スイスの視点を10言語で
反ユダヤ主義

スイスの反ユダヤ主義

危機が起きるとその原因を追究する多くの人間が反ユダヤ的な主義思想に陥りやすい。数世紀も前から見られる傾向だ。スイスにも、反ユダヤ主義が生むステレオタイプ(固定観念)とそれへの反省を繰り返した長い歴史がある。

「パンデミックは反ユダヤ的な固定観念を表面化させた。数世紀前と同じように」――これは新型コロナウイルス感染症の流行下にあった2021年、スイス・イスラエル自治体連盟(SIG)のジョナサン・クロイトナー事務局長が発した言葉だ。

SIGと連邦人種差別対策委員会は同年、反ユダヤ主義に関する報告書をまとめ、目下のコロナ危機でも誰かを悪者にする欲求を反ユダヤ主義が満たしていると指摘した。「これまでと同じように、瞬く間にユダヤ人が吊るし上げられた」

スイスでも反ユダヤ的なステレオタイプは繰り返し顔をのぞかせる。連邦統計局の2020年のアンケート調査では、国民の39%が反ユダヤ的なステレオタイプを抱いていた。ユダヤ人は権力とカネに貪欲で、過激な政治思想を秘めていると。

休眠資産を巡る議論が再燃

第二次世界大戦中の難民政策を顧みる作業の中で明らかになったように、スイスの19世紀以降のユダヤ人政策は、「ユダヤ人による外国人超過」を避けるという外交政策に見て取れる。

おすすめの記事
馬車の荷台に乗せられたユダヤ人

おすすめの記事

「ボートは満員だ」 ユダヤ亡命者を追い返したスイス政府

このコンテンツが公開されたのは、 1942年9月25~26日、スイス各州の移民局長会議が西部ヴォー州モントルーで開かれた。議題はスイスに押し寄せてくる大量の亡命者への対応だ。多くはナチスの手を逃れてきたユダヤ人だった。

もっと読む 「ボートは満員だ」 ユダヤ亡命者を追い返したスイス政府

1960年代に政府文書が初めて公開された後も、ホロコーストは長い間スイスで議論されなかった。転機は1995年。ホロコーストを生き延びた人々が、スイスに持つ銀行口座から出金できないとして米国で訴訟を起こしたのだ。

おすすめの記事

裁判の結果、スイスの銀行はホロコーストの生き残りや遺族に総額12億5千万フランを支払うよう命じられた。続いて、それまで手付かずだった第二次世界大戦中のスイスの歴史を検証する作業が始まった。その集大成がいわゆる「ベルジエ報告」だ。

おすすめの記事
ホロコースト犠牲者の記念碑と白いバラの花

おすすめの記事

スイス銀行のホロコースト犠牲者に対する賠償合意はどのように結ばれたのか

このコンテンツが公開されたのは、 第二次世界大戦中、ホロコースト犠牲者がスイスの銀行に保有していた資産が損失した問題で、スイスの銀行が対象となるユダヤ人へ賠償金を支払うことに合意してから20年が経った。スイスの銀行が起こしたこの「休眠口座」スキャンダルをスイス公共放送(SRF)のドキュメンタリー映像が追った。

もっと読む スイス銀行のホロコースト犠牲者に対する賠償合意はどのように結ばれたのか

報告はスイス世論を2つに引き裂いた。スイス公共放送協会(SRG SSR)が1997年に実施したアンケート調査では、スイスに突き付けられた支払い命令に正当性があると考える人は53%。一方、47%は要求を拒否するべきだと答えた。

おすすめの記事
Paul Grüninger 1971

おすすめの記事

スイスの歴史認識 「本当に大きく変化したのかどうか、確信はない」 

このコンテンツが公開されたのは、 今から50年前、パウル・グリュニンガーが死亡した。第二次世界大戦中、ザンクト・ガレン州警察トップとして何千もの難民がドイツに送り返されそうになるのを阻んだ人物だ。

もっと読む スイスの歴史認識 「本当に大きく変化したのかどうか、確信はない」 

当時の連邦閣僚、ジャン・パスカル・ドラミュラ氏は、支払い命令はスイス金融業界を「揺さぶる」ための「恐喝」だと非難した。これは貪欲なユダヤ人という反ユダヤ的なステレオタイプを呼び起こすことになった。

