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資金不足のドーピング対策

Keystone

2008年7月1日、スイスに独自の連邦アンチ・ドーピング機関が設立された。この1年間を振り返り、所長のマティアス・カンバー氏は現状を総括し、財政面など今後の課題を語る。

スイスにおいてアンチ・ドーピングの活動に携わる専門家であるマティアス・カンバー氏が、連邦アンチ・ドーピング機関「アンチ・ドーピング・スイス ( Antidoping Suisse ) 」の所長を務めた1年間は、氏にとって満足のいくものだったという。

しかし、プロなどハイレベルなスポーツ界の名誉を傷つける違反者と更に効果的に戦うためには、数多くの困難を乗り越えなければならない。その筆頭に、予算不足のために現在は行われていない血液検査の実施が挙げられる。カンバー氏が現在の状況を語る。

swissinfo.ch : 現在、国際的な規模でアンチ・ドーピングへの取り組みがなされている中で、スイスのアンチ・ドーピング対策は、どのようなレベルにあるのでしょうか。

カンバー : 私が考えるに、スイスはヨーロッパでのアンチ・ドーピングの活動を推し進める10カ国から15カ国の中に位置しています。検査レベルの面ではさらに重要な位置を占めています。それは、世界でもトップレベルの技術を誇る「ローザンヌ・ドーピング分析試験所 ( Laboratoire d’analyse suisse du dopage de Lausanne / LAD )」 がアンチ・ドーピング・スイスのドーピング検査を行っており、大きな後ろ盾となっているからです。
残念ながら、資金不足のためにわたしたちは血液検査を行うことができません。それがためにこの分野において、ほかの諸国に遅れを取っています。ローザンヌ・ドーピング分析試験所が世界で最も優れた検査機関であるにもかかわらず、わたしたちはマラソンなどの持久力を要するスポーツにおいて血液検査パスを発行することができないのです。

swissinfo.ch : 2008年に要請した100万フラン ( 約8700万円 ) の追加予算は、連邦議会により否決されました。これについて、どのようにお考えですか?

カンバー : おそらくわたしたちの活動はまだ十分に理解されてはいないのです。否決された理由の1つとして、「ドーピング検査はスポーツを通して高額の収入を得る選手のためにのみ行われる検査であるので、被験者自身が払えばよい」とされてしまうことが挙げられます。しかし、わたしたちの活動は検査だけではありません。ドーピングに関する情報提供、予防及び研究をも行っているのです。

わたしたちは大衆スポーツにおけるドーピングの予防、特に鎮痛剤や抗炎症剤を筆頭とする薬物の濫用 ( らんよう ) を危惧 ( きぐ ) し、その使用の予防を最重要視しています。しかし、ドーピングそのものよりもむしろ、スポーツに対し誤った見方をする風潮にこそ問題があるのです。私は2010年には追加予算が得られるだろうと期待しています。

swissinfo.ch : 新しいスポーツ相ウエリ・マウラー氏は、就任した今年初めに、スポーツは個人レベルの関心事だ、と発言しています。これは憂慮 ( ゆうりょ ) すべき徴候 ( ちょうこう ) なのでしょうか。

カンバー : わたしたちはマウラー氏と良好な関係にあり、マウラー氏はアンチ・ドーピングの戦いの重要性を認識していると確信しています。この戦いには、政府とスポーツ連盟とが一体となって立ち向かわなくてはなりません。現在、わたしたちの活動に必要な資金の半分は、税金で賄われています。

また、財政状態を改善するため、民間のスポンサーを常時募集しています。そのために、3つのプロジェクトが進行中です。まだ企業名を口外することはできませんが、製薬会社から支援を得て、検査回数を増やすことができると期待しています。

swissinfo.ch : ドーピング物質とされる薬物を、製品としても扱う製薬業界にとって、アンチ・ドーピングの戦いは、利益上、矛盾するのではないでしょうか。

カンバー : 私はそうは思いません。2008年のツール・ド・フランスにおけるエリスロポエチン ( EPO ) のCERA ( 持続性エリスロポエチン受容体活性化剤 ) の検出は、製薬会社であるロシュ ( Roche )、ローザンヌ・ドーピング分析試験所、そしてわれわれの機関との協力により実現されました。製品である薬品が、ドーピングのための薬物として使用されることは、製薬会社にとってマイナスイメージです。今後も、この協力は強化されていくでしょう。

swissinfo.ch : 2008年にドーピング反応陽性とされたケース13件のうちの6件がマリファナの使用でありほかの薬物使用の量と比較して逸脱しています。しかし、マリファナはドーピング物質して考えられるべきなのでしょうか。

