スイスの視点を10言語で

直接民主制よ、永遠に

グラールスの青空議会 Keystone

スイスのみならず、世界でも珍しい直接民主制を持つグラールス州(Glarus)。重要な政治的な判断は、住民が広場に集まって、挙手で決める。

この青空議会が行われるのは5月の第1日曜日。スイスインフォがこの特別な一日を取材した。

 この民主的な制度はランズゲマインデ(Landsgemeinde)と言い、この町で700年も続いている。他ではなかなか見られないこの光景を見るために各地から観光客が引きもきらない。

青空議会、威勢よく開幕

 土曜日の夕方。町のフリーマーケットでは何百人もの人が、露天で物を売ったり買ったりしている。ところが一夜にして、その道のプロが店を片付けてしまう。お土産や洋服や本や、ヤギのチーズなどの食料品やらも跡形もなく姿を消す。

 そして、いよいよ青空議会、開幕。日の出と共に、ブラスバンドが威勢よく姿を現す。制服を身につけた兵士が町役場の外に直立不動で立つ。住民が広場に集まり始める。日曜日のためのよそいきの洋服を着ている人もいれば、この地方の伝統的なコスチュームを着込んでいる人もいる。

 この日は州全体にとって社会的な意味を持った日だ。通りがかりのデニーズ・マルクスさんとご主人のニックさんに感想を聞いてみた。彼らは「ランズゲマインデは若い人に政治に興味を持たせる素晴らしい方法だ」という。これから託児所に子供を迎えにいって、この特別な雰囲気を一緒に楽しむつもりだ。

これぞ本当の直接民主制

 この独特な集会をその目で見るために、はるばるとこの山間の小さな町まで足を運ぶ観光客は多い。ぺーター・ノイマン教授は、直接民主主義研究所のディレクターで、ドイツのドレスデンから生徒を引率してやってきた。

 スイスにはこのような直接民主制が残っている州が2つある。グラールス州とアッペンツェル・インナーローデン準州(Appenzell Innerrhoden)だ。屋外の広場に集まって、挙手で投票する原則は両者とも同じだが、それぞれ独特の地方色がある。

 ノイマン教授は感激に満ちた表情で語る。「この2つの地方のランズゲマインデでは、直接民主主義が実際に行われています。このシステムが、政治的機能として実際に機能していることは、私たちにとって驚きです。人々は町の未来を選択するために、様々な提案者の言っていることに真剣に耳を傾けます。本当に、青空の下で議会が行われているのです」
 
 グラールス地方議会の議員で、連邦上院議員にも選出されているフリッツ・シーザー氏もこの意見に同感だ。彼は、政府機関ではなく、一般市民に政治的判断の決定権があるランズゲマインデを、幼い頃から身近に感じながら育った。

 シーザー氏にとって、この日のハイライトは、市民たちが挙手を行って自ら政治的な決定をした後で、「法律を忠実に遵守し、国家に忠誠を誓う」と誓約する瞬間だ。

ランズゲマインデの未来

 シーザー氏は青空議会の限界についても理解している。住民全員がここで自分の意見を表現できるわけではないし、挙手を正確に数えることは不可能だ。結局、多数派の挙手が推定で数えられているのに過ぎない。結果が出るまで、3回もこれが繰り返されることさえある。

 サンクトガレン州のシルヴァノ・メックリ政治科学教授は、「このような欠点があるにしても、ランズゲマインデの未来は明るい」と言う。「これは他ではめったに見られない、非常にユニークなシステムです。特に人里離れた地方にとっては、共同体をひとつにまとめる大きな力を持っています。このグローバル化が進む世界で、他と違う特徴を持つということは、決定的な好条件となります」

 メックリ教授は、今後の青空議会の改善点として、現代の電子投票技術を用いた秘密投票の導入を提案した。しかし、もし実現されないとしても、ランゲスマインデを廃止しようという声は小さい。

 さて、青空議会も閉会間近になり、6000人の参加者が広場を離れ始めた。今回、住民は「州の市町村を25から10にする」という政府案を否決したばかりか、なんと「3つにまで統合せよ」という提案を決議したのだ。

 多くの人が、青空の下のカフェで今回の決議についてあれこれ話していた。今回の決議は確かにちょっとした「驚き」だった。「若い人々が、政治に改革をもたらしたのでしょう」と筆者のガイド、アウグスト・ベルリンガーさんは言う。「それにしても、この結果を見て、ランズゲマインデがいかに実際に政治的機能を行使しているか、ご理解いただけるでしょう。これからもずっと存続していくでしょうね」

 ベルリンガーさんは「ここの住民は、他のスイス人から石頭だと誤解されている」とも言っていたが、今回の結果は、これが誤解ではないという証明にもなってしまうのではないかと感じた。

swissinfo、 ウルス・ガイザー 遊佐弘美(ゆさひろみ)意訳

ランズゲマインデはこの州の最高意思決定機関。
投票権があるのは約2万5000人。青空議会に参加するのは平均して約7000人。

‐グラールスはチューリヒとスイス東部の間にある山間地方。19世紀には産業都市だった。

‐ランズゲマインデの原型が始まったのは、1500年も前だと信じられている。このような集まりはアルプス地方の伝統で、現在のスイス、イタリア北部、オーストリア、ピレネー山脈周辺、フランス中央部及び北部、ドイツ北部で行われていた。

‐中世以降までこのシステムが残ったのはスイスのみ。

‐スイスにある2700の地方自治体のうち、85%は屋内で住民が定期的に集まり、地域の問題を決定するシステムがある。

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部