スイスの視点を10言語で

視覚障害者にいつでもどこでも同伴

ボーンズ社のマネージング・ディレクター、ステファン・クネヒト氏は、マイルストーンを通じて視覚障害者のバリアを低くするプロジェクトに献身する bones.ch

スイスには強度の視覚障害を持った人が約9万人いる。視覚障害者にとっては、耳から入ってくる音が一番の情報源だ。

シャフハウゼン州ノイハウゼン ( Neuhausen ) 市にある「ボーンズ社 ( Bones ) 」は視覚障害者とともに製品を開発するだけでなく、公共交通機関などの協力を得て、視覚障害者の自立を助けるプロジェクトも行っている。

世界初のオーディオブック用SDカード

 マネージング・ディレクターのシュテファン・クネヒト氏は6年前、会社を設立するに当たって、電子工学の開発技術を生かせる製品を必要としている分野はないかとさまざまな組織に電話で問い合わせた。そのときに偶然スイス盲人中央協会 ( SZB/UCBA ) と接触し、「マイルストーン ( Milestone ) 」が生まれることになった。

 第1世代の「マイルストーン310」は視覚障害者用の「メモ用紙」として開発された。すでに種々のボイスレコーダーが市場に出回っていたが、これらにはディスプレイのほかボタンもたくさんついていて、目が不自由な人には使いにくい。片手にすっぽり入るクレジットカード大のマイルストーンには、「録音」、「再生」などの大きなボタンが5つ付いているだけだ。高齢の視覚障害者は、扱いの簡単なこの機器で短い言葉をさっと録音できれば十分だった。

 次に開発されたの「マイルストーン311」では、世界で初めてオーディオブックを4、5冊保存できるSDカードの利用が可能になった。このとき、マイルストーンの売れ行きは10倍に伸びたという。その理由をクネヒト氏はこう解釈する。
「徐々に目が見えなくなっていって、たとえば65歳でこれまでのような生活ができなくなったとき、医者などから『ああいうものを使え、こういうものを使え』と強制されます。しかし、娯楽は自分の意思で行うこと。マイルストーン311で聴くことができるオーディオブックは自分の意思で求めることができるのです」

文字を音声に

 2008年12月には第3世代の「マイルストーン312」が発売された。価格は約500フラン ( 約4万3000円 ) 。マイルストーン312は、これまでの録音やオーディオブック機能に加えて、音楽を聴いたり、テキストデータを音声に変換することもできるようになった。また、「スピークアウト ( Speakout ) 」というオプションを使うと、文字の代わりに音声を使ったラベルを作ることができる。ラベルは何度でも張り替えることができ、医薬品のビンの識別などによく利用されているという。さらにバーコードを音声に変換するアドオンもあり、この機能を使えば、同じ容器で中身が違う食料品なども他人の「目」を煩わせることなく自分で簡単に区別することができる。

 ボーンズ社は、スイスの大手2大スーパーの「ミグロ ( Migros ) 」と「コープ ( Coop ) 」の協力を得て、2010年にはこれらのスーパーの製品をすべて「マイルストーン312」で識別できるようにする予定だ。

公共交通機関を自由に使う

 ボーンズ社はマイルストーンを利用したより大きなプロジェクトも抱えている。視覚障害者が1人で健聴者と同じように公共交通機関を利用できるようにするプロジェクト「パヴィップ ( PAVIP/Personal Assistant for Visually Impaired People ) 」だ。スイス政府は、2013年までにすべての障害者が自立して移動できるように環境を整える義務を負っている。そのため、このプロジェクトは種々の視覚障害者関連組織のほか、連邦内務省 ( EDI/DFE ) と連邦交通局連邦運輸省交通局 ( BAV/OFT ) の協力も得ている。

