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谷川俊太郎氏とパウル・クレー

「完成した作品だけがあるというのではなく、ごく初期の作品から、デッサンも展示しているのが、本当にいいと思いましたね」谷川俊太郎( パウル・クレー・センターについて ) ( 写真:メルキ能子氏提供 )

詩人谷川俊太郎氏の詩にスイス人作曲家ワルター・ギーガー氏が曲を付けた「A flight of songs」は詩と音楽のコラボレーションである。2年前、河村典子氏のプロデュースにより誕生した。東京で初演されたこの作品に詩人自身の朗読を重ね合わせるステージが、谷川氏がこよなく愛するパウル・クレーを生んだスイスで5月下旬、公演された。

 バーゼル、チューリヒ、ベルンと、スイスでの3回の公演はいずれも盛況に終わった。谷川氏の詩を現代音楽はどのように解釈するのだろうかという興味のもと、多くの観客でにぎわった。ベルン公演を前に、谷川氏にパウル・クレーや音楽とのコラボレーションについて聞いた。

swissinfo : 谷川さんは、クレーがお好きで、クレーに関連のある詩を多くお書きになっています。クレーは谷川さんにとって、どのような存在でしょうか。

谷川 : 戦後まもなく、わりと大きな ( クレーの ) 展覧会がありましたから。僕も、若い頃からクレーの絵を、本物は見ていなくとも、画集なんかで見ていて。

簡単にいうと、彼自身詩に近い絵なんですね。彼の絵の題名そのものが、詩の1行みたいでもあるし。彼自身も詩を書いていますしね。詩質が似ているっていうところで、親近感を感じて、好きになった、ということではないでしょうか。

swissinfo : クレーの作品という、それ自体で完成したものに、谷川さんが詩をお書きになられ、今回はその谷川さんの詩に、スイスの作曲家が曲を付けたわけですが。ご自分の作品にほかの人が何かをするということについてどのように感じますか。

谷川 : ぜんぜん自由でいいんですよ。出来上がったものが自分の興味に合うものと、合わないものがあるということです。完成しているか、していないかという問題ではないですね。大体、詩というものはどこで完成しているか、よく分からなくて。

今日もクレーの作品を見てきたんですけど、クレーが全体としてなんかわれわれに示してくれたっていう世界が、自分にとっては一番大切だということは、はっきりしていますね。

swissinfo : 谷川さんは日本のクレー財団の理事もなさっていらっしゃいますが、新しいパウル・クレー・センターは、今回が初めてですか。

谷川 : そうです。クレーというのは、ほとんど神様と同じくらいの創造的なパワーを持っているという感じですよね。彼の動き方そのものが、すごく神様に似ていると思いましたね。もし、神がいると仮定した場合ですがね。木の葉の1枚から、巨大な山から氷河まで作ったんだとしたら、ものすごい創作力、エネルギーですよね。クレーにはそれと、比較はできないけども、それによく似た豊かな想像力と創作力があるという感じですよね。だから、彼も、無限に形とか線とか色とかというものが、彼の中から、人工的にじゃなくてね、すごく自然に生まれてきているという感じがあるんですよね。

swissinfo :  絵よりも絵の題名にインスピレーションを受けて詩を作られているというお話ですが、出来上がった詩は誰のものなのでしょうか。

谷川 : 100%の自分のものですね。クレーのものは1%もないですね。自分のものであるっていうことは、同時に他人のものであるんですけどね。言語というのは私有できないものだから。僕が書いて発表した以上は、必ずそれは、他人との共有物であるわけですがね。

なんで100%かっていうと、日本語で書いているからですよね。クレーは絵画であって、こっちは言語であるという違いがありますから。

当然いろんな、インスピレーションっていうか、クレーの発している波動にこっちが感応している共振しているということが当然あると思うんですよね。それがインスピレーションかどうか…。ぼくの場合、絵からくるものではないんですよね。意識下からくるものだから。もし、クレーの絵からインスピレーションを受けているとしたら、一旦クレーの絵が自分の意識下になんかの形で降りていって、それと自分の意識下のなにかが感応して、もう一遍出て来たものであり、直接的なインスピレーションということはないと思います。

swissinfo : 今回、コンサートと朗読をクレー・センターで行うことについて、一種の思い入れみたいなものがありますか。

谷川 : 思い入れっていうのはないんです。依頼されたからやるんだっていうのが基本なんです。

だけど、クレー・センターに関しては、クレーは好きだし、レンゾ・ピアノというおかしな建築家が、おかしな建築を作って、そこにクレーの作品が大量に集まっているということで、いつかは行こうと楽しみにしていたわけだから。今日はそれが果たされたので、非常に満足はしているし、ミュージアムショップでちょっとお土産は買えたし…。えーと、結構ランチも美味しかったし。そういう意味ではすごく満足しています。

swissinfo : ご自分でクレーの作品をご自分のものにしたいとは思っていらっしゃらないというお話を伺っていますと、クレーがお好きなのに距離を置いているようにも感じるのですが。 

谷川 : そうですね。詩を書く人間というのは、デタッチメントが基本的に必要だっていうか。世界に対して、べったりくっついちゃいけないのだという。常にデタッチしていないといけない、距離を置かなきゃいけないという。僕はそんなことは意識しているわけじゃなんだけど、気が付いてみたら自分も、現実に対する態度、人生に対する態度は明らかにデタッチメントなんですよね。それはクレーとか何とかじゃなくて、そういう基本的な資質で、そういう態度で詩を書いてきたということすね。

swissinfo : しかし、情熱があるわけですよね。

谷川 : 情熱というものはないと思うんです。あんまり。自分では。

swissinfo : それでは、どこから詩を書くパワーが出てくるのですか?

