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「もう一つのサウジアラビア」の声を届けたい

Reuters

サウジアラビア初の女性映画監督ハイファ・アル・マンスールさん。この王国で撮影した初めての長編映画「ワジダ」がいくつもの賞を獲得した。ベールをジーンズに変え、強い主張を穏やかに伝える技を養う。監督に聞いた。

 この映画のタイトル「ワジダ(Wadjda)」は12歳の女の子の名だ。母親と2人で暮らす。父親は息子を産んでくれる第二夫人を探すために出て行った。少女の夢は自転車を買うこと。しかし、サウジ社会は女性が自転車に乗ることを好まない。少女は自転車を手に入れるために頭をひねる。そしてついにコーラン暗唱コンクールへの参加を決意する。優勝すれば賞金で夢を実現できるのだ。

 おてんばで、賢くて、機転の利くワジダは、イスラム社会の戒律に違反しがちだ。彼女はスニーカーを履いて、ポップミュージックやアメリカンロックを聴く。この点でワジダはアル・マンスール監督に似ている。監督は「複雑だが小説などフィクションの表現が豊かなサウジ社会」に映画監督としての自分の声を、衝撃を与えることなく届けたいと願う。

swissinfo.ch : あなたのその解放された服装はサウジ女性の伝統的な姿とは正反対です。これは驚くべきことですよね?

ハイファ・アル・マンスール : そうですね。私が小さな田舎町アル・ズルフィで育ったことを考えると、特にそうでしょう。このことからも分かるようにサウジ女性は随分変わったのです。今日では、多くの女性作家や女性ジャーナリストが視聴覚メディアで働いていますが、彼女たちの外見は変わりました。必ずしも皆が全身をベールで覆っているわけではありません。サウジでは今、思考と外見の両面で多様性が見受けられます。

swissinfo.ch : 第7芸術である映画に対するあなたの情熱はどこから来るのですか?

アル・マンスール : 私には兄弟が12人います。両親は私たちを楽しませるために、アメリカ、インド、エジプト映画のビデオを見せてくれました。私たちにとって映画やテレビは、小さな社会から抜け出し、世界を発見させてくれるものだったのです。その後、社会に出た私は女性の声には耳を傾けてもらえないのだということに気がつきました。だから自分の声を聞いてもらいたかったのです。映画は私の表現手段でした。まず、短編映画を撮ることから始め、その作品でアブダビ映画祭に参加することができました。

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swissinfo.ch : あなたはご自分の国で女性映画監督の先駆けということですが、このサウジには映画が存在しないと言ってもいいですよね。

アル・マンスール : 確かに私はサウジ初の女性監督です。このことには誇りを持っていますが。しかし今のところ、映画がサウジで居場所を見つけたと言うことはできません。それでも、映画文化が根づき始めたとは言えるでしょう。「ワジダ」が若者たちに道を開き、女性が自分と自分の能力を信じ、常に自分の道を見つけ出そうとする勇気の源になれたら、とてもうれしいと思っています。

swissinfo.ch : どのようにワジダという役柄の着想を得たのですか?また、はつらつとして素直な演技が目を引いた、この小さな女優さんをどうやって見つけたのですか?

アル・マンスール : 最初は、私の町、両親、学校についての映画を作ろうと思っていました。しかし最終的に、陽気で天真らんまんな私の姪っ子の個性が、映画の登場人物の着想を与えてくれました。ふさわしい女優を見つけるのには、大変苦労しました。サウジでは、マスメディアを通じた俳優の募集はできません。キャスティングには、パーティーやフェスティバルの際に若手歌手やダンサーを募集している現地の製作会社を頼るしかありませんでした。こうして、小劇場に出演していたワッド・ムハンマッドを選ぶことができたのです。彼女はジーンズにオールスターのスニーカー、耳にはヘッドホンをつけてカナダのポップシンガー、ジャスティン・ビーバーを聴きながら撮影にやって来ました。要するに、世界の若者と同じようにインターネット文化に属している少女なのです。

swissinfo.ch : そもそも、なぜ自転車なのですか?

