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スイスの国会議員がCIAの調査に乗り出す

CIA疑惑を追及するディック・マルティ氏  Keystone

CIAが法的手続きを踏まずに、テロの容疑者を中東欧などの秘密収容所に収容しているという疑惑に対し、欧州会議が調査に乗り出した。欧州会議から調査を依頼されたのはスイスの国会議員、ディック・マルティ氏だ。

スイスインフォとのインタビューでマルティ氏は自らを「一匹狼」と表現した。スイス国内では麻薬撲滅で手腕をふるったやり手にぴったりの肩書きだ。

 ディック・マルティ氏は現在61歳。政治家としては、右派の急進民主党に所属している。スイスに難民を受け入れる法案に反対し、政府のフーリガン対策についても生ぬるいと批判し続けてきた。そんなマルティ氏に2005年11月、欧州会議はCIAの秘密収容所疑惑の解明を依頼した。

筋金入りの闘士

 彼の属する右派政党はスイスでは第4党で、彼は議会内でも手ごわい論客として通っている。一方、故郷のティチーノでは右派というよりも「社会的リベラル派」と評されている。

 任命されて一カ月、マルティ氏は「個人が欧州内で誘拐され、違法にどこかに連れて行かれているという証拠がある」と衝撃的な公式発表をした。また、去年12月にライス米国務長官が訪欧した際、秘密収容所関連の質問に答えを拒否したことに対し、激しく非難した。

 マルティ氏の非難の矛先はスイス政府にも向けられている。航空当局が、「CIAがスイスの領空を使用した形跡がある」としているにもかかわらず、スイス政府は米国との自由貿易協定を理由に何の対応策も取っていないからだ。

一躍、時の人

 新しい任務のおかげでマルティ氏は一躍マスコミの寵児となってしまった。「目の前の電話が鳴りっぱなしで参っているんですよ」とマルティ氏は語る。スイスのテレビはもちろん、中近東のアルジャジーラからCNNまで国内外から電話がかかってくる。「こういうのは本当に苦手なんです。一匹狼で来たのですからね」

 しかし、CIA秘密収容所疑惑の調査結果を、なるべく多くの人に知ってもらうことには大きな意義を感じている。「無実かもしれない人々が、違法に拘束され、移送され、拷問されているかもしれないという状況をほっておいて、何の法治国家の意味があるでしょう?」

 「人権侵害に関していえば、どんな理由にしろ、例外を認めるべきではありません。テロであれ暴力であれ、法治国家の政府である限り、私たちは法律に基づいて事を進めるべきです」

 通常、マスコミは右派政党には批判的だが、今回のマルティ氏の働きには非常に好意的だ。フランス語圏のある新聞は、彼を「官僚主義に固まっておらず、素晴らしい仕事をしている」と書いている。

孤独な少年が国際的な検事として頭角を現すまで

 マルティ氏は社会的弱者の立場を良く分かっている。人生の初めの6年間を彼はほとんど盲目に近い状態で過ごしたのだ。その後手術や治療で視力は50%まで回復した。

 「一匹狼的な性格は、孤独な子供時代に形成されたのだと思います」。彼自身はフランス系スイス人でプロテスタントだが、カトリックの多いイタリア語圏のティチーノで育った。「しかし孤独を知るということは悪いことではありません。人は孤独によって強くなりますからね」とマルティ氏は笑う。

 ヌーシャテル大学で法律を勉強した後、ドイツのフライブルクでさらに国際法を修め、ティチーノの検察局で働き始める。綿密な調査手法で頭角を現すまでに時間はかからなかった。特にスイス政界に激震をもたらした麻薬犯罪の摘発で、その名前は広く知られるようになり、1987年には麻薬犯罪に対して大きな功績を残したとして米法務省から賞までおくられた。

政界進出

 1989年、マルティ氏はティチーノ州の財務省でトップに昇りつめ、1995年には連邦議会の議員に当選した。1998年からは欧州会議のメンバーとなっている。

 挫折ももちろん経験している。1999年には国連の検査官室長に立候補したが、同じティチーノ州出身のカーラ・デルポンテ氏に敗れた。スイスの麻薬規制法案も議会では通らず、欧州会議内でも安楽死の法制化に積極的だったため、敵も多かった。

 しかしマルティ氏はそんな事でへこんでしまうほど、やわではない。「政治的に孤立しても、何でもありません。もともと私は、一匹狼が性に合っているのです」

 欧州会議のあるストラスブルクで働いていない時は、一匹狼は故郷のティチーノに飛んで帰る。「ここが一番ほっとできるのです」


swissinfo、ゲルハルト・ロブ 遊佐弘美(意訳)

ディック・マルティ氏は1945年1月7日、イタリア語圏ティチーノ州ルガノで生まれた。

1975年、検事として働き始める。

1989〜1995年、ティチーノ州議員。

1995年、連邦議会に出馬して当選。

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