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財布をすられる時の脳内メカニズム

脳内にごく小のレンズを挿入し、青い光を当て、跳ね返ってくる緑の光を測定

優しく触られたのか、強く叩かれたのかということをヒトはなぜ分かるのだろう。こうした外部からの刺激の強弱を、脳内神経はどのように識別しているのかということは、今まで分かっていなかった。

このほどベルン大学生理学の研究チームが、ヒトが外部の刺激の強弱を識別できるのは、興奮性神経細胞に対比する抑制性神経細胞の働きがあるためだと証明し、英科学雑誌ネイチャーに発表した。

刺激と神経反応は正比例

 マシュー・エヴァン・ラーカム教授率いる研究チームで活躍する村山正宜 ( むらやままさのり) 氏 ( 31歳 ) は、自ら蛍光顕微鏡を作り、この謎に挑んだ。そしてこのほど、蛍光顕微鏡の小さなレンズをラットの脳に固定することで、外部からの刺激に対し、脳内の神経細胞の動きを捉えることに成功した。

 神経細胞の動きは、特殊な蛍光色素を脳内に軽く吹き付け、細胞の活動の度合いによって色素の蛍光量が変化することを利用して測定した。
 「測定は、ほかの細胞からの情報を受け入れる細胞の部位『樹状突起』に限ったデータを使うことができたことや、蛍光顕微鏡を脳に固定できたことで、良い成果を得ることができました」
 と村山氏は説明する。また、研究の対象となるラットは、目覚めているとほかの刺激にも反応してしまうので、麻酔で眠らせ「純粋な感覚反応を観察した」という。

 その結果、これまで120年もの間その役割が不明だった、イタリアの医師マーティノッチ氏が発見した「マーティノッチ細胞」が、抑制性神経細胞として外部からの刺激の強弱を判断しているのだということが分かった。しかも、外部からの刺激の強度によって、神経細胞の反応が正比例し、きれいな直線を描くということも今回始めて解明された。

脳梗塞の治療につながる?

 しかし、同じ強さで触られたとしても、触られた人の気分の状態で、快く感じたり不快に感じたりと違うのはなぜだろう。
「抑制性神経細胞の活動の度合いが違うためです。抑制性神経細胞を完全にブロックすると、反応の度合いに微妙な違いはなく、どのような刺激でも同じく反応してしまいます」

 この仕組みを使って、例えば抑制性神経細胞を活性化することで、麻酔を使わずに長期的に続く痛みを止めることも可能になるかもしれない。逆に抑制性神経細胞を適度にブロックすることで、脳梗塞で手の感覚が無くなってしまった人の感覚を取り戻したりすることが期待できるという。

 「別の言い方をすれば、この抑制性神経細胞のブロックで、小さい刺激でも強く感じる。つまり『より敏感で感度よく』感じることができるわけです。例えば、満員電車ですりに会うかもしれないと思えば、財布が入っているポケット付近の皮膚を支配する脳神経細胞は敏感になります。つまり、抑制性神経細胞がブロックされている可能性があります。一方、おしゃべりに夢中になっていれば、脳細胞の反応はおろそかになるかもしれません。このときはむしろ、抑制性神経細胞が頑張って活動している可能性があります」
 
 ラーカム教授と村山氏のグループは現在、今回ネイチャーに発表された研究から発展させ、ラットが眠っているときと目覚めているときで刺激に対する反応の違いがあるのかといったことや、与えられた刺激を経験として覚えている場合の反応はどういったものになるのかという実験を行っている。

swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )  ベルンにて

参考文献 M Murayama, E Pérez-Garci, T Nevian, T Bock, W Senn and M E Larkum. Nature 457, p1137-1141, 2009 / M Murayama, E Pérez-Garci, H-R Lüscher and M E Larkum. “Fiberoptic system for recording dendritic calcium signals in layer 5 neocortical pyramidal cells in freely moving rats” Journal of Neurophysiology, 98, p1791-1805, 2007

1970~80年代
生きているラットの首を切り脳を取り出し、薄くスライスして顕微鏡で見ながら、電極を差し込んで神経活動を記録。生きている動物の神経細胞の1個に電極を差し、電気活動を記録していたため、活動に対する決定的な解釈に欠けた。

1990年代
光学測定器を用いることで、生きた動物の神経細胞を顕微鏡を通して観察できるようになった。動物が動くと測定が困難という欠点があり。麻酔で動物を固定することで観測することしかできなかった。

2009年
ベルン大学生理学研究所は、動物が自由に動いているときでも神経活動が記録できるようになる。光ファイバーを使い複数のレンズを組み合わせた蛍光顕微鏡を動物の脳に固定することで、神経細胞の活動を観察することに成功した。

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