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精神疾患の原因究明に向け、胎児から成人になるまでを調査

3000人の胎児が研究対象となる Keystone

生まれる前の胎児が成人するまでの精神状態を研究するプロジェクトが明らかになった。彼らの取り巻く環境を踏まえ、遺伝学者や心理学者、社会学者などがそれぞれの専門で追跡調査を行い、20年にわたり分析する。

この研究によって、精神疾患や環境不適応の原因が解明されることが期待されている。一方、人権団体は「子供を実験に使うことは言語道断」と、この計画に強く抗議している。

 この「スイス精神衛生および環境適応に関する病因研究」プロジェクトは、精神疾患の原因を探ることを目的に3000人を被験者として募集する予定だ。研究対象期間は、妊娠初期の胎児が20歳になるまでの長いスパンだ。本人だけでなく、両親や祖父母の情報も収集される。

 この研究で遺伝的、心理的、社会的および生物学的な危険要因が分析され、なぜ人間が精神疾患や環境に適応できない状態になるのかという原因を探る。

 例えば、妊娠初期には胎児が精神疾患を発症する「危険な時期」というものがある。この時期の胎児の環境を記録し、その後20歳になるまで様々な角度から調査をしながら見守るわけだ。スイス政府は去年の3月にこの計画に研究費を与えることを承認した。また、スイス科学財団は4年間で1020万フラン(約9億円)を資金援助する予定だ。

 しかし、バーゼルを本拠地とした「遺伝子技術に反対するバーゼル・キャンペーン」は、法律的・倫理的背景からこの研究を激しく非難し、政府が決定した資金拠出の差し止めを求めている。

議論沸騰

 バーゼル・キャンペーンのパスカル・シュテック会長は「この研究の中心は、子供の遺伝上の性質にまで踏み入ることだ」と憤慨している。

 「スイスの子供がこのように遺伝子技術の要素を含む研究に駆り出されるなんて前代未聞です」とシュテック会長はスイスインフォのインタビューに答えた。「子供が自分のDNAを分析され、記録され、調べ上げられることを、理解して許可を与えるなんてことができるわけがありません」

 バーゼル大学教授であり、研究プロジェクトのリーダーであるイェーゲン・マラグラフ教授はこのような批判に反論する。

 「私たちは遺伝子技術の研究をしようとしているわけではありません。これは人間の性格や精神状態がどのように変化していくかを人生のスパンで総合的に分析しようとする試みです。この壮大なプロジェクトのある一部分だけが遺伝子に関連しており、そこでは環境の変化に遺伝子がどう対応するかを見ます」

 「どのような子供を対象にした研究でも、それを子供自身が許可できるかどうか、などという事は問題になりません。普通は、子供に代わって両親が判断するのです。この研究は子供を対象とした他の研究と同じように、倫理基準を満たすはずです」

 このプロジェクトは、心理学や社会学、生理学や保健学などの専門家チームによって構成され、今までにないほどの多くの被験者を使って総合的な研究が行われる。コーディネーターは、バーゼル大学だ。

 このため、バーゼル・キャンペーンのシュテック会長は個人情報が外部に漏れる危険性についても指摘した。「このような膨大な個人情報が将来的にどこまで守られるのか、非常に曖昧です。特に精神疾患に関するデータなどは、念には念を入れて守られなければなりません」

プロジェクト実施までに問題解決なるか

 スイス政府の倫理諮問委員会のメンバー、カロラ・マイヤー・ゼーターラー氏も、この計画について消極的だ。

 「計画書に目を通しましたが、疑念は晴れません。妊娠3ヶ月の胎児を20歳になるまで追跡調査して調べる。危険なことだと思いますね。それに何も分からない子供を被験者にして良いものでしょうか」

 スイス科学財団の広報担当者は非難の的になっていることについて反論した。「このような非難は的外れです。私たちはまだ1つ1つの内容について吟味しておらず、承認を考える段階にも入っていないのです。この計画が倫理に反していると議論するにはまだ早すぎるのです」

 「プロジェクトが実行される前に、倫理上の問題点はすべて注意深く審査されます。私たちはこれを怠るつもりは毛頭ありません」

 これに加え、この長期に渡るプロジェクトに対して、将来の公共政策や被験者の健康、個人の快適な生活などが脅かされた場合は、最善の方法で介入できるシステムが確立されることが望まれている。

swissinfo、クレア・オディア 遊佐弘美(ゆさひろみ)意訳

スイス科学財団は今回の研究に対し、20年間を通して資金を提供することを決定した。

この研究で遺伝的、心理的、社会的および生物学的な危険要因が分析され、なぜ人間が精神疾患や環境に適応できない状態になるのかという疑問を解き明かすことが期待されている。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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