各紙には同氏を称賛する読者の声が寄せられた。人種差別対策委員会は当時、それまで押し込められていた反ユダヤ主義が、この議論の過程ではばかることなく白日の下にさらされるようになったと指摘した。

反ユダヤ主義の根源

ユダヤ人嫌悪の発祥は中世に遡る。当時欧州では宗教・経済上の理由から反ユダヤ主義が広がり、今日まで尾を引いている。ユダヤ人は病気をまき散らし、子供を殺し、暴利を貪る者として疎外された。15世紀には他の欧州諸国と同じように、スイスの多くの都市から追い出された。

おすすめの記事
反ユダヤの風刺画

おすすめの記事

あらゆる陰謀論の原型 ユダヤ人憎悪を生んだ中世ヨーロッパ

このコンテンツが公開されたのは、 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)が改めて示したことがある。陰謀説のほぼ全てで、この世にはびこる諸悪の根源にされているのがユダヤ人だということだ。

もっと読む あらゆる陰謀論の原型 ユダヤ人憎悪を生んだ中世ヨーロッパ

19世紀になっても、ユダヤ人にスイス人と同じ権利を与えようという動きは少なからぬ抵抗を受けた。ユダヤ人はキリストを裏切ったユダの末裔――反対論者はこう中傷した。1866年までユダヤ人は法的にはよそ者として扱われ、同権が認められたのは他の欧州国家の出身者に比べてはるかに遅れてのことだった。

おすすめの記事

おすすめの記事

150年前、ユダヤ人の居住権を国民投票にかけたスイス

このコンテンツが公開されたのは、 スイスに住むユダヤ人は1866年1月、国内ならどこにでも自由に居住する権利を獲得した。だがそれは、国民投票で得られた権利だった。ところがその後、ユダヤ人を差別するような別の案件が国民投票にかけられた。直接民主制はもろ刃の剣のようなところがあり、差別をより顕在化することもあるのだ。

もっと読む 150年前、ユダヤ人の居住権を国民投票にかけたスイス

宗教的な理由で広がったユダヤ嫌悪は19世紀、近代化に伴う諸問題の犯人探しに姿を変えた。招かれざる変化が起きた責任はユダヤ人に押し付けられた。中世に生まれた「強欲なユダヤ人」というイメージは時代の進歩にぴたりとはまった。

おすすめの記事
反ユダヤ的なデパート批判のビラ

おすすめの記事

スイスのデパート業界を襲った反ユダヤ主義

このコンテンツが公開されたのは、 スイスのデパートの約半数はユダヤ系移民の手で創立されている。1930年代にはこれらのデパートを標的にした反ユダヤ的な誹謗がエスカレートし、スイス政府がデパートの増設禁止令を敷くに至った。

もっと読む スイスのデパート業界を襲った反ユダヤ主義

反ユダヤ主義には政党色も階級もない。左翼のイスラエル批判は時に一線を超え、ユダヤ人を悪魔視することもある。バーゼル大学ユダヤ学センターのエリク・ペトリ副センター長はこう語る。「いろいろなものが混ぜ合わさって毒になることもままあるが、これは国政批判に基づくものではなく、ユダヤ人が関わるところに非道徳的な言動があるという前提に基づいている」

おすすめの記事
Porträt

おすすめの記事

スイス左翼のタブーだった反ユダヤ主義は今

このコンテンツが公開されたのは、 社会に広く浸透している反ユダヤ主義。左派の中も例外ではない。スイスのユダヤ人や歴史家、活動家は、左派にはびこる反ユダヤ主義をどのように体験し、見ているのか。

もっと読む スイス左翼のタブーだった反ユダヤ主義は今

人種差別・反ユダヤ主義撲滅基金(GRA)のディナ・ヴィラーさんは、「反ユダヤ主義は早変わり芸人だ」と形容する。「その折々に通用しているナラティブ(語り手の物語)にうまく適合し、社会の反感を買わないように比喩的な語調や暗号化された言葉を通じて表現されることが多い」

独語からの翻訳:ムートゥ朋子

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部