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脳の配線図

脳の配線図:神経連結部が示す脳地図 Indiana University

スイスとアメリカの共同研究により、脳内で最も重要な神経繊維の一部がおこなう情報伝達の仕組みを示した、初の高解像度の脳地図が作成された。この地図は、大脳皮質 ( 思考や計画などの活動をつかさどる脳の外層 ) にある神経繊維の連結部の図面になり、大脳皮質に関する未知の領域に新たな足跡を残した。

科学者は、「拡散スペクトル画像法」として知られる核磁気共鳴画像法 ( MRI ) の一種を使用し、5人の健康な被験者の脳を調査した。

拡散スペクトルMRI

 拡散スペクトルMRIの技術により、脳にある神経の連結部の密度と位置が明らかになった。また、研究者は画像をコンピュータで分析し、大脳皮質の中で最も活動が活発な領域を複数特定することができた。

 「これまでの ( 脳 ) 地図は、何世紀にも渡っておこなわれてきた死体調査からの情報を基にしていました。しかし、連結性や個々の生体に関する情報はまったくなかったのです」
 と研究論文の主著者であるパトリック・ハグマン氏は言う。これまでに得られた連結部に関するわずかな知識のほとんどは動物実験による。

経由ゾーン

 今回、無料アクセスを提供するオンラインジャーナル「PLoS・バイオロジー ( PLoS Biology ) 」に発表された研究では、大脳皮質で起こる活動のほとんどが経由する中心領域が発見された。機能MRIを使い、各被験者の脳の活動を測定した結果とも照らし合わせ、今回の発見を確かなものにした。これまで、この経由ゾーンにあたる部分の活性化は、思考や自己認識の活動の結果だと思われてきた。

 「脳の構造と脳の活動の間にある重要な相関関係を測ることができます。つまり、もし脳の回路がわかれば、脳が次にしようとすることを予測できるということです」
 と共著者であるインディアナ大学のオラフ・スポーンズ氏は言う。結果は、電気技師にも非常になじみのあるものだ。

配線図

 「これは確かに脳の配線図です。脳の機能に関する研究は数多くありますが、これまでは脳の回路を調べることはできませんでした」
 とローザンヌ大学病院の放射線学者のハグマン氏は言う。標準的なMRIの調査では、例えば、意思決定をしている間の神経活動の波を特定することしかできず、さらに詳しい脳の神経回路に関する情報はほとんど得られなかったからだ。

 ローザンヌ連邦工科大学 ( EPFL ) とハーバード大学の科学者も加わった今回の研究チームは、大規模な脳モデルの開発に向けた最初の一歩として、この脳の配線図をみている。

未来地図

 ハグマン氏とスポーンズ氏は今後、脳の発達と老化のほかに、病気やけがによる連結部の変化について調査する計画だ。多くの病気には、脳に起きる複数のごく小さな変化などが関わっていると、ハグマン氏は言う。このような変化が合わさり、アルツハイマー病や統合失調症のような非常に際立った結果をもたらす可能性があるという。

 「小さな変化は影響力を持ちませんが、もしその変化が脳の決定的な部分で起きて広がれば、病気の兆候があらわれるかもしれません。このような病変がこれからの研究対象になるでしょう。なぜなら、脳の広範囲の機能が分離してしまった際の影響を理解するためには、包括的な脳地図が必要だからです」

swissinfo、スコット・カッパー 中村友紀 ( なかむら ゆき ) 訳

元来、人体の組織や機能を視覚化するために医療分野でもっとも一般的に使われる画像化法。
人体のさまざまな軟組織を識別する際に特に有効で、神経、筋骨格、心臓血管、がんの画像化によく用いられる。
強力な磁場を使い、人体を構成する水の中にある水素原子に働きかける。
この水素原子が発する信号から人体内を画像化することができる。
拡散スペクトルMRIでは、人体の水分子が持つ特性を利用する。例えば、水分子は神経繊維の軸にそって一定の方向に動きやすいなど。
機能MRIでは、血流を測定することで、脳のある部分がいつ活動しているかを見るが、実際の神経回路は示されない。

7月1日に発表されたチューリヒ大学の調べによると、スイスでは毎年、少なくとも6億3000万フラン ( 約660億円 ) が精神・神経疾患の研究に費やされている。
脳研究の資金の98%は民間産業から提供されている。
年間国民1人あたり86フラン ( 約9000円 ) の民間資金が脳疾患の研究に当てられている。ヨーロッパの平均金額は14フラン ( 約1460円 ) 。
脳疾患にかかる経費のうち3分の2は精神疾患だという現状にもかかわらず、精神疾患研究に対しては研究資金全体の3分の1しか割り当てられておらず、資金不足の状態にある。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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