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信仰への冒涜罪、スイスで無宗派が撤廃要求

Männer demonstrieren mit einem Plakat, auf dem eine Frau erhängt wird
2018年11月、パキスタンで預言者ムハンマドを冒涜したとされるアシア・ビビさんの釈放に抗議する人々 EPA/RAHAT DAR

神への冒涜(ぼうとく)を罪とするか、言論の自由として認めるかは各国によって判断がまちまちだ。欧州人権裁判所は預言者ムハンマドを小児性愛者と呼んではならないとしたが、スイスでも同様の発言は罰則対象になる可能性がある。 

パキスタンでキリスト教徒のアシア・ビビさんがイスラム教を侮辱した冒涜の罪で死刑判決を受けたことをきっかけに、この国の冒涜罪が世界の注目を浴びた。冒涜罪に対しては、パキスタンで少数派のキリスト教徒を抑圧したり、邪魔な人物の排除に悪用されたりしているとの批判が上がっている。一方パキスタンのイスラム教徒は、冒涜者の殺害は全てのイスラム教徒の義務だと主張している。 

こうした論争はまるで中世のことのように思えるが、スイスでも神への冒涜が犯罪行為だということはあまり知られていない。冒涜したからといってパキスタンのように死刑になることはないが、罰金刑は科される。

スイスの刑法外部リンクでは次のように規定されている。 

「他人の信仰心、特に神への信仰を公かつ卑しく中傷する者、もしくは信仰上の崇拝対象物を侮辱する者は(中略)、罰金刑に科される」 

宗教間の平和のための罰則 

スイスでは信仰や神そのものを中傷から守ることよりも、他人の気持ちを尊重することに重点が置かれる。「そうすることで宗教間の平和が達成される」とベルン大学のマルティーノ・モナ教授外部リンク(刑法・法哲学)は語る。

Ein Gipfelkreuz
スイスの山に立てられた十字架に損害を与えた人も、信仰心を侮辱したとして罰金を科される可能性がある © KEYSTONE / GAETAN BALLY

スイスは宗教戦争や紛争の歴史が長かったため、こうした規制が求められたとモナ教授は言う。「一方、昔から信仰に寛容で、多様な宗教が共存してきた国では無論、そうした規制はない」

欧州各国における冒涜罪の有無 

冒涜が罰せられる国はドイツ、イタリア、スペイン、ギリシャ、オーストリア、ポーランド、ロシア。フランスでは冒涜は禁止されておらず、英国、オランダ、アイルランドでは同様の罪が廃止された。

冒涜罪の撤廃を目指す無宗派

スイスでは移民の流入により過去数十年間でキリスト教宗派の他、イスラム教(人口の5.1%)、ヒンドゥー教(0.6%)、仏教(0.5%)などキリスト教以外の信仰が増えた外部リンク。そのため宗教間の平和を維持することが今まで以上に重要になった。 

そんなスイスの冒涜罪が今、難局に立っている。理由は宗教間のいざこざなどではない。現在は人口の24%を占める無宗派が冒涜罪に異を唱えているのだ。スイス自由思想家協会外部リンクは「(冒涜罪の撤廃で)スイスは言論の自由への支持を明確に表明できる。その上、パキスタン、サウジアラビア、イラン、ロシアなどの国は、自由を抑圧する法律を正当化しにくくなる」と主張し、決議文の中で冒涜罪を撤廃するよう要求している。

モナ教授も同じ意見だ。スイスの冒涜罪は今の時代にはそぐわず、撤廃されるべきだと考える。教授は「私の意見としては、侮辱やあざけりは刑罰に値しない」と話し、憎悪や暴力を直接煽った意見のみが禁止されるべきと主張する。

冒涜罪が宗教間の平和を守る?

