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あぁ、ドイツ語!幾度もの挫折を乗り越え……られるか?@ドイツ語圏・バーゼル

今までに買った教科書・参考書の、ほんの一部。学校でもらったプリントも山ほどあって、まだ整理していない。お金をかけたわりには・・・・・・ swissinfo.ch

夫の就職先が、スイスのバーゼルに決まった時。「ドイツ語かぁ……」と、まず思った。30年前、ネーナの「ロックバルーンは99」を聴いてドイツ語に興味を持ち、遊び半分でかじったことがある。複雑な文法構造に仰天し、わずか半年後には挫折したのだが。

 当時はまさか、自分が将来ドイツ語圏に住むことになろうとは夢にも思わず……!

 こちらに来て分かったが、ここバーゼルは国際企業が多く、英語がよく通じる。フランスと隣接していて、フランス語もかなり通じる。さらにスイスの公用語のひとつ、イタリア語まで通じることがある(注、我が家の公式言語はイタリア語)!バーゼル市民向け書類はドイツ語でも、スイス全国向けならイタリア語で入手可能。テレビ局は独仏伊語と3つチャンネルがある。おまけにバーゼルに住む移民の出身国は、イタリアがトップ。修理のおじさんがイタリア人だったりする。緊張しながらバーゼルにやって来た私は、この発見に小躍りした。ドイツ語がわからなくたって、サバイバルできるではないか! 

店に並ぶ商品は、ほとんどがドイツ語とフランス語の2ヵ国語併記。フランス語はイタリア語と似ていて、意味が推測できる swissinfo.ch

 そんな訳で、「なんちゃってドイツ語」が通じない時は遠慮なく英語とイタリア語を使うことで、バーゼルでの生活に慣れていったのだった。 

 ……確かに私は、いい気になっていた。現実は、徐々に見えてきたのだ。当時2歳だった娘の周囲には、モノリンガルの子も当然いた。この先の幼稚園で、先生やお母さん方は英語を話すのだろうか。いくら移民が多いとはいえ、大半はスイス人。彼らにとってはドイツ語が自然であり、わざわざ英語で対応して下さるとしたら、それは私が怠けているからだ。

 娘の幼稚園入園まで、1年以上あった。せめて初級は終えようと、託児所つきドイツ語学校に申し込んだ。週4回、2時間半ずつ通ったのは、今から8年前のこと。

私が入ったのは、移民が言葉や文化を学ぶための「統合化クラス」。まったくの初心者もいたが、私は昔かじって得た基礎知識に大いに助けられた swissinfo.ch

 毎朝、自分と娘の支度をして出かけ、昼前に帰宅。午後は娘に付き合い、さらに宿題も。初級を終え中級へと進んだが、ついて行けず初級へ戻った。やがて力尽き、娘の入園直前に退学。

 以来、週1回文法クラスに通ったり、無料の会話クラスに出たり。ドイツ語で習い事をしているからと、勉強はしなかった時期もある。熱心な友人に誘われ、勉強会をしたこともある。3年前より、月曜に会話クラス、水曜はスイス人女性と会話、というペースに落ち着いた。

もともとは赤十字に紹介してもらったボランティアの彼女、もはや友達のようになってしまって、今は週1回の会話以外にも何かと会っている swissinfo.ch

 そう、私のドイツ語学習は細々と続いていたものの、常に波があった。それは何故か。

 まず言えるのは、ドイツ語が難解な言語だということだ。例えば語順。Ich kann Klavier spielen(ピアノが弾けます)を英語で示すとI can the piano play. となる。こんなのは序の口で、動詞の位置が引っくり返ったり後ろに持っていかれたりもするので、いつも迷う(通じればいいかと、気にしないようにしている)!それから語彙。日本語なら1語なのに、ドイツ語では複数の単語を組み合わせて表現しなければならない言葉が多々ある。その上Schw…で始まる単語が無限にあるなど、どれもよく似ていて混乱する。なのに語彙が豊富で類語を多用する言語だから、こちらの語彙が少ないうちは理解がちっとも進まない。他にも格変化、分離動詞、名詞の性など、挙げればきりがない!

ドイツ語は長~い単語があることでも知られているが、これは日本語の熟語のようなもので、慣れれば、むしろわかりやすい。写真は、クリスマスグッズ店の看板 swissinfo.ch

 もうひとつの原因は、バーゼルドイツ語だ。学校で教わるのは標準ドイツ語でも、人々がふだん話すのは、この方言。標準ドイツ語が話せる場が限定されるので、上達を実感できず、達成感もない(最近は私も少しは理解できるようになった。これについては、また別の機会に)。 

 くり返すが、ドイツ語を知らなくても、ここでは生活できてしまう。国境付近に暮らすバーゼル人は、国際的かつフレンドリー。我々移民がドイツ語を理由に肩身の狭い思いをすることはない。いや、私は常にドイツ語で挑み、英語で返答されては傷ついている。しかし夫は、いつも英語かイタリア語でことを済ませる。社交的な性格もあって、困っていないのだ。

