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生まれない権利を求める

出生前診断の規制緩和を訴えるルコルドン議員 Keystone

去年12月13日、全州議会は6月の国民議会の決定に続き、出生前診断に対する規制を緩和することを決定した。法改正には、出生前診断を行う上での厳しい条件も設けている。

この議決の立役者となったルーク・ルコルドン議員が、スイスインフォに出生前診断について語った。ルコルドン議員は彼自身も重い障害を持って生まれてきた。

 これまで、体外受精を選んだ夫婦は生まれてくる子供に障害があるかどうか、試験管の段階でチェックすることは不可能だった。母体が妊娠するまで障害の有無がチェックできないのは不条理だとして他の欧州諸国では可能となっている国も多いが、この流れにスイスも続く方向だ。

 去年6月に国民議会がこの法案を討議する際に、ルコルドン議員は、他の議員らを前に「深刻な障害を持って苦しんで生きるより、生まれないことを選択したい子供たちの名前において、その中の一人である私は、出生前診断の規制緩和を求めます」と訴えた。

 法改正に反発する市民グループは「このような傾向は、最終的に性別や他の性格まで両親の好みに沿った赤ちゃんを選ぶ『お好みベイビー』を生み出すことにつながる」と警戒を強め、議会が法改正に本格的に踏み切る際には国民投票も辞さない構えだ。

 一方、全州議会の態度が注目されていたが、去年12月13日、全州議会は厳しい条件の下なら着床前診断を許可すると決議した。

wissinfo : 国民議会の決定に引き続き、今回の全州議会の決議についても非常に喜ばれているのではありませんか。

ルコルドン : もちろんです。投票結果はかなり僅差になると思っていましたから。このように大差で可決されたのは、これまでの意見を変えた議員が多かったのでしょう。

 一方で、強い反対意見があるというのも私たちにとっては良いことです。法改正が早急に行われず、議論を尽くす時間があるということですからね。英国では出生前に子供の髪の毛の色まで選べるそうですが、私はそれは行き過ぎだと思います。私たちは出生前診断について明確な限界を設ける必要があります。

swissinfo : あなたに反対する人々は、限界を設けても「お好みベイビー」を生み出す可能性はあると主張していますが。

ルコルドン : 出生前に行う診断を病気に限定し、その病気の名前をリストにするべきです。議会ではどの病気に限定するかということまで合意するのは難しいかもしれませんが。

 例えば、糖尿病は非常に一般的で治療可能な病気ですが、大きな苦しみを伴います。糖尿病の子供を育てるかどうか決定するのは両親であるべきです。でも、これについては私にもまだ結論が出ておらず、広く議論されるべきだと思います。

swissinfo : 以前にあなたは自分の障害を政治の道具に使いたくないと発言なさっていますが、今回声をあげてこの問題に取り組んだのはどういう理由からでしょうか。

ルコルドン : おっしゃるとおり、障害についての議論にはなるべく距離を置きたいと思っています。けれどもこのような特別なケースについては、国会議員の誰も、障害を持つ本当の苦しみを理解しているとは思えなかったのです。彼らの判断は結局、机上の空論なのです。私はこれを実際の体験のレベルにまで修正し、沢山の人々のために声をあげなければいけないと思ったのです。

 また、私自身が障害を持っているにもかかわらず、非常に幸せな人生をおくっているということも、今回声をあげた理由の1つかもしれません。私は確かに幸運でしたが、典型的なサクセス・ストーリーの主人公だとは思われたくないのです。私を見て「障害を持っているからといって、人生に成功しないわけではない」と思われては困ります。私のケースは本当に、例外中の例外なのです。

swissinfo : 障害者団体のいくつかは、出生前に障害の有無を診断することは障害者に対する一種の差別であり、困難な状況でもベストを尽くして生きるチャンスを取り上げるべきではないと主張していますが、この意見についてはどう思われますか。

ルコルドン : チャンスを与える、とおっしゃいますが、どんなチャンスがあるというのでしょう。深刻な障害を持つ者にとって、実際そんなチャンスはほとんどありません。

 何年もの間、私はかなり頻繁に病院に通いました。そこで私よりずっと重い障害を持つ子供たちをたくさん見てきたのです。ドイツで会った3歳の子供には手足がありませんでした。彼の目には深い苦痛の色が浮かんでいました。その瞬間、私は彼の苦痛が理解できるような気がしたのです。なぜなら、その苦痛は私自身が8歳か9歳の時に深く感じたものだったからです。

 私は確かに幸運でした。確かに人々に希望を持たせたかもしれません。でも、だからといって、多くのほかの障害者が私ほど幸運の上に生きられるか、といえば、決してそんなことはないのです。

swissinfo : 出生前診断の規制が緩和されて障害が分かった場合、両親は子供を生まないよう何らかのプレッシャーを受けるかもしれません。

ルコルドン : その可能性は否定できません。けれども、両親がどんな決断をするにせよ、誰も彼らを非難する権利はありません。これは彼らの決断で、彼らの責任であり、誰もそれに代わることはできないのです。

 しかし、他の問題もあります。障害を持つ者が今後少なくなれば、障害者の権利を要求することは将来的に難しくなるかもしれません。これは私たち政治家の問題です。障害を持つ、持たないに関わらず全ての人に平等に人権や社会への参加が保障されなければいけません。

swissinfo、ラムゼイ・ザリフェ− 遊佐弘美(意訳)

-これまでスイスでは着床前に遺伝子病検査をすることを禁止していたが去年6月、国民議会はこの規制の廃止を決定した。
-今回の全州議会の決議は、去年6月の国民議会の決定を受けたもの。
-本格的な法改正に向け、2007年から議会でさらなる審議が再開される。

ルーク・ルコルドン議員はヴォー州出身で緑の党所属。
彼は手足に重い障害を持つホルト・オーラム症候群と診断されている。
現在、貿易を専門とした弁護士としても活躍しているほか、ヴォー州立銀行の役員でもある。

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