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普段着で雪と戯れる – 田舎での冬とのつき合い方

村のリンゴ畑も雪に覆われる swissinfo.ch

スイスの冬というと、超高級スキーリゾートや、観光客のたくさん集まる祝祭を思い浮かべる方は多いだろう。私もそうだが、14年住んでもそのようなシチュエーションとはあまり縁がない。今日は、「暮らし」の方にもう少し近く寄り、普段着の田舎の冬の楽しみ方、つき合い方にスポットを当てて書いてみたいと思う。

 私の住むグラウビュンデン州は山間部にあるので、スキー場が身近にたくさんある。世界的に有名なサン・モリッツ外部リンク(St. Moritz)、イギリス王室メンバーがほぼ毎年訪れるクロスタース外部リンク(Klosters)、ベルニナ急行が通るディアボレッツァ外部リンク(Diavolezza)などはとても有名だ。が、地元の人びとは電車に乗ってサン・モリッツのスキー場に行くような事はあまりしない。この州にいくらでもある標高2000m以上の他の場所にも、もっと安いスキー場がある。我が家から車で15分のところにあるチャッピーナ(Tschappina)にも小さいながらもスキーリフトがある。また、雪が多いところでは夏の牧草地や遊歩道がクロスカントリーのフィールドになり、多くの人びとが無料で楽しんでいる。

クロスカントリーもとても盛ん swissinfo.ch

 子供の頃から雪に親しみ、また長い冬を楽しく過ごすため、ウィンタースポーツをする人はとても多い。周りの家庭を見ると幼稚園に入る前後でスキーを始める人たちが多いようだ。スキーリフトの一日利用券は決して安くはないが、スキーやスノーボードを好きな人たちはシーズンのフリーパスを購入して毎週のように通う。昨冬や今冬のように暖冬で積雪量が少ない年でも、標高の高いスキー場や有名で人工雪を作成できるスキー場では週末ごとに雪を楽しむ事が出来る。が、あまり標高が高くない小さいスキー場は営業に支障がでているようだ。

 夏はサッカー場の場所もアイススケートリンクになる。アイスホッケーのリーグ観戦はスイスでは人気が高い。だから、夏にはサッカーに夢中になる子供たちが、冬はアイスホッケーをしている姿をよくみかける。

アイスホッケーもポピュラー。子供たちの歓声が響く swissinfo.ch

 私自身は、いわゆるウィンタースポーツはしない。日本にいた時に二度ほどスキーに行った事はあるが、まともに滑れるようにならなかった。東京からスキー場に行くとなると時間・費用ともにかなりかかるので、そのうちに興味を失ってしまった。移住してからは、目の前にスキー場があるのでいつでも行けるのだが、連れ合いも子供の頃に怪我をして以来、スキーをやらなくなったので、敢えて始める必要がなかったのだ。

 その代わり、時おり雪山に行って散歩をする。氷点下の澄み切った空気の中を、真っ青な空と白い山のコントラストを楽しみながら歩く。冬に晴天が続くのはグラウビュンデン州の特徴で、週末には濃霧の多い地方から太陽を楽しむためだけにわざわざ訪れる人も多い。散歩が終わるとカフェでシュナップス(蒸留酒)の入ったコーヒーを注文して温まる。

冬の山でウォーキング。とても気持がいい swissinfo.ch
雪かきは凍ったり溶けたりする前に速やかに行う swissinfo.ch

  雪は山の上だけではなく、里にも降る。私の住む地域では、公道の雪かきは市町村がやってくれるが、歩道の雪かきはその家の前に住んでいる人の義務となっている。昼に溶けた雪は夜の間に氷になる。その上に再び雪が降ると通行人にとっては転倒・怪我をしやすい危険きわまりない状態となる。もし雪かきを怠っている家の前の歩道で誰かが転んで怪我をした場合、雪かきをしなかった家庭はその責任を問われる。だから、家を持っている住民たちは、屋根の雪下ろしや雪かきをせっせとする。

 その子供たちは即戦力にはならないが、小さいスコップを持って一緒に雪かきのまねをしている。大人たちにとっては重労働でも、子供たちにとっては雪だるまづくりと同じく楽しい遊びのようだ。こうして親と一緒に雪かきをする事で、雪の特性を学び、公のマナーを教えるいい機会にもなるのだろう。

 子供たちとその家族は身近な丘に行き、そり遊びも楽しむ。伝統的な木製のそりもあるけれど、もっと安価でプラスチック製のものもある。中には段ボール箱を壊してそれをそり代わりにしている人もみかける。田舎には牧草地が多いので、そり遊びにもってこいの空間がいくらでもあるのだ。

そり遊びにきた子供たち swissinfo.ch

 また、スイスに移住してきた当初とても不思議に思った事なのだが、「大人も子供も、健康のため、一日一度は必ず外の空気に触れなくてはならない」と信じている人が多い。晴れた夏の日の散歩は爽やかでとても気持ちのいいものだが、冬の-15℃以下になる日に生後2ヶ月くらいの赤ちゃんを連れて外を散歩するお母さんを見て目を丸くする事がある。

 また、雪の時に傘をささない人が多く、ベビーカーの覆いをすり抜けて赤ん坊の顔に雪が降り注いでいることもある。このような過酷な状態に晒すことで寒さに強い子供になるのかどうかはわからないが、少なくとも散歩のせいで子供が風邪を引くというは話は聞かない。

 特別寒い日や吹雪の日は別として、出来るだけ外に出るようにすべきというのは、北国では大切な事だ。スイスは緯度では北海道の北にあり、夏と冬の日照時間が大きく違う。山間部では直射日光の届かない場所も多く、日光不足でビタミンD欠乏症となることもある。だから、人びとは競って戸外に出て太陽光を浴びる。紫外線を極端に嫌う日本の人たちとは対照的だ。

日曜日の散歩では乗馬をする人とすれ違う swissinfo.ch

 さて、スイスの中でもチューリヒなどの都会と違い、田舎には舗装されていない道路や坂道が多く、雪や凍結の際に歩きにくい。東京から移住してきたばかりの頃は普通に歩くのも難しかった。また、ここ数年は暖冬でさほど気温が下がらないが、例年だと1月や2月には−15℃以下になる事も多く、きちんとした冬の服装を準備しないと乗り越えられない。

 どんな状態の道でも滑らずに歩く事の出来る靴や、厳寒に耐えられる服装というのは、概しておしゃれとはほど遠い。例えばハイヒールの洒落た革のブーツよりもゴムのギザギザの底のついた分厚いブーツを履く。それは、むしろ長靴と呼ぶ方がぴったりする。薄いストッキング一枚で外に出るなんて事は不可能で、重ね着をしてパンツを履く事になる。

 周りを見ても、やはりおしゃれよりも機能を優先した服装の人が多い。そのせいか、日本にいるほど多くの人が自分の見かけに気をとめていないように感じる。休日に電車やバスに乗ると、スキー場に向かう人たちがたくさん乗ってくるが、ブランドものや流行のウェアーに身を包んだ人はそれほど多くなく、足はスキー靴なのに、スキーやスノーボードのウェアーではなく普段着の防寒着を着ている人もいる。そういう姿でスキー場へ行き、軽く滑って帰る、日常の気軽なレジャーなのだろう。冬の山は、ここに住む人たちには異世界ではなく、日常の舞台なのだから。

ソリーヴァ江口葵

東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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