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ベルナーオーバーランドにシベリアの夏

フルティゲン ( Frutigen ) のシベリアチョウザメ ( 撮影者 Michel Roggo ) Michel Roggo

カンデル谷のフルティゲン村では、現在大工事が進行中だ。2009年末には「アルプスキャビア」の養殖場とエキゾチックな果物が実る熱帯園が誕生する予定だ。今回のプロジェクトにはレッチュベルク基底トンネルから出る温水が使われる。

シベリア出身の生物学者ドミトリ・プゴフキン氏は網を使い、全長1メートル近い大物のチョウザメを水槽からすくい上げ、しっかりと、だが慎重につかんで、ぴちぴちと跳ねるチョウザメを台の上に置いた。

アルプスキャビア

 ベルン大学から委託され今回のプロジェクトに参加しているプゴフキン氏は超音波を使って魚の性別を確認した。
「オスですね。5歳です」
 と言い、再び魚を水槽に戻した。

 水槽内の水温は20度で、これはレッチュベルクトンネルから直接引かれた水だ。温水はトンネルの一部にあたる14キロメートルの範囲内から湧き出て、トンネルの北側出口から流れ出る。20度という水温は、需要の高いキャビアのために絶滅の危機にさらされているチョウザメには理想的な環境だ。
「チョウザメが生息するロシアでは、川の水温は冬場は2度、短いシベリアの夏では18度ぐらいまでになります。フルティゲン ( Frutigen ) は1年中シベリアの夏にあたるわけですから、チョウザメはかなり繁殖するでしょう」
 と、フルティゲン熱帯園の経営責任者サミュエル・モーザー氏は言う。

スイスにやって来たチョウザメ

 隣接するテント内では魚がさばかれる。大手スーパー「コープ ( COOP ) 」が同地域内の支店でチョウザメの切り身を販売している。今はまだ少量だが、今後、年間20トンのチョウザメ肉が店頭に並ぶ予定だ。しかし、熱帯園が最も収益を見込んでいる製品は、チョウザメのメスから得られるキャビアだ。年間2トンの計算で、2017年までには熱帯園の全収益の4分の3を「アルプスキャビア」が占めることになるという。

 ヨーロッパでも数少ないこのチョウザメの養殖場は「フルティゲン熱帯園社 ( Tropenhaus Frutigen AG ) 」の中核をなすプロジェクトだ。ここには8カ月から8歳までのチョウザメがおり、体長は最長1メートル50センチに及ぶ。今後の目標は、ここフルティゲン生まれのチョウザメを増やすことだという。
「 ( フルティゲン生まれのチョウザメの養殖は ) 魚を病気から守るには一番の方法です」 
 とモーザー氏は言う。

看板プロジェクト

 ところで、レッチュベルクトンネルから湧き出る温水は地元を流れるカンデル川にそのまま合流させてはならないと、モーザー氏は言う。
「特に冬場は川の水量が少ないため、20度もある山の水を川に排出するのは望ましくありません。絶滅の危機にあるカワマスのような地元に生息する魚の生態系に悪影響を与えます」

 そこで、現在は熱帯園社の審議会議長を務めるペーター・フーフシュミート氏が、人工的に温水を冷却しなくてもいい方法を2002年に打ち出した。熱帯植物用の温室と魚の養殖場の暖房にこの温水を使おうというのだ。当初の心配にもかかわらず、この革新的なプロジェクトは地域住民の賛成を得た。特に、雇用が増すという点が大きかったかもしれない。現在、農家はチョウザメのえさ用に虫を育てている。

フルティゲンの「バナナ共和国」

 こうして2008年5月、予算2800万フラン ( 約21億円 ) の建設プロジェクトが開始し、現在、フルティゲンの駅から徒歩数分の所に熱帯園がまもなく完成する。小さなプラスチック製のプレハブ小屋の中に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは10数本のバナナの木に数本のコーヒーとパパイアの苗だ。将来的には総面積2000平方メートルの園内に年間約10トンのトロピカルフルーツが実るという。

 雪の降る冬の日に、海抜800メートルのベルナーオーバーランドで熱帯植物が育つというのは想像しにくいが、モーザー氏は余裕を見せ
「市場での競争は恐れていません。スイスで普段手に入るトロピカルフルーツと違い、ここで育つ果物は木になったまま熟すことができ、もぎたてのものをすぐにお客さんに出したり、販売することができます」
 と言う。

体験型だけじゃない

 また、温室のほかにレストランや展示室を併設したビジターセンターも作られる。ここでは、コープに次いで2番目に大きいスポンサーである「ベルン電力会社 ( BKW ) 」が展示を行い、来園者に地熱発電やほかの再生可能エネルギーについてよく知ってもらおうという狙いだ。また、チョウザメのような絶滅の危機にある野生動物も展示のテーマになり、消費者の意識を高めたいと、モーザー氏は希望を語った。

 さらに、2年前にインターラーケンに作られたベストセラー作家エーリッヒ・フォン・デニケンのミステリーパークの二の舞を踏むことはないだろうと、モーザー氏は言う。
「わたしたちのプロジェクトは多岐に渡りますが、例のミステリーパークは展示中心でした。熱帯園は生産に従事し、養殖で大きな利益を上げようと思っています」
 と、心配する様子はない。

 養殖、キャビア、研究、再生可能エネルギー、持続性、知識の伝達、バナナ、パパイア・・・・すべてがベルナーオーバーランドの山を舞台に繰り広げられる。これで楽観的になれない人がいるだろうか。たとえレッチュベルク基底トンネルの開通で特急列車がもうフルティンゲンに停車することがなくても、トンネルからの温かくてきれいな水が熱帯園で活用できるのだ。

swissinfo、ガビ・オクセンバイン フルティゲンにて 中村友紀 ( なかむら ゆき ) 訳

<フルティゲン熱帯園>
2002年:ペーター・フーフシュミート氏が発案
2005年6月5日:フルティゲン ( Frutigen ) 住民の賛成を得る
2008年5月16日:着工
2009年末:開園予定
予算:2800万フラン ( 約21億円 )
予想年間来園者数:5万人
メインスポンサー:コープ ( COOP ) 、ベルン電力会社 ( BKW )
製品:トロピカルフルーツ10トン、チョウザメの切り身20トン、キャビア2トン ( いずれも年間生産量 )
このほか、ルツェルン州のヴォルフーゼン ( Wolhusen ) にも熱帯園がある。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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