カンバー : マリファナは世界アンチ・ドーピング機関 ( WADA ) のリストに掲載されています。私としては、マリファナの摂取が全てのスポーツにおいて禁止されるべきではないと思います。マリファナ摂取によってストレスおよび恐怖心が軽減されることで競技上有利に働くマウンテンバイク競技の1種、ダウンヒルなどのスポーツでは、禁止とされるべきでしょう。マリファナと同じ効果があるベータ遮断薬やアルコール飲料などは、競技成績が向上するとされるスポーツでしか禁止薬物とはされていません。

マリファナのもう1つの問題は、競技中の期間以外はその使用が許可されていることです。しかし薬物は体内に残留し、長い間検出されてしまいます。いつ摂取されたのかを判断するのが非常に難しいのです。

swissinfo.ch : 現在において、生体パスがドーピング対策として最も有力な手段だと言われています。しかし、ドーピングを認めた自転車競技の選手であるベルンハルト・コール氏は最近、短期間のドーピングだと血液検査では数値が変わらないため、生体パスではドーピングを検出できないと断言しています。この主張について、どうお考えですか。

カンバー : 全くそうは思いません。選手本人は2、3の結果のみ知らされるだけですが、ローザンヌ・ドーピング分析試験所では11から12の要因を検査しています。血液パスとステロイドパスとの併用により、選手は長期にわたりドーピングの事実を隠すための操作をすることができません。パスはアンチ・ドーピングの戦いの、大いなる進歩を物語っているのです。

しかしながら、この実施には多大な予算が必要であり、普及することが非常に困難なのです。「国際自転車競技連合 ( UCI )」では、連合が必要経費の半額、チームと選手とが残り半額をそれぞれ負担しており、財政が問題となっているほかのスポーツの模範として応用できるのではないでしょうか。

サミュエル・ヤーベルグ
( 仏語からの翻訳 魵澤利美 )

設立
スイスにアンチ・ドーピング機関が設立されたのは、2008年7月1日。本部はベルンにあり、7人の職員が、予防、情報提供および研究業務に携わっている。検査専門官は4人。ローザンヌ・ドーピング分析試験所にて検査が行われる。

予算
スイス・アンチ・ドーピング機関にはスイス連邦のスポーツ部門である「スイス・オリンピック ( Swiss Olympic )」 から190万フラン ( 約1億6600万円 ) が、スイス政府から170万フラン ( 約1億4900万円 ) が、それぞれ出資されている。アンチ・ドーピング・スイスは、血液検査の実施と国際規格への対応のため、100万フラン ( 約8700万円 ) の追加予算を要請している。連邦議会は12月に、回答を迫られる。

指揮
スイス連邦スポーツ省に属するドーピング予防機関 ( SPD : Service de prévention du dopage ) の元責任者であるマティアス・カンバー氏が、設立にあたり所長として迎えられた。相談役として、経済界、政界、医学会、スポーツ界を担うメンバーが顔を揃える。議長はベルンの元スキー選手、コリーヌ・シュミットハウザー氏。

検査
2008年、「アンチ・ドーピング・スイス」は、試合外の期間に945件、試合中の期間に973件、合計1918件の尿検査を行い、そのうち13件のドーピングが検挙された。6件がマリファナ、そのほかは筋肉増強剤、興奮剤、ホルモン投与、そして薬物摂取における義務規定の違反だった。

新しい試み
間もなくインターネット上に、「シモン ( Simon ) 」というホームページが出現し、選手たちがどこからでも簡単に情報を得られるようになる。若い選手たちを対象にした、ネット上の教育的な対話型サイト「リアル・ウィナー ( Real Winner ) 」の計画も進んでいる。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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