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スイスのファッションはなぜイマイチなのか

コレクションの終わりに舞台に立つデザイナー
日本スイス国交樹立150周年を記念して発表した「1-5-0 ONE-FIVE-OH ブライダルクチュールコレクション」で舞台に立つフグラーさん(写真中央) Boris Marberg

日本で生まれ育ち、現在はチューリヒを拠点にファッションデザイナーとして活躍する和・フグラーさん(50)に、伸び悩むスイスのファッション業界とファッションデザインについて話を聞いた。

建築や腕時計、ヘルベチカやユニバースなどの書体、調理器具のピーラーなど、実用的で機能性に優れたスイスデザインは世界的に人気だ。日本でもスイスデザインへの関心は高く、東京では15日から日本国内で作られたスイスデザインを紹介する展示会「Swiss Design / Made in Japan外部リンク」が開催されている。

ところが、ひとたび分野がファッションとなると、スイスデザインは急に存在感を薄める。スイスに関心があれば、ファッション時計のスウォッチ、高級靴ブランド・バリー、廃材利用のパイオニア的存在のフライタークなど、ファッションアクセサリーの類でいくつか名前を思い出すことはできるかもしれない。しかし身に着ける衣服に関してはどうだろうか。スイスを代表する誰もが知るようなデザイナーもいなければ、日本でいう「和」の装飾美のような、国を象徴するファッションデザインの核を思い描くことは難しい。

このような現状を、スイスのファッション業界に身を置くデザイナーはどう見ているのか。チューリヒを拠点にファッションデザイナーとして活躍する和(カズ)・フグラー外部リンクさんに話を聞いた。

ファッションデザイナーとして活躍する和・フグラーさん
和(カズ)・フグラーさん略歴:ファッションデザイナー。東京生まれ。スイス人の父親と日本人の母親のもと東京で幼少期を過ごす。11歳のときに家族でスイスに移住。スイスで高校を卒業し、慶應義塾大学文学部で美学美術史学を専攻。その後、ファッション名門校の英セント・マーチン美術大学でファッションデザインを学ぶ。 ヴィヴィアン・ウエストウッドでのインターンシップを経て、2003年にファッションブランドKAZUを設立。以来、数々のコレクションを発表してきた。2017年、三笠宮彬子女王殿下のチューリヒ御来訪の際に女王殿下と2人でトークショーに登壇し、日本の芸術と西洋との関わりなどをテーマに話をした。 Sabine Wunderlin

スイスインフォ: スイス政府観光局の公式サイト外部リンクで「ファッション」と引くと、冒頭に「スイス発のモードは世界的にはほとんど知られていません(…)全国レベルで展開するブランドは稀です」とあります。スイスのモード・ファッションの存在感が薄いのはなぜでしょうか。

和・フグラー: スイスのファッション業界には「リズム」と「ストラクチャー」が確立されていません。パリやロンドンなどファッションのメッカとされる場所では通常、デザイナーはショーでコレクションを発表し、そこで開かれるメッセのブースで服を販売・受注してお金を稼ぎます。一方スイスは企業をスポンサーに付けてショーはできても、肝心のお金を稼ぐことができるメッセでの販売がないので、儲けはありません。

近年はショーの開催のほか、デザイナーやバイヤーのハブとなる場所づくりを目指す「モード・スイス外部リンク」が発足し、スイスでもファッションで生きていけるしくみを確立させようという動きは高まっています。ただ、スイス国内だけでは発注数が絶対的に少ないのが難点です。だからモード・スイスは国外にも遠征に行っています。

それと、スイス人は割とスイスのファッションデザインをダサいと思っている。だからスイス人デザイナーの多くは修行先からスイスに戻ってきません。ロンドンとか、パリとかに行ったきり、戻ってこない。

