に分類された場合、ジュネーブでの事業継続は不可能になる」と語った。そうなったときの影響について、キュンツラーさんは「ジュネーブ州でドライバーの大量解雇が起こるだろう。私たちは労働者の保護に努める」と話した。

ウーバーの広報担当者は、会社は州の決定に対し上訴する予定で、連邦行政裁判所が(数カ月以内に)判断を出すまで、ジュネーブで営業を続けると回答した。また、社は現行の輸送規制の下で、社の法的地位を擁護していくとした。

ウーバー

ウーバーは従来のタクシー会社とは異なり、自社の車を所有せず、ドライバーとも雇用契約を結ばない。自社開発のアプリを介し、乗客と車両の需要と供給をつなげている。UberX、UberBlackのサービスを提供しているが、規制上の問題が生じたことを受け、スイス国内で稼働させていたピアツーピアの低価格サービスUberPopは断念した。チューリヒ、ジュネーブ、バーゼル、ローザンヌの4都市で営業。エリア拡大も視野に入れている。

労働組合は、ウーバーの運賃価格切り下げ、必要な保険の不足、素人ドライバーの採用などのほか、既存のタクシー会社に課せられた品質管理検査を受けていないとして批判している。

(英語からの翻訳・宇田薫)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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