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多文化社会を楽しくーースイスの中学校

中学校の廊下には、自国の民族衣装を着た在校生の写真が並んでいます。ちょっと誇らしげな子どもたちの笑顔が印象的です swissinfo.ch

ティチーノ州の公立学校は、日本より一足早く6月下旬に夏休みに入りました。スイスは多文化社会とよく言われますが、あらゆる国の子どもが集まる公立学校は、まさにその縮図を見るようです。今回は、日本ではあまり知られていないスイスの中学校を、夏休み直前に行われた催しの様子とともに、ご紹介したいと思います。

 スイスに来てわが家の子どもたちは、ティチーノ州の公立学校に通うことになりました。生まれて初めて外国の学校を経験する彼らが、強いカルチャーショックを受けたのは、スイスの学校には世界各国の子どもがいたことだと言います。子どもたちが通う地元の中学校は、スイス国籍の子と外国籍の子がほぼ半数ずつ在籍しています。国籍だけでみれば半数ですが、実際にはスイスの国籍も持っている外国人であったり、両親のどちらかは外国人という家庭が多く、いわゆるスイス人カップルの子どもは、息子のクラスには1人しかいません。スイスは州によって教育制度がまったく違いますし(就学年齢でさえ違うのです)、地域性もあると思いますので、これがスイスの標準と言うことはできませんが、わが家の周辺ではこれは特別なことではありません。

フェスティバル用の飾りつけをされた廊下 swissinfo.ch

 どんな国の子どもがいるかと言えば、ティチーノ州はイタリアに隣接していますので、やはりイタリア人が多く、続いてポルトガル、セルビア出身の子が多いそうです。そのほかにも、中南米からはドミニカ共和国やブラジル、コロンビア、北アフリカ・中東地域のモロッコ、チュニジア、トルコ。ヨーロッパ圏ではスウェーデン、ドイツ、スペイン、フランス、クロアチア・・・全校生徒400人で30カ国を超える国の子どもが在籍しているそうですから、学校の中はまさに人種のるつぼ、多文化社会スイスの縮図を見るようです。ちなみにアジア地域は地理的に遠いこともあって、少数派です。特に日本人は見るのも初めてという子が多く、日本の学校は全員で揃ってお昼ごはんを食べる「給食」があるとか(スイスでは家に帰って食べます)、生徒自身が学校の掃除をするなどといった話は、彼らをかなり驚かせたようです。

トルコのコーナー。ぶどうの葉で米や肉を包んだサルマ(ドルマ)や、甘いシロップにたっぷり漬けたデザート、ケマルパシャなど、初めて食べる料理がたくさんありました swissinfo.ch

 「ふつうはこうする」とか、「当然こう考える」という共通認識や理解があやふやな環境は、気楽で自由でもあるし、逆に戸惑いや行き違いも生じます。あるとき子どもたちは生徒集会で、お互いの文化をよく知る機会を持ちたいという強い要望の声をあげたそうです。生徒の希望を受けてこの中学校では、毎年夏休みが始まる前の6月に 『多文化フェスティバル』という催しを行うようになりました。これは、学校に在籍する世界各国の家族が自慢のお国料理を持ち寄って、みんなで食べたり、民族音楽や踊りを楽しんだりして互いを理解し、仲間意識を深めようというものです。催しは子どもたちだけでなく、家族みんなで参加することができるため、毎年とても盛り上がります。

お手製のきれいなレシピを添えてくれている人もいます swissinfo.ch

 「食」というテーマを選んだのには、いろんな意味が込められています。一つに、学校、生徒、家族みんなを巻き込める方法であること。食べ物には、陽気で和やかな雰囲気をつくり出す力があること。そしてなにより、異文化を知る楽しいテーマであること。先生方はこのイベントが、他の国に対するオープンな気持ちを育て、異文化を知りたいという探究心を刺激するものになってくれるよう願っていると言います。

毎年、中庭で子豚の丸焼きを作ってくれるお父さん。男の子に大人気です swissinfo.ch

 フェスティバルの日は、学校は午前中で終了です。夕方の開始時間に向けて、校舎には各国の国旗が飾られ、教室や中庭いっぱいに料理が並びます。在校生400人のお料理ですから、その量は圧巻です。初めて知る国名に、見たこともない食べ物。世界はこんなにも多彩なのだと、大人ながらわくわくします。6月のスイスは夏時間で、夜9時を過ぎてもまだ明るい季節。思春期の彼らにとって、夏休みを控えた開放的な気分の中、友だちと過ごす夕べは、ちょっとした一大イベントです。クラスメイトに自国の料理を披露したり、友だちの説明を聞きながら、見知らぬ料理をちょっとこわごわ口にしてみたり。あちこちで笑いと感嘆の声が上がります。様々な国の子どもがいるように、彼らがここにいる理由も様々です。親の仕事の都合という子もいますが、戦争や宗教、民族問題で国から逃れてきた子たちもいます。言葉も、文化も、背景もまったく違う、クラスメイトーー多感な年齢の彼らにとって、こうした経験は心のどこかに残り、多文化社会を柔軟にたくましく生きていく力を育んでいくのだと思います。

陽が傾くころ、伝統舞踊の公演が始まります。こちらはセルビアの民族舞踊。民族衣装を着てきりっとした表情の子どもたちは、ふだんとは少し違って見えます swissinfo.ch

 私は僭越(せんえつ)ながら日本代表として、今年は巻き寿司を作りました。テレビアニメやマンガの影響で、日本の食べ物は驚くほどよく知られています。マンガ『ONE PIECE』に出てくるタコ焼きを作ってほしいとか、ドラえもんの大好物、どら焼きを食べてみたいなど、なかなか楽しいリクエストが持ち込まれます。なかでもお寿司は、地元のスーパーでも常に売られているほど大人気。おかげで巻き寿司は開始早々に終了しました。「米をこんなきれいな料理にするなんて、日本人の感性と器用さは素晴らしいわ!」なんてお褒めの言葉もいただいて、日本人であることを改めて誇らしく思ったのでした。

 

奥山久美子

 

神奈川県生まれ、福岡県育ち。都内の大学を卒業後、料理や栄養学を扱う出版社に就職。雑誌、書籍の編集業務に携わる。夫の転職に伴い、2012年からイタリア語圏ティチーノ州に住む。日本人の夫、思春期の息子2人の4人家族(+日本から連れてきた猫1匹)。趣味は旅行、読書、美味しいものを見つけること。

 

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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