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ナチス最大の海辺の保養施設、解体か保存か?

プローラは「労働の生産性を高める機械」のようなメカニズムで建設されたと、マルフロワ氏は解説する Xavier Voirol/Strates

プローラ ( Prora ) はナチスが建てた海辺の保養施設で、バルト海の半島リューゲン ( Rügen ) にある。当時2万人の労働者が夏のバカンスを楽しめるようにと構想されていた。

長さ500メートルの建物が8棟連なるナチス最大の建築群であるプローラは、戦後誰も住まない廃墟と化し、その保存の是非が毎年夏に盛り上がる。スイスの都市計画と建築の専門家シルバン・マルフロワ氏に聞いた。

swissinfo : ドイツが頭を痛めているプローラですが、そのモニュメンタルな面はナチス建築の典型といってよいものですか?

マルフロワ : 巨大建築に対する信仰は、確かにナチスのものです。さらにプローラには、18世紀終わりから流行した壮大さに対する美意識やロマンチシズムが組み込まれています。壮大さに対する美意識は1930年代、ドイツだけでなく他国の建築家、都市計画者も好みました。壮大さとはいわば、計測が不可能なほどに巨大なもののことです。

swissinfo : プローラの場合がまさにそうですね。

マルフロワ : そうですね。ナチスが巨大な建物に圧倒されないだけの、内的な力を感じていた証拠といえるでしょう。また、こうした建物を建設できるのは、膨大な労働者を使えるナチスのような軍隊組織の政府だけだということを教えてくれます。

swissinfo : ところで、もしプローラを保存すると、ナチスはバカンスを用意したのだから人々に良いことをししていたという評判が行き渡ることを懸念する人たちがいますが。 

マルフロワ : ナチスを肯定的に捉えることが伝染するとは思いません。あらゆる文化的創造物がそうであるように、建築も「読み取りを行う」べき象徴的な1つのシステムです。我々現代人が自由に読み取りを行うだけです。

過去の創造物と距離を置くことを学ぶべきです。「自分を取り巻く環境で目にするものに自分は責任がある」と考える態度には問題があります。「自分が生まれる前に起こった出来事に責任はない。そうした過去のものに対しては自由な意見を持ってよい」という態度を取るべきです。

swissinfo : しかし、プローラの所有者は、本当にどうしていいか分からないようです。プローラを解体し、まったく違う建物を作る方が簡単なのでは?

マルフロワ :  解体すると「歴史の証人」を消し去ることになります。この場合、現代人にとって居心地の悪い、自己批判を伴うナチスの歴史を消してしまうことになります。過去を消すと ( 過去から学び ) 進歩する可能性を無くすことになります。

swissinfo : では、一般的に建物の再利用にはどういった方向性がありますか? 

マルフロワ : 利用されていない建物は、現代の流れから取り残され、非現実的なものになってしまうことは確かです。プローラの場合がそうですが、たとえ最近建てられたものでも使わないと同じことになってしまいます。

プローラの再利用には、3つの方向が考えられます。1つは建設当初の目的を考慮せず、まったく新しい使い方をすることです。2番目は、建物の形と合うような( 海辺の保養施設的な) 利用法を探すこと。最後は、第2番目の使用を考えながらも、ある種の妥協を行うことです。というのも、バカンスに来る労働者を当初2万人と想定していますが、これは多すぎて現実的ではないからです。

swissinfo : スイスでも同じような、建物の再利用の例がありますか?

マルフロワ : ローザンヌの市民劇場の例があります。結局、舞台だけを新しくし、劇場全体は非常に軽い改装の手を加えるという妥協策を取りました。昔のままを維持したいという人には、しばしば強い愛着心が見られます。

こうした建物に執着し、夢中になっている人の意見をゆとりをもって楽しむことです。彼らは建物を愛しているのです。象徴的で、感情的な価値は、例えば使われている石の古さの価値や、その建築学的な価値以上のものになり得るのです。

ミラノのスカラ座の改装でもそうでしたが、オペラファンにとっては、スカラ座は魔術的で、愛着を感じる場所なのです。

しかしまた、多くの建物が、歴史や記憶から忘れ去られるという、時代のサイクルから逃れられないのも事実です。

swissinfo、アリアンヌ・ジゴン 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳 

1955年生まれ。

都市計画と建築史の専門家として教授職、研究、講演などを幅広く行っている。

チューリヒ連邦工科大学 ( ETHZ/EPFZ ) と ローザンヌ連邦工科大学 ( ETHL/EPFL ) で教鞭をとった後、現在はフリブールの工業建築学校 ( EIF ) とヴィンタートゥールの高等専門学校で教えている。

グラウビュンデン州に残る図像や建築物の起源などの研究も行っており、スイス歴史辞典の図版の担当も兼ねる。

全部石でできた、ナチスの巨大な海辺の保養施設プローラの全体を残すか、一部を残すか、全部解体するかなど、議論は続く。

ナチスの悪の所業をまだ建物が保存しているかのように感じ、建築に対するそうした恐れを今後も持ち続けるべきなのかといった議論もある。

こうした歴史的建物に対する保存の是非論は、スイスでも、また他国でも常に繰り返されている。

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