アル・マンスール : なぜなら自転車には加速、自由、推進力という意味があるのです。その一方で、ぶつかっても大きな衝撃を与えない穏やかなものなのです。この点で、自転車は私の表現スタイルにふさわしいのです。私が求めているのは、衝突ではなく対話なのです。

swissinfo.ch : サウジ女性はベールなしでスクリーンに、つまり世界中へ姿を現す権利がありますが、街頭ではその権利はありません。この矛盾をどのように説明しますか?

アル・マンスール : サウジは「美しい」矛盾に満ちています。保守的な国であることは事実です。しかし、女性が身につけているベールの下には、人生、笑い、喜びを愛する、感情を持った人間がいるのです。

swissinfo.ch : 児童婚や不法移民、あるいは女性が自由に動くことができないという事実などを取り扱うの中に、人間の感情というものが反映されていますね。しかし、これら不法移民など「とげのあるテーマ」をあなたは穏やかに取り上げていますが、どうやってこううまくできたのでしょうか?

アル・マンスール : 自国の文化を尊重しながら長い間考えた結果です。映画を通じて、私は衝撃を与えないように注意をしながら、自分の考えをサウジの人たちに伝えたかったのです。映画製作者というものは、自分の生活環境の中から着想を得ることが重要なのだと思います。映画を恐れがちな国で、私は人々に向かって、彼ら自身、彼らの生活についての物語を語りたいと思ったのです。

swissinfo.ch : ご自分の国で、あなたの映画に対する反応はありましたか?

アル・マンスール : いいえ、反応はありませんでした。しかし、2012年ドバイ国際映画祭でこの映画が上映されたとき、多くのサウジの人がこの映画を見るためにドバイまで出向いてくれました。同年のベネチア国際映画祭では、「ワジダ」がサウジのマスメディアから好意的な報道を受けたことを付け加えたいと思います。

swissinfo.ch : どのようなサウジを夢見ますか?

アル・マンスール : 寛容、友愛、他人に対する偏見のなさが行き渡り・・・女性が公的な生活の中でより重要な位置を占めることのできるサウジの国を夢見ています。

1974年8月10日、サウジ生まれ。女性映画監督、シナリオライター、編集者、プロデューサー。カイロアメリカン大学で英文学を学び、1997年に卒業。サウジに帰国し、8年間で短編映画3本 「誰(Who)?」「ビター・ジャーニー(The Bitter Journey)」「たった一つの出口(The Only Way Out)」を撮る。

2005年、初のドキュメンタリー映画「影のない女(Women without shadows)」の上映時に将来の夫となるアメリカ人外交官と出会う。夫妻はオーストラリアに住み、アル・マンスール監督はシドニー大学修士課程に在籍し映画学を学ぶ。その後夫妻はワシントンに移り、現在は2人の子供とバーレーンに住んでいる。

2012年、「ワジダ」がべネチア国際映画祭「オリゾンティ」部門でワールドプレミアとして公開された。アル・マンスール監督は、サウジでの映画製作には苦労したと打ち明ける。最も厄介だったのは街頭での撮影だったという。「サウジ社会では男女が一緒にいてはいけませんから、私は可能な限り公共の場を避けなければいけませんでした。撮影方法の再考も迫られました。例えば街頭撮影では、モニターと一緒に車内に隠れて、トランシーバーでスタッフに指示を出さなければいけませんでした。」と、スイスインフォに語った。

「ワジダ」は、サウジのアル・ワリード・ビン・タラール王子(ロタナグループ)から資金援助を受けた。ラゾール・フィルム(ドイツ)と共同製作されたこの映画は、すでに複数の国際映画祭で賞を獲得している。ベネチアではC.I.C.A.E.(国際アートシアター連盟)賞、ドバイでは作品賞および女優賞、先日のフリブール国際映画祭(FIFF)では観客賞を受賞。

(仏語からの翻訳 井関麻帆)

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