 そう、私がいる環境も問題である。交友関係は多国籍、家に帰ればドイツ語は必要ない。スイスに住んでいながら、ドイツ語のシャワーを浴びていないのだから、勉強するとなれば辞書と文法書でコツコツやるしかない。スイス人は礼儀正しく挨拶は欠かさないものの、話す言葉がドイツ語とは限らないし、その先の会話へなかなか進まないのだ。

ご近所さんと友達になるのに、2~3年はかかる……が、いったん仲良くなれば心から信頼できる人たち。娘の宿題がわからない時は、よくご近所さんの誰かに教えてもらっている swissinfo.ch

 ここに住ませてもらっているなら、せめて言葉くらい覚えるのが礼儀である……などと自分に言い聞かせてみるものの、学生と違って、自由意志で勉強する大人はつい誘惑に負けてしまう。辞書なしで読めないドイツ語はまどろっこしく、つい日本語に手が伸びてしまう。

 そんな訳で、やる気を出して勉強を始めたところで、すぐに挫折する。しばらくすると、また必要を感じて再開し、またもや嫌になってやめ……そのくり返し。

 けれど胸の奥では、ずっと引っかかっていた。ドイツ語やらなきゃ……いつかは真剣にやらなきゃ……。学校の保護者会では、私一人のために全員が、方言でない、標準ドイツ語を話してくださるのだ。なのに半分も聞き取れない。こんな、一生お客さんのまま、事あるごとにまるで子どものように、周囲にあれこれ教えてもらい、お世話にならなきゃいけないなんて!

 と、そこまで自覚しても、「やらなきゃ」が「やろう!」となる時は一向に訪れなかった。

娘がいなかったら、ドイツ語の必要性は感じなかったかもしれない。担任の先生と通訳なしで話したいし、宿題も手伝ってやりたいし、娘のお友達と話せないのも良くない swissinfo.ch

 ところが。スイス9年目の今頃になって、私はにわかに独学を始めた。ネーナのドイツ語に憧れた、昔の気持ちに戻っている。……これを書くのが、実は怖い。大きなことを言っておいて、またもや挫折してしまったら!…けれど、そうならないよう、あえて書く。

 私に必要だったのは、大人の良識ではない、学費でも時間でもない、要するに「モチベーション」だった。やる気が出る出ないという問題さえ消えてなくなってしまうほど強力なモチベーション。それはスイス、というよりバーゼルに対する「好奇心」とでもいおうか。

 お祭り好きの私は、各種イベントに顔を出すうち、もはや「ドイツ語ダメなんです」なんて言っていられないほど顔見知りが増えてしまった(生粋のバーゼル人に限らないが)。ここの文化や習慣にも興味が湧いてきた。なのに私のドイツ語レべルが追いつかず、毎回もどかしい。相手の言うことは想像で補って解釈し、適当に受け答えしていたが、それも限界に近づいてきた。

それに対して読む方は、自分のペースでできる。自分にはどうせ無理だと、読もうともしなかった新聞を、今は理解したくて、辞書を引き引き読むようになった swissinfo.ch

 以前はイベント情報しか興味がなかったのに、今はローカルな事件が知りたくて、ニュース番組も時々見るようになった。話題になっているキーワードを言うだけで、ローカルの友達がすぐに反応してくれるから面白くてたまらない。

 ドイツ語なしでも、確かにサバイバルはできる。けれどバーゼルで体験しうる数々のことを、ドイツ語ができないという理由でことごとく逃してきたのだと、ようやく気づいた。

 「はてしない言語」であることに、依然変わりはない。この単語、昨日調べたばかりなのに、また忘れてる……。自分の年齢を思うと、またくじけそうになる。

 しかし我々移民にとっては、日々の地道な努力が、不意に訪れる「ドイツ語を使う機会」で力を発揮するのだと思う。その辺をよくよく承知していれば、くじけている暇などないのである。頂上の見えない登山のようなものだが、進歩が見えなくとも、とにかく一歩一歩足を前に出していくほかない……と、自分に言い聞かせている。

 その後どうなったか、1年後みなさまにご報告したいと思う。

平川郁世

神奈川県出身。イタリアのペルージャ外国人大学にて、語学と文化を学ぶ。結婚後はスコットランド滞在を経て、2006年末スイスに移住。バーゼル郊外でウォーキングに励み、風光明媚な風景を愛でつつ、この地に住む幸運を噛みしめている。一人娘に翻弄されながらも、日本語で文章を書くことはやめられず、フリーライターとして記事を執筆。2012年、ブログの一部を文芸社より「春香だより―父イタリア人、母日本人、イギリスで生まれ、スイスに育つ娘の【親バカ】育児記録」として出版。

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