谷川 : それが分かったら、すごいんじゃないかなあ。誰がそういうことが分かっている人がいるかしら?詩を書くということは、皆が生きているということと同じでしょ。大工さんは、なんか、トンカンやるエネルギーがあるし。政治家はね、なんかこう野心、権力があるし。詩を書く人は、詩を書くっていうエネルギーがあるというだけで。それは、生きているというエネルギーから来るんじゃないの?

だから、貪欲っていうのと紙一重ですよね。貪欲っていうのは困ったものなんだけど、詩人もやっぱりその貪欲という、いい詩が書きたいんだという、人間の貪欲っていうものがどっかにあるんだと思うんですよね。そういうものにべったりすると、なんかよくないから、だから常に自分からもデタッチして、距離を持ったほうがいいんじゃないかって思うんですよね。

swissinfo : 今回のスイスツアーでは、谷川さんの詩にワルター・ギーガーさんが作曲した「A Flight of Songs」が演奏されます。演奏の前に谷川さんが朗読されますね。コンサートの中で朗読をすることの魅力はどこにありますか?

谷川 : 朗読は、詩と音楽のコラボレーションですよね。詩を書いた人間にとっては自分の書いた詩の世界が広がるし、奥深まるという感じがするんですね。詩があって音楽があると、言葉に対して音楽家が違う世界を開いてくれるという感じがしますね。

コンサートの中で朗読するという形は、コンサートで一種、詩でオリエンテーションするという、筋道をつけるという形になるから、ちょっと疑問ではあるんですけど。音楽は音楽で聴いていればいいんじゃないの、というところはありますね。

swissinfo : 朗読と音楽のコラボレーション、主役はどちらでしょうか。

谷川 : やっぱり音楽ですね。詩人がそう思いますね。音楽家は詩だと言ってくれるのかもしれないけれど。お互い礼儀正しいから。

だって、音楽のほうが強いもの。圧倒的に詩よりも。音楽のほうが無意味だから。詩はどうしても、意味があるでしょう。だから意味にとらわれるんですよね。音楽はまったく意味がないから、本当に直接的に体に訴えることができて、そのほうが強いですね。

swissinfo : 人に感動を与えない言葉が氾濫している今の世の中にあって、詩の存在はますます小さくなってきているのではありませんか。

谷川 : 現代詩という形での詩の存在というのは、本当にマイナーになっていますけど、もっと広く、ポエジーというくらいに詩の存在を捉えれば、その詩的なものに対する要求っていうのは、どんどん強くなっていますね。

社会がデジタル化すればするほど、それの完全な対極にあるアナログとしての詩っていうのがあって、詩はアナログの、つまり、最高峰なわけですよ。だから、潜在的な詩的欲求が、詩作品では満たされずに、音楽だったり、映画だったり、広告のコピーだったり、いろんなものに満たされてしまっているから、われわれの詩がマイナーになっているのが現代だと思うんです。

swissinfo : 谷川さんは、詩を作り、翻訳もし、朗読もなさっています。多方面でご活躍ですが、もっとも好きな仕事は何でしょうか?

谷川 : なんにもしないこと。

なんにもしないことも仕事のうちだって思っているんですよ。あの、少なくともそういう時間がないと、詩は多分生まれないだろうと思うから。何もしていないということは、詩のためになにかを充実させることなんではないでしょうかね。理屈をつければ。実際には怪しいですけど。

それでいえば、詩を書いている時が一番楽しいですよ。それで、しかも、それがうまくいけばね。

swissinfo、パウル・クレー・センター ( ベルン市 )にて、聞き手 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )

1931年、東京生まれ・詩人、翻訳家、絵本作家、作詞家
1952年、処女作の詩集『二十億光年の孤独』を刊行。
試作のほか多くの分野で活躍。1962年には「月火水木金土日のうた」でレコード大賞作詞賞受賞。翻訳では『マザー・グースのうた』 ( 1975年日本翻訳文化賞受賞 ) 、『ピーナッツ』など多くの作品を手がける。
パウル・クレーに関する詩として、『クレーの絵による絵本のために』や詩画集『クレーの天使』などがある。息子の賢作氏とのコラボレーション『天使の涙』 ( 2002年 ) は、コマーシャルにも起用され人気を博した。

河村典子 バイオリン
ワルター・ギーガー 作曲 ギター
白土文雄 コントラバス
荒巻小百合 ソプラノ
谷川俊太郎 朗読

現在スイスを拠点として活躍する河村典子氏がプロデュースする「オーケストリオ」の作曲家、ワルター・ギーガー氏が谷川俊太郎氏の詩に曲をつけた。
初演 東京 2006年6月 代々木ハクジュホール
2007年10月 吹田市メイシアター
2007年11月 東京梅若能楽堂 谷川氏とともに再演
2008年5月 スイス・スロべニアツアー

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