スイスインフォ: フグラーさんはスイスに戻りました。なぜですか。

フグラー: 英セント・マーチン美術学校で作った卒業コレクションが、当時世界最大級のファッションフェアだったドイツのIGEDOで賞を受賞しました。IGEDOでコレクションを2回発表できることになって、急遽自身のブランドを立ち上げなければならなかったのがきっかけでした。でも何より、チューリヒは私の良さを認めてくれたんですね。

それこそセント・マーチンで学んでいるときは、日本をテーマにしたデザインを出すと教授らに馬鹿にされましたよ。「カズ。このクラスには6人も日本人がいる。これが意味することはわかるかい?僕は日本のデザインが見たいんじゃない、カズ・フグラーのデザインが見たいんだよ」ってね。たしかに私も、「日本」を切り札のように使っていた部分もあった。

だから、一度「日本」というテーマから離れたこともあります。でも色々思考錯誤していくうちに、厳しい世界で身を粉にしてつぶれてしまうよりも、スイスで自分らしくデザイナーをやれる方が良いと感じられた。それは大きかったですね。

スイスインフォ: ファッションデザインで言う「スイスらしさ」を教えてください。

フグラー: うーん…。やっぱりこの質問がきましたね(笑)。日本のファッションデザインについて話すときは永遠に話していられるのに、スイスのファッションデザインとなると言葉が出てこない。これについては日本でもよく訊かれますが、未だに上手く答えられません。

スイスインフォ: では、日本とスイスのファッションデザインを比べてみてどうですか。似ているところはありますか。

フグラー: 似ているところはあります。まず「静か」なところ。ファッションデザインの世界は時として、狂っていることがデザインとして格好良いとされることがあります。でも日本やスイスは本当に静かに、ひたむきに作っている。ファッションのメッカの国々で見られるような、ヒステリックになって「ぎゃあぎゃあ」と騒いで作ることがない。

それと、本来ファッションの世界で使うには良い言葉ではないのですが…。スイスも日本も「真面目」です。ファッションは本来、遊び心があるべきもので、例えば女性が「うわあ」と目を輝かせるようなものが良いんです。それでも日本とスイスはやっぱり真面目。よく考えて作っている。稼ごうとか、これでいいからはやくお金にしたいという軽さがありません。

スイスインフォ: そういう目に見えない誠実でひたむきな精神性が結果として「スイスらしい」デザインを形作る根底となっているのでしょうか。

フグラー: そうかもしれません。例えば私は仕事をするとき、「良いクオリティーで、真面目に、あなたのために作っています。そして確実にあなたのところへ持ってまいります」という姿勢で取り組みます。そういうところが着ている人を尊重する、シンプルなデザインとして表れるのかもしれません。でもはっきりとは言えないですね。

ただ、私はファッションに「スイスらしさ」がないとしても、それは悪いことではないと思っています。大衆よりも個人が自身に与える影響の方が強いということですから。もちろんロンドンなんかでは馬鹿にされたりするでしょうね。でも、そういうスイスっぽさがないというところも、スイスらしくて良いのではないでしょうか。

スイスインフォ: フグラーさんがファッションデザインで大事にしていることは何ですか。

グフラー: 先月発表したコレクション外部リンクもそうですが、私はいつも「プロセス」に魅力を感じています。最終的な形に辿り着くまでにはプロセスがある。それを大切にしてデザインしています。そうして辿り着いたのは、毎コレクションごとにデザインをすべて変えてしまうのではない、普遍性のあるデザインを引き継いでいくスタイルでした。

私は日本からスイスに移住した11歳の頃、自分で服を作り始めました。着たい服があっても、親は必要がなければ買ってくれない人たちでした。ファッションに特別興味があるわけでもなく、余計な装飾を不必要だと考える、実用的で典型的なスイス人的思考ですね。

ただ、着たいものを自分で作ると私が決めると、全面的に協力してくれました。私にミシンを買い与え、家の地下にいつでも作業ができる場所を作ってくれた。祖母や叔母も積極的に洋裁を教えてくれました。モノづくりにおけるプロセスはすごく尊重してくれたんですね。そういう育ってきた環境も影響しているかもしれません。

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