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スイスのスタートアップ、避妊器具の痛みから女性を解放

避妊具
子宮内避妊器具(IUD)の挿入・抜去時に「かなりの痛み」を経験する女性は多い © Keystone / Christian Beutler

「今でも痛みを感じるし、それを思い出すと具合が悪くなる。黒板を爪で引っかく音を体で強烈に味わうかのようだった。あれを抜くときは麻酔が必要になると思う」

これは、一般的な避妊具であるコイル状の子宮内避妊器具(IUD)の挿入を最近受けた女性の経験談だ。あるスイス企業が、IUDの挿入・抜去時の痛みを軽減した女性に優しい器具を開発した。

信じがたいことだが、婦人科の検診や処置に用いられる主な器具は、基本的デザインが20世紀を通してほとんど進歩しなかった。

子宮頸管(けいかん)にIUDを挿入または除去する際、医師は子宮頸管をつかむ必要がある。また単鉤鉗子(たんこうかんし)と呼ばれるハサミ状の器具で子宮頸管に穴を開けることが珍しくない。その際、一部の患者に頸部の外傷や出血が生じてしまう。

そこで地元企業のアスピヴィックス社は単鉤鉗子に代わる吸引式の器具を開発。ローザンヌ大学病院の医師たちが現在、その器具を試験している。

子宮に挿入されたIUDは最も効果的な避妊方法の1つで、30代スイス人女性の5人に1人以上がこの方法を使っている。しかしIUDを使う上でのハードルとして知られているのが、痛み、または痛みへの恐怖だ。

「かなりの痛み」

実際、IUDの挿入や取り外し時に「かなりの痛み」を経験する女性は多い。このテーマで最もよく引用されている論文の1つによると、その割合は未産の女性で17%、出産経験のある女性で11%に上る。

ローザンヌ大学病院での試験を統括するパトリス・マテヴェ教授はこう語る。「これはすでに認識された問題だ。試験の第2段階では、2つの異なる器具で患者の痛みの感じ方に違いがあるかどうかを比較する」

古くから存在する単鉤鉗子は今でも良い器具だとマテヴェ氏は考える。「見た目はかなりアグレッシブだが、何年もかけて改良された」。同氏が処置を行う際は、単鉤鉗子を使用する前に子宮頸部に局所麻酔をかけるという。単鉤鉗子は他にも生殖補助医療の胚移植やその他の処置で用いられる。

IUD挿入時の痛みを緩和する方法には様々なものがあるが、2015年の研究によれば、実際に痛みを緩和できた方法は1つもない。また医師がどの方法を支持するかは、自身の経験によるところが大きいとされる。

アスピヴィックスの共同設立者であるジュリアン・フィンチ氏、ダヴィッド・フィンチ氏、マシュー・ホラス氏の3人は、単鉤鉗子の代替品となる優しい器具を開発したことに自信をのぞかせる。だが(大半が)男性の投資家に女性の健康問題へ関心を寄せてもらうことは難しい、と口をそろえる。

「標準的な鉗子は、ドイツ語で『クーゲルツァンゲ(Kugelzange)』または弾丸鉗子と呼ばれる。これは戦時中に使用されていた医療器具に由来したもので、後に婦人科で使われるようになった」とアスピヴィックスの最高技術責任者ジュリアン・フィンチ氏は説明する。

キャリア選択がきっかけに

代替器具のビジネスアイデアが生まれたのは、生物医学エンジニアのジュリアン・フィンチ氏と婦人科医できょうだいのダヴィッド氏のキャリア選択がきっかけだった。

ジュリアン・フィンチ氏(左)とマシュー・ホラス氏
ジュリアン・フィンチ氏(左)とマシュー・ホラス氏 ©Zuzanna Adamczewska-Bolle

ジュリアン氏はライフサイエンス企業で医療機器の設計をしていた当時、ダヴィッド氏から日々の診療での問題について聞かされていた。鋭い単鉤鉗子を使うと患者に痛みを与えてしまうということだった。そこでジュリアン氏は、吸引を用いることで、この器具のデザインを刷新できないかと考えた。

