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バーミヤン大仏復元は政治的問題

チューリヒ連邦工科大学はバーミヤン大仏の1970年代の写真を元にコンピューターで3D復元をし、200分の1の大きさで模型にした。 ETH Zürich

チューリヒ連邦工科大学、アルミン・グリューン教授の率いるバーミヤンプロジェクトチームが2年間かけて、アフガニスタンの旧タリバン政権が2001年3月に破壊したバーミヤン大仏群のうち大きい仏像の3D復元に成功した。

同大学チームは3D復元を元にポリウレタンで200分の1の大きさの模型作りに成功し、来年春にはカブール美術館に10分の1モデルの大仏(5メートル30cm)を寄付する予定。同教授は現地での大仏復元は技術的には可能であり、あとは「政治的問題」と復元プロジェクトを支援している。

大仏復元の論争

 大仏については再建するか、破壊されたまま「負の遺産」として保存するかをめぐり、国際的な議論が続いている。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の親善大使としてアフガン美術保存に力を入れている日本画家平山郁夫氏はタリバンもアフガニスタンの歴史とし、復元反対派である。しかし、観光収入などを当てにしている地元の人々は復元派が主だ。同上のグリューン教授は「地元の人は大変乗り気だ。アヘンの栽培に替わるこの貧しい地域の人々の観光収入になれば」という。さらに「私の出身地、ドイツでは第2次世界大戦でほとんどの教会や彫刻が壊されたが全て復元されている。復元しなかったら何も残っていない」と語る。

様々な復元プロジェクト

 バーミヤン遺跡は1,3キロに渡る崖に2体の大仏立像(大53m、小35m)、1体の坐像(タリバン以前に破壊)と多数の石窟で構成されている。そのうち、せめて大きい大仏だけでも復元しようという声も多い。復元プランには、レーザー光線で復元しようというフランス案、顔も含めて全て復元しようという韓国案などいろいろある。チューリヒ大学はタリバン破壊以前の顔の欠けたままのプランを推している。3D復元も1970年代の写真を元に造られた。グリューン教授は「想像で復元はできない。18世紀以来、地元の人々に馴染まれていた姿を」という。同チームはこれから小さい立像の方の3D復元に取り掛かる予定だが現在の所、写真が足りないという。

ユネスコは?

 ユネスコは今年の7月にバーミヤン遺跡の世界遺産への登録を決定した。国の復興に精一杯なアフガニスタンがバーミヤン遺跡の復元を実現するにはユネスコの協力が不可欠だ。しかし、ユネスコは復元について語るのは早すぎるという立場。現在、現地では日本政府の拠出した180万ドル資金で石窟の固定作業を行っている。グリューン教授は復元には3千万ドル(約32億円)かかるだろうと推定しているが「資金はアフガン支援とは別のプライベートな寄付に頼るしかないだろう」という。それにはユネスコの判断が重要になることはいうまでもない。なお、このほどスイス政府はユネスコを通してアフガニスタンに40万フランの拠出を約束、バーミヤン渓谷の城壁の修復を支援することにした。


スイス国際放送、 屋山明乃(ややまあけの)

<バーミヤン大仏群の歴史>

1−3世紀:クシャン王朝時代にシルクロードの十字路、アフガニスタンのバーミヤンに仏像建立。ギリシア美術の影響の強い仏教美術、ガンダーラ美術の傑作として知られる。

7世紀:「西遊記」の三蔵法師のモデルとして有名な玄奨(げんしょう)がバーミヤンを訪問し、記述が残っている。

1221年:ジンギスカンがバーミヤンの古都を破壊するが大仏は破壊されない。

18世紀:ナディール・シャーにより始めて部分破壊される。

1832年:アレクサンダー・バーンズによる当時のスケッチが残っている。

1833年:ジェームズ・ルイスの版画が残る。

2001年3月:旧タリバン政権によりダイナマイトで立像2体が破壊される。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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