 「PAVIP」では、2、3カ月以内にまずザンクトガレン市で3年間の試験が行われることになっている。バスを利用する視覚障害者は、マイルストーンを使ってバス停に次に来るバスの路線番号や行き先を尋ねるシグナルを無線で送る。次にバス停に来るバスはそのシグナルをキャッチし、路線番号と行き先を音声にして利用者に送り返す。また、バスの中でも利用者は、次のバス停や運行ルートを尋ねたり、降りる合図をマイルストーンで送ることができる。

 このプロジェクトが実現すれば、視覚障害者が1人で動き回れる行動範囲はかなり広がるに違いない。しかし、まだ難問は残る。いずれはバスだけではなく電車も含む全公共交通機関にこのシステムを導入する計画だが、
「例えば、ホームに入ってきた電車の入り口を視覚障害者が杖を使って探している間に電車が発車してしまうということもあるのです」
 とクネヒト氏。

ライバル

 マイルストーンの市場は主にヨーロッパだ。特にスウェーデンに顧客が多い。現在、スイスでボーンズ社の製品を使っている人は視覚障害者全体のわずか2%から3%に過ぎない。9万人いるという視覚障害者のうち、マイルストーンの独占販売権を持つスイス盲人中央協会に登録している人は5000人程度。クネヒト氏は
「マイルストーンの存在を知った人はとても喜びます。もっと広めたいのですが、その方法がわからないんですよ」
 と顔を曇らせる。

 ライバルは日本とアメリカにいる。アメリカの「ヒューマンウェア社 ( Human Ware ) 」の製品「ヴィクトール・リーダー ( Victor Reader ) 」と日本のシナノケンシ株式会社が提供している「プレクストーク ( PLEXTALK ) 」だ。クネヒト氏はライバルながらプレクストークの機能の良さを認める。
「ボタンはたくさん付いていますが、片手の指ですべて押せるようにデザインされています。マイクを接続して広域の音を拾うことができ、その性能も優れています」
 このようにして録音された背景音は、視覚障害者にとって「記念写真」代わりの思い出になる。

 「これから開発できるものはまだありますか?」という問いに、クネヒト氏は盲人用のGPS ( 位置測位システム ) を挙げた。車が利用できるナビゲーションの開発は進んでいるが、歩行者用のものはまだ不十分だ。その上、視覚障害者は道路だけではなく、歩道がどこにあるかということも知る必要がある。また、地下道には電波が届かなくなるなどの問題もある。

 一方でクネヒト氏は、便利な機器が浸透し、障害者の自立が進むと、障害者は逆に社会からもっと隔離されてしまうのではないかと心配する。
「今の高齢者がそうでしょう。年金などの社会保障を改善してきたのはいいけれど、若い世代が古い世代の面倒をみるということがなくなってしまいました」

小山千早 ( こやまちはや ) 、ノイハウゼンにて swissinfo.ch

視覚障害者の自立と移動の自由を高めるプラットフォーム。

ボーンズ社の一連の製品のみでなく、視覚障害者が日々の生活で遭遇する障害を削減し、日常の中のさまざまな分野に接しやすくするための初めての試み。

製品開発のほか、その製品を活用したインフラ整備および利用者の教育とサポートも含まれる。

後援団体は、スイス盲人・視覚障害者連盟 ( SBV/FSA ) 、スイス盲人中央協会 ( SZB/UCBA ) 、スイス盲人・視覚障害者図書館 ( SBS ) 、連邦内務省 ( EDI/DFE ) 、連邦運輸省交通局 ( BAV/OFT ) 、ザンクトガレン交通局 ( VBSG ) 、エンジニアビューロー・ボーンズ有限会社 ( Ingenieurbüro Bones GmbH )。

まず専用の未使用ラベルをマイルストーンに識別させ、その後たとえば「頭痛薬」とマイルストーンに録音する。そうすると、このラベルと「頭痛薬」という音声が結合し、次にこのラベルにマイルストーンを当てて内容を読み取ると、「頭痛薬」という音声がマイルストーンから聞こえてくる。

バーコードが付いていない製品の識別や自宅および職場での物の整理に便利。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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