フランスでは冒涜は刑罰の対象ではない。しかしスイスでは、預言者ムハンマドを茶化したフランスの週刊新聞シャルリー・エブドの風刺画家は罰金刑を科されたかもしれない。

モハメドの風刺画
シャルリー・エブドはジャーナリストを殺害された後、「私はシャルリ」と掲げた預言者モハメドの絵と「すべては赦される」との題字を表紙にした号を出版した KEYSTONE/EPA/CHARLIE HEBDO

果たして風刺画家が象徴的な罰金刑を受けていれば、イスラム過激派によるジャーナリストへのテロ行為を阻止できたのだろうか?「いや、その反対だろう」とモナ教授。「宗教過激派は冒涜者を排除しなければならないと考えるが、冒涜が禁止されていればその考えが強化されやすい」。象徴的な罰則が科されただけでこうした過激派が満足すると考えるのは非常に浅はかだと教授は言う。「テロ事件が相次いだことを受け、いくつかの国々では冒涜罪を撤廃したり、冒涜が容認されていた場合はその点をさらに強調したりした」と付け加える。

言論の自由で許される信仰への中傷

しかし欧州人権裁判所は冒涜の禁止を支持している。昨年10月、同裁判所はある事件を巡り、信仰への中傷は言論の自由から除外されるとの判断を示した外部リンク

事件の経緯はこうだ。あるオーストリア人女性が一般公開されたセミナーで、預言者ムハンマドが今日のイスラム教徒にとっての模範であることに疑問を呈し、6歳の少女アーイシャを妻にしたムハンマドを小児性愛者と呼んだ。オーストリアの裁判所は信仰を侮辱したとして女性に罰金刑を科したが、女性はこれを不服として上訴。しかし請求が棄却されたため、女性は欧州人権裁判所に提訴し、今回の判決が下された。

女性は問題のセミナーで、ムハンマドは現在の社会規範にそぐわない生活を送っていたとの考えを述べていた。

「彼は君主であったため、比較的多くの女性と関係を持っていました。言うなれば、子供とも少しそうしたことをしていました。(中略)私の姉との会話を覚えています。(中略)姉は『そんな風には言えないでしょう』と言いました。そこで私はこう言い返しました。『56歳の男性と6歳の少女?(中略)これを小児性愛者と呼ばずに何と呼ぶの?』」

女性は、活発な議論における個々の発言は容認されるべきだと主張したが、欧州人権裁判所はそれを認めなかった。全体として許容範囲の意見を多く発言していたとしても、その随所で他人を誹謗する発言をしていたのであれば、言論の自由を主張することは出来ないとした。

ムハンマドを小児性愛者と呼んではならない

欧州人権裁判所はさらに、誤った事実に基づいた発言は言論の自由から除外されるとした。ここでは、預言者ムハンマドが小児性愛者だという発言が「誤ったもの」と判断された。同裁判所は小児性愛が一般的な性的な好みである点を挙げ、歴史的背景を考慮することなしに不十分な事実確認に基づく価値判断が行われたと断定した。

モナ教授はこうした司法判断に懐疑的だ。「刑法を宗教的感情の保護に適用すべきではない。悪く言われた相手が自分の意見を自由に言えるのであれば、人には馬鹿げたことや中傷的なことを言う権利があると私は考える」

スイスはキリスト教国家? 

冒涜罪を国教の強化に悪用する国はいくつかあるが、スイスも宗教的に中立な国ではない。現在もスイス連邦憲法外部リンクの前文は「全能の神の名において!」で始まる。これはキリスト教の神を意味している。 

スイスではローマカトリック派、古カトリック派、改革派教会が州教会として認定されている。州は教会に対し、課税権など公法の制度を認め、ユダヤ教団体を公法上承認する州も多い。一方、イスラム教団体の承認に関しては議論が分かれている。 

スイス西部のジュネーブ州とヌーシャテル州では政教分離が実施され、ドイツ語圏の州やティチーノ州のような州教会はない。ジュネーブ州では10日、厳格な政教分離を刷新するための法案が住民投票にかけられた。政治家や教師などの公職者が頭にスカーフを着用することを禁じる法案で、賛成票55.1%で可決された。

(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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