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着床前診断、その方法とは?

PGDとPGSは混同されやすい Keystone

着床前診断の導入をめぐり、スイスでは6月5日に国民投票が行われる。生殖技術をめぐる政治論議は、ともすれば倫理面が深く掘り下げられて白熱しがちだが、そもそも着床前診断はどのように行われるのだろうか?

 体外受精した受精卵の染色体異常を、胚移植(受精卵を子宮に戻すこと)に先立って検査するのが着床前診断だ。スイスでは6月5日、その認可をめぐって国民投票が行われる。国民がこの案件について賛否を問われるのは、過去12カ月間で2回目だ。このテーマは、政治的信条を問わず、社会的、倫理的、そして感情的な議論を呼び起こしてきた。

 賛成派は、カップルに遺伝子疾患があることがわかっている場合、着床前診断を行うことで子への遺伝を防げると主張する。

 一方、反対派は、「遺伝子疾患を持った人の生きる権利を否定するものだ」という強い批判や、「体外受精がきょうだいの治療に必要な幹細胞を得るために行われるのではないか」、あるいは「なし崩し的にデザイナーベビーの誕生につながるのではないか」といった懸念の声を上げている。

診断かスクリーニングか

 着床前診断には、正確には二つの方法がある。一つは着床前診断(Preimplantation Genetic Diagnosis/PGD)、もう一つは着床前スクリーニング(Preimplantation Genetic Screening/PGS)だ。両者は共通点が多く、混同されやすい。事実、技術的な違いはほとんどない。異なる点は、対象となる患者のグループだ。

 PGDは、患者が特定の疾患について遺伝リスクを持つケースで採用される。これは30年ほど前から行われ、医療技術としては確立済みの方法だ。PGDが認可されている国々では、胚移植前に特定の遺伝子疾患を調べるために、自然妊娠が可能なカップルに体外受精を行う。

 PGSはPGDよりも歴史が浅く、よりいっそう議論の的となっている。これは、体外受精でできた受精卵を、特定の染色体異常ではなく染色体の数の異常についてふるいにかけるという技術だ。健康な受精卵には46本の染色体があるが、これに過不足があると流産しやすい。PGSで発見できる疾患の一つが、ダウン症として知られる21トリソミーだ。

 90年代以降PGSが広く普及するようになったのは、高齢や流産経験など生殖上の問題を抱えた多くの女性たちが体外受精をするようになったからだ。つまりPGSの目的は流産の再発防止だ。そのために、染色体からみて最も「健康的な」受精卵を選ぶというわけだ。

 「今は、PGSによって出産率が増加するかどうかを確認するために、ランダム化比較試験(ある治療を受けるグループと受けないグループをランダムに振り分け、効果を判定する方法)の結果を待っている段階だ。しかし一部のクリニックは、すでにあらゆる患者に積極的にPGSを提供している」。そう話すのは、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のPGDセンターで副所長を務めるジョイス・ハーパー教授(人類遺伝学・胎生学)だ。

 6月5日に国民からのゴーサインが出れば、スイスでも生殖医療法が改正されてPGDとPGSの双方が実施できるようになる。

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検査とその費用

 PGDの場合、手順には二つの段階がある。「胚生検」と「遺伝子検査」だ。

 胚生検は、受精卵の発育5日目に行われるのが一般的だ。医師は、受精卵(胚)から胎盤となる部分の細胞を数個取り出して検査する。胎児そのものになる内部細胞塊は生検の対象外だ。

 採取された生検細胞の検査は実験室で行われる。PGDで検査可能な遺伝子疾患は数百例にものぼるが、最も一般的なものには、嚢胞(のうほう)性繊維症、テイ・サックス病、脊髄性筋萎縮症、血友病、鎌状赤血球症、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、地中海貧血症などがある。

 PGDの費用には、かなりのばらつきがある。ハーパー教授の推定では、体外受精を含まないPGDの平均費用は、およそ2500ユーロ(約31万円)。スイスでは、特定の薬を使ったホルモン刺激療法を除いて体外受精は基本的に保険の対象外になる。

 生検と検査は、技術的には1日あれば済んでしまう。しかし、効率やコストの観点からは数回に分けて行った方が望ましく、完了までに最長1カ月を要することが多い。その期間、受精卵は保存する必要がある。PGD実施への第一歩として、生殖医療法を改正し、受精卵の凍結を認めるというステップが必要なのはそのためだ。

 PGDの基本的手順は数行あれば説明できてしまう。それでもPGDが難しいとされるのは、その前段階として体外受精が欠かせないせいだ。実際は妊娠能力のあるカップルでも、ホルモン治療や採卵などを受けなければならない。

 「PGDは患者にとって非常に負担のかかるプロセス。安易な考えで行うものではない」と、ハーパー教授は言う。

 「もしもカップルが出生前診断という方法を選んだ場合、自然妊娠後に羊水穿刺(せんし)を行うことになる。この処置に要する時間は10分程度。何もなければそれでいいが、もし胎児に(遺伝子の)異常が見つかった場合、中絶するか否かの決断を迫られる。カップルの心理的負担がさらに高まるかもしれない」(ハーパー教授)

政治的背景

スイス国民は2015年6月、憲法119条の改正を可決、遺伝子の着床前診断への道を開いた。その後、連邦議会が着床前診断実施のための法案を承認した。

ところが、その法案に反対するグループがレファレンダム(国民投票権)を成立させたため、6月5日に同案の是非をめぐり国民投票が行われることとなった。法案が可決されれば、重度の遺伝子疾患が子に遺伝するというリスクを抱えていたり、自然妊娠ができなかったりするカップルについて、着床前診断のガイドラインが整うことになる。

現在の合法ラインは?

現在、着床前診断を希望するスイスのカップルは国外へ行くしかない。欧州ではほとんどの国で着床前診断が行われている。国内で実施可能な範囲は、妊娠第12週に行う出生前診断だ。また、受精卵の培養は1回の体外受精で3個までしか認められず、これらはすべて直ちに子宮内に戻さなければならい。この方法では、高リスクの多胎妊娠が起こりやすい。

今回の国民投票で生殖医療に関する法案が可決されれば、1回の体外受精で12個までの受精卵の培養とその凍結保存ができるようになり、受精卵をすぐに子宮に戻す必要がなくなる。ただし、幹細胞の培養目的で体外受精を行ったり、遺伝子疾患と無関係に性別を選んだりすることなどは、引き続き禁止の対象だ。

(英語からの翻訳・フュレマン直美 編集・スイスインフォ)

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