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湖の黒鳥で町が真っ二つ

いまさらふるさとに戻れといわれても・・・。スイスにすっかり馴染んでしまった黒鳥 Keystone

アルプス山脈を背景にするトゥーン湖 ( ベルン州 ) に生息する10羽の黒鳥が、地元トゥーンの市民の平和を乱している。

ドイツの週刊誌やチューリヒの日刊紙にも最近になって取り上げられ、生態系の保護か動物愛護を優先させるのかという論議が延々と、いまもなお続いていたことが再び全国に知れ渡った。

アルプスに黒鳥?

 1984年、地元で出版社を営むマルクス・クレブサー氏がチューリヒの動物園から3羽の黒鳥を譲り受け、トゥーン湖 ( Thunersee ) に面するクレブサー家の敷地内にで飼い始めた。当初は飛び立たないように羽根を切られていたものの、1989年から湖に放たれるようになり、黒鳥はまったくの自由を得た。その後、繁殖し、現在10羽が湖に泳いでいる。クレブサー氏は現在、出版社を退いているものの、黒鳥に関する書籍を出し、鳥の愛好家としても知られている。

 白い万年雪で覆われるアルプス山脈を背景にして、黒鳥が空を飛ぶ姿を不思議だと思う人は少なく、地元の人にとってはまったく自然に溶け込んだ風景らしい。トゥーン市に住むローアまゆみさん ( 51歳 ) は17年前、この人口約4万3000人の町に引っ越して来た時から、白鳥に混じって黒鳥も泳ぐトゥーン湖の風景にすっかり慣れ親しんでいるという。
「子どもたちも散歩がてら、鳥に餌をやったりして。まったく普通の風景です。黒鳥がオーストラリアだけに住む鳥だとは知りませんでした」

 しかし、もともと黒鳥はスイスには生息しない動物。こうした外来動物は、スイス国内の動物の生態系を脅かすものとして、法律で放し飼いは禁止されている。スイスの自然保護団体「プロ・ナトゥーラ ( Pro Natura ) 」のトゥーン支部は「黒鳥はトゥーン湖には住むべきではない」と新聞に投書。2004年に生まれた3羽の黒鳥の雛 ( ひな ) を隔離したところ、不運にも死んでしまった。この事件を知ったトゥーン市民の5858人が嘆願書に署名し、黒鳥の自由を訴えた。

外国人ならぬ外鳥

 ローアさんも署名したが「かわいそうな鳥のためと言って署名を集めている人が近所の知り合いで、断るわけにもいかなかった」と言う。連邦政府は2008年、厳しい条件付で10羽までなら容認すると決定したのだが、地元住民の感情は収まらない。地元日刊新聞「トゥーナー・タークブラット ( Thuner Tagblatt ) 」のサイトなどで、黒鳥を生かすか殺すかの論議が炎上した。

「動物の往来の自由は、スイスに勝手に来た動物だけに許されるというのは自然保護団体の主張。しかし、この20年間で10羽の黒鳥がどれほど自然を破壊しているのかとという調査もしないで、法律だからはっきりしているというのはおかしい。ジャガイモもトマトももともと、『違法に』南米から輸入したものではないか」( バルバラ・ヴィッテンバッハ氏 / 1月24日付け「クライネー・ブント
/ Kleiner Bund」)

「『鳥党』の党員は黒い外鳥たちをどんどんスイスに入国させようとしている。外来の鳥がたくさんいて、撃ち落せない狩猟官は、鉄砲を湖に放り出すほどだ」 ( ダヴィット・リュティ氏 / 同上 )
スイスとEU諸国間の人の往来の自由について問う国民投票前には、このようなやり取りもあった。また、法律を杓子定規に厳守すると批判されたプロ・ナトゥーラの支部長には家族に対する脅迫文まで送られる事態となった。

 「鳥を救うグループのトップが当地の新聞の『今年のトゥーン人』賞の候補になったりするなど大騒ぎしておかしい」
 とローアさんは、街を分断した「黒鳥問題」は一部マスコミが煽っていると指摘した。

swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )

ベルン州
面積21.7平方メートル
人口4万2753人 ( 2009年1月現在 )

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