スイスの視点を10言語で

涙と笑いの130年:ゴッタルト鉄道は今だ健在

急な斜面に挑むゴッタルト鉄道 Keystone

数あるスイスの鉄道の中でもゴッタルト鉄道ほど逸話の多い鉄道はないだろう。

まず鉄道そのものの旅に見所が多い。次から次へと鉄橋を渡ったかと思えば、急な斜面を登り、ぐるぐる回って降りてきて、世界的にゴッタルトの名をとどろかせた15キロメートルのトンネルを抜けていく。

 1882年6月1日に一般客を初めて乗せたゴッタルト鉄道は、スイスの歴史の中でも特別な位置を占める。

アルプスで最も重要な道

 歴史家キリアン・エルサッサー氏は、「当時、ゴッタルト鉄道はアルプス山脈に接する国々にとって最も重要な道でした」と語る。「スイスにとって、これは国をあげての巨大プロジェクトだったのです」。しかし公式には、ゴッタルトはスイスだけのプロジェクトではない。イタリアとドイツも共同出資しているのだ。

 ただでさえ貴重なこの鉄道は、関係諸国にとって重要な路線であるばかりではなく、他の鉄道に比べても素晴らしい景色を提供したためその存在に彩りを加えた。英国の旅行ライター、アンソニー・ランバートさんは「誰にとっても、この車窓からの景色は息を呑むほど美しいものですよ」と言う。

 人々の驚嘆を誘う景色の中の一つは、北の傾斜に建つバロック様式の教会だろう。鉄道はこの教会のたたずまいを違う高さ、違う角度から3回、楽しませてくれる。

血と汗と涙と

 現在の旅客がこの鉄道の存在のありがたさを理解するのは難しいかもしれないが、ゴッタルト鉄道の建設は苦難を極めたものだった。時間も経費も予想以上にかかったのだ。ゴッタルトの名前を世界的に有名にしたトンネルの建設は、同じような巨大プロジェクトとしてエジプトのスエズ運河建設が並び称される。

 「建設の完工までは10年かかりました。工事責任者であるジュネーブ出身のルイ・ファーブルは建設現場で亡くなったため、完工を見届けることができませんでした。彼はゲシェネンの教会に埋葬されています」とランバートさんが説明してくれた。

 ファーブルはかなりのギャンブラーだったらしい。歴史家エルサッサー氏に彼のことを聞いてみたら興味深い答えが返ってきた。「彼はかなり変人でした。彼は8年以内にトンネルが貫通すると賭け、もしそれより遅くなれば罰金として1日5000フラン(約44万円)を彼が支払い、もし早ければ反対にこの額を受け取るという契約書まで交わしました。これは当時の鉄道運転手の2年間分の給料です」

 「ファーブルは6年あれば充分だと思ったのです」。賭けは大きく外れた。当時建設現場では2500人が働いていたが、条件は最悪で、ストライキが頻発し、警察などが強制解除を行った際には労働者側に何人も死者が出たほどだった。

女性の社会進出にも貢献

 ゴッタルト鉄道は、技術面や観光面だけでは語りきれない。女性の視点から見たゴッタルト鉄道にはまた面白い逸話がある。

 エルサッサー氏は続ける。「この巨大プロジェクトは、米国で言えばゴールドラッシュのようなものでした。社会的規範がまだ確立されておらず、女性にも企業家として活躍する余地があったのです。ホテル業やレストラン、売春宿まで、女性は幅広く進出しました。自分で稼ぐことができたおかげで、この地域の女性は大変独立していたのです」

 さて、ゴッタルト鉄道は100年近く、右に出るものはいないほど光輝く存在だった。しかし1980年代に入って他のトンネルや路線が開通すると、「ゴッタルト」の名は急速に光を失っていく。

鉄道に代わるもの

 「1980年にゴッタルトには自動車道ができました。するとゴッタルト鉄道のありがたみは薄れ、この名前は面倒くさい乗り継ぎや長い待ち時間の代名詞になってしまったのです」と、ベルンのアルペン美術館の説明には書かれている。

 しかし、旅行ライターのランバート氏はそれでもゴッタルト鉄道の魅力はかけがえのないものだ、と語る。「前の車のことなど気にしないで、豊かな自然をゆったりと楽しむには鉄道の旅が一番です。しかも、車窓から、この鉄道を作った人々に思いを馳せる時間は、なんともいえないものとなります」

 「しかもゴッタルト鉄道は、地元の石を使って作られたのです。一方、コンクリートの壁に囲まれた自動車道は、景観のことなど全く気にかけていません」

 新しく建設されている全長57キロメートルのゴッタルト基底トンネルについては、最後にランバルト氏は正直な感想を漏らした。「少しでも旅客が自動車から鉄道に戻ってくるのは良いことですが、すばらしいゴッタルトの自然の中に身を置いているのに、ずっとトンネルの中にいるというのはちょっとね」

swissinfo、 ロバート・ブルックス 遊佐弘美(ゆさひろみ)意訳

鉄道が完成したのは1872年。当時2500人の労働者が働いていたが、ほとんどはイタリア人だった。
「建設中で亡くなった人は177人」とする記念碑がアイロロ駅に飾られているが、実際は200人近いことが近年確認されている。

ゴッタルトの有名なトンネルを通る旅客は1日1万人。
トンネルの中を走っている時間は約11分。

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部