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人間と犬の感動ドラマ「犬ぞりレース」

エグリ夫妻のシベリアンハスキー「ワレンディル」。落ち着いていて品格があり、このチームのリード犬である。チームは昨年に引き続き今年も犬ぞりスポーツ国際連盟主催のヨーロッパ選手権、中距離レースA-1部門で優勝した swissinfo.ch

3月も半ば過ぎ、春スキーやスノーボードを楽しんでおられる方も多いと思います。この季節、世界各地ではスキーやスノーボードの大会が開催されています。皆さんは「犬ぞりレース」という競技をご存知でしょうか。もともと犬ぞりは極寒地に住んでいた人が、移動したり荷物を輸送したりしたときに利用した手段で、人の生活と密着して発展したものでしたが、今日では、「マッシャー」と呼ばれる人がそり犬を統率し、そりを操縦しながらコースを競走するスポーツとして知られています。人間と犬の感動のドラマを生む犬ぞりレース。雪上を懸命に駆ける犬たちの姿は感動的で、コース脇で観戦している人たちも思わずエールを送ります。今回はヴォー州(Vaud)のレザン(Leysin)―レ・モッス(Les Mosses)峠間で実施された犬ぞり大会を紹介します。

 犬ぞりレースと聞くとあまりピンとこなくても、「ユーコン・クエスト(Yukon Quest)」と聞くとご存知の方も多いかと思います。このユーコン・クエストは1984年以来、毎年2月にカナダ、ユーコン準州とアメリカ、アラスカ州間で開催される長距離(1600km)犬ぞり大会です。ヨーロッパでは、「ラ・グランド・オディセ(オデュッセイア大会、La Grande Odyssée Savoie Mont Blanc)」というフレンチアルプスとスイスアルプスのスキー場を舞台にした長距離犬ぞり大会(1000km)が2005年から開催されていて、犬ぞりファンのみならず、一般の人たちからも観戦を楽しむウィンタースポーツとして人気を集めています。毎年11月~3月にかけて、ヨーロッパ各地で犬ぞり大会が開催されます。スイスの犬ぞりレースは、1950年代後半にはすでに始まっていたようです。ヴォー州には「トランスアルプ・ヴォ-ドワ(TransAlp Vaudoise)」という犬ぞり大会があり、私の住むレザンでも、この大会(23km~26kmのレースが大会期間中、5回実施される)の一環として25kmのスプリントレースが今年も2月中旬開催されました。

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 参加チームは、レース前日からスケート場の傍にある広い駐車場に、犬舎をキャラヴァン車で牽いて続々と到着します。スイス国内のみならず、フランスやドイツからの参加チームもあります。こんなにたくさんの犬を見たことがありません。犬種はアラスカンハスキー、シベリアンハスキー、アラスカンマラミュート、サモエド、グリーンランドドッグなど様々で、犬ぞりを牽く順序できちんと繋がれています。雪上でじゃれ合ったり、眠ったり、くつろいだりと可愛らしいのですが、何かしらペット犬とは少しちがった雰囲気を持っている犬たちです。駐車場で犬たちのお世話をしていたベルン州(Bern)ランボイン(Lamboing)に住むエグリ夫妻(Donato & Verena Egli)に出会いました。夫妻の率いるシベリアンハスキーのチームは、2009年、2010年とすでに「トランスアルプ・ヴォ-ドア」大会で優勝しています。

 また、先日(2013年3月8日~10日)、オーストリアで開催された犬ぞりスポーツ国際連盟(FISTC)主催ヨーロッパ選手権でも、中距離レースA1部門でみごと優勝しました。美しい毛並み、そして神秘的な青い目を持つシベリアンハスキーたちは、堂々としていて存在感があります。レースに参戦する犬だけでなく、リタイアした犬や若い犬たちも一緒なので大家族です。「私たちのチームは8頭編成の雄雌チームで、その中のリーダー犬が他の犬を統率するのよ。でも、人間が一番のボスであることを犬たちは知っているの。マッシャーには絶対服従するわよ。」とヴェレナ夫人は話します。夫妻と犬たちの間に存在する強い絆。犬たちにとってこの夫妻から受ける愛は喜びであり、夫妻にとっても犬たちと共存することが大きな喜びであるという印象を受けました。

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 レース当日は、零下6度。雪の降る寒い日でした。こんな日のレースは可哀そうと同情しましたが、その必要はありませんでした。会場では300匹ほどの犬たちがレースを前に興奮して遠吠えを始めています。犬の大合唱です。エグリ夫妻も参戦する犬たちやそりのワックスの状態など入念に確認中でした。競技用ハーネス(胴輪)をすでに着用した犬たちは、顔つきも昨日とは異なりプロ意識に燃えています。レースの2時間程前に肉入りスープ、そして30分程前には栄養ドリンクやスナックを与えます。ヴェレナさんは筋肉痛を和らげるため、ユーカリの香りのするジェルを犬たちの足に湿布します。夜間レースであるため、先頭犬のハーネスとそりには安全のために点滅ライトが付いていました。出発地点の犬たちは、走りたくて仕方がない様子ですが、ヴェレナさんはやさしく落ち着かせます。「3、2、1」とカウントダウン後、いざ出発。エグリ氏がそりを操縦し、8頭の犬たちは懸命に走り始めます。

 最前列の「リード犬」は、マッシャーの掛け声を聞き分けコースを見定めます。またペースメーカーという大変重要な役割を果たします。2列目は「ポイント犬」と呼ばれ、リード犬をしっかり見ながらその速度についていき、カーブでそりを回します。3列目が「スウィング犬」で、チームのために一生懸命走りこちらもそりをカーブで回します。4列目、そりに最も近い位置にいる犬が「ホイール犬」です。チームの中で一番の力持ちと言われます。それぞれ異なった性格、役割を持つ8頭の犬を統括するマッシャーには、犬についてあらゆる面での知識が必要であることは言うまでもありません。エグリチームが2013年度「オデュッセイア大会」に参戦した際の様子がYoutube(全3部)に紹介されています。美しいアルプスの山々、過酷なレースコース、獣医によるそり犬の検診、レース中に起こるハプニングなど、このスポーツの醍醐味が味わえますので、ぜひ全画面でご覧ください。特に第2部では、マッシャーと犬たちの素晴らしい関係を垣間見ることができます。

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 さて、レザンを出発した25km犬ぞりスプリントレースですが、ゴールは標高1445mのレ・モッス峠です。ゴールインする様子を観戦しようとレ・モッスまで行きました。コースとしては、比較的標高差のないコースですが、レース途中から強風(ゴール地点でも立っていられない)に豪雪、と悪天候が重なり、マッシャーや犬たちの安全を優先してレースはキャンセルになりました。他のウィンタースポーツと同様に犬ぞりレースも天候によりレースが中止になる事がありますが、それも大自然の中で行われるスポーツの醍醐味なのかもしれません。

この記事を書くにあたり、エグリ夫妻のご協力をいただきました。今後もチームの活躍を期待したいものです。

小西なづな

1996年よりイギリス人、アイリス・ブレザー(Iris Blaser)師のもとで絵付けを学ぶ。個展を目標に作品創りに励んでいる。レザンで偶然販売した肉まん・野菜まんが好評で、機会ある毎にマルシェに出店。収益の多くはネパールやインド、カシミア地方の恵まれない環境にある子供たちのために寄付している。家族は夫、1女1男。スイス滞在16年。

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