ジュリアン氏は13年、母校である連邦工科大学ローザンヌ校のベンチャーラボでスタートアップコースを受講。ビジネス志向の強い人との協力が必要だと感じた。同じライフサイエンス企業のマーケティング責任者であり、昼の休憩時のランニング仲間でもあるマシュー・ホラス氏は、フィンチ兄弟のアイデアには可能性があるとすぐに確信した。

「ダヴィッドと私は、アイデアを思いついてから半年後にマシューと手を組んだ。そしてマシューが会社の最高経営責任者(CEO)に就任した」とジュリアン氏は言う。

ホラス氏は今、新たな信念に燃えている。「単鉤鉗子は患者の快適さを無視して開発された。そのことをジュリアンから初めて聞かされたとき、私はそんな問題があることなど全く知らなかったし、やや懐疑的でもあった」

潜在需要は巨大だ。アスピヴィックスが医師や助産師100人を対象に行った独自調査では、回答者の98%が単鉤鉗子に不満と答えた。

「IUDは最も効率的な可逆的避妊法だが、女性がそれを利用するには痛みおよび痛みへの恐怖が高いハードルになっている」とホラス氏は語る。同氏のこの発言は、信頼性の高い医療情報の提供を目指す研究者の国際組織「コクラン」が行った15年の系統的な調査研究でも裏付けられる。

男性投資家とのつながり

しかし資金調達に奔走していた当時、ホラス氏に対する投資家の態度は懐疑的だった。「投資家の大半は男性で、彼らとつながることは容易ではなかった。ドローンの話だったら彼らはすぐに投資に夢を膨らませるだろう。だが女性のヘルスケアは気軽に話せるテーマではない。医師でも患者でも、このテーマを夕食会で話す人はいない」

それでもアスピヴィックスの創設者たちは着実に投資を集め、会社設立の15年以降、アイデアの実現に向けて前進してきた。同社は連邦政府のイノベーションプログラム「イノスイス(Innosuisse)」の支援対象企業に選ばれ、22年までスケールアップ・コーチングというプログラムへの参加資格を得た。

アスピヴィックスは今年中に欧州の安全衛生当局から次世代手術器具への認可を得ることを目標に掲げる。従業員9人の小企業である同社は重大な岐路に立っている。次の課題は器具の製造販売にこぎつけることだ。この器具には臨床試験は必ずしも必要ではないが、同社はローザンヌ大学病院の臨床試験で得られた提言を製品に組み入れるつもりだ。

次のステップ

アスピヴィックスの器具と似たような器具が現在、1つだけ存在する。それは米ニューオリンズに拠点を置くバイオセプティブ社が開発し、15年に米国食品医薬品局から認可を受けた器具だ。すぐにも市場に投入されるのではと噂されていたが、まだ日の目を見ていない。

当時のメディア報道によれば、バイオセプティブの器具は「優しい吸引で子宮頸部を動かすことで子宮への簡単な入り口を作り、様々な器具の使用や処置を可能にする」と紹介された。同社はこの器具についての問い合わせには答えなかったという。

ホラス氏はこう説明する。「賢明なアイデアを持っているだけでは不十分だ。実用的で使用可能でなければならない。私たちの場合、スケーラブルな生産ができるよう、使い捨て器具の部品数を減らす必要があった」

アスピビクス社の器具(右)と単鉤鉗子
アスピヴィックス社の器具(右)と単鉤鉗子 ©Zuzanna Adamczewska-Bolle

アスピヴィックスはスイスでの生産を望んでおり、プラスチック製器具のサプライヤーを特定している。同社の器具は従来の単鉤鉗子とは異なり、1回使い捨てタイプだ。

同社は今、パートナーを必要としている。「私たちは販売パートナーを探している。この器具の導入で互いに利益が持てるような企業だ。弊社の場合、IUD製造業者と組めたら理想的だろう」

ただ、女性がいくら待ったとしても、アスピヴィックスの解決策は魔法の杖ではない。子宮頸部や子宮がけいれんした際に、一部の患者には痛みが生じる可能性は残る。しかしこれまで顧みられなかったこの医療分野において、優しい新器具の普及に向けた動きがあることは良い兆しだ。

(英語からの翻訳・鹿嶋田芙美)

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