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スイスの女性航空機パイロット、自身の航空会社立ち上げから30年

操縦席にすわるニードハルトさん
操縦席に座るニードハルトさん Helene Niedhart

ヘレーネ・ニードハルトさんの名前が新聞の見出しに踊ったのは1980年代のこと。彼女は当時、スイスでは数少ない職業パイロットだった。しかし、女性であるがゆえにパイロットとして雇ってくれる航空会社はどこにもなかった。でも、空を飛びたいー。彼女が選んだのは、自分の航空会社を立ち上げる道だった。

 「この世に不可能なものはない」。ニードハルトさんはそう言って笑う。ここはルツェルンにあるスイス交通博物館。ニードハルトさんの見上げる先には、ワイヤーに吊るされ展示された古い飛行機とヘリコプターだ。同博物館では現在、スイスの定期航空創業100周年を記念した特別展「空飛ぶスイス(Die Schweiz fliegt!)外部リンク」が開かれている。ニードハルトさんは1990年、地域紙シャフハウザー・ツァイトゥングに、雲の上は最高だと語っている。

特別展「空飛ぶスイス(Die Schweiz fliegt!)外部リンク

ルツェルンにある交通博物館では今年3月から来年まで、「空飛ぶスイス」と題した特別展が開かれている。スイスの定期航空事業の創業100周年を記念し、展示ホールを拡張、新たな航空機や飛行機部品などを展示している。その一つが、欧州宇宙機関(ESA)が開発した人工衛星打ち上げ用ロケットシリーズ「アリアン」のペイロードフェアリング(ロケット先端の部品)だ。

同博物館は現在、民間・貨物航空輸送、軽飛行機、空のスポーツ、航空救助、航空産業など「航空」に関するあらゆるテーマの展示を企画・実施している。

最初のジェット機

 1980年代、スイスの航空業界で、パイロットとして働く女性は皆無に等しかった。航空機パイロットの訓練を積んだニードハルトさんは1987年、自ら航空会社「Cat Aviation」を設立した。ニードハルトさんは「飛行機に対する情熱は膨らむばかりだった」と振り返る。ニードハルトさんの「飛ぶ」という情熱は本物だった。セスナ421を1機購入し、自ら操縦席に座った。

 会社設立から3年後には初のジェット機を、そして6年後には最初の中距離飛行機を購入した。今では従業員は約70人、運行するビジネスジェットは7機を数える。年間売上高は5500万フラン(約60億5千万円)だ。

事業計画

 スイス国内で、航空会社を立ち上げた女性は当時も今もニードハルトさんが唯一の存在だ。チューリヒにある同社はチャーター便の運行が専門。ニードハルトさんはこの会社の最高経営責任者(CEO)、社長を務め、大株主でもある。

 ニードハルトさんは実業家になるつもりはなかったが「計算は得意」と話す。もともと銀行員の職業訓練を受けていた。航空会社の立ち上げに際し、何日もかけて事業計画を練り上げたが「でも全くうまく行かなかった」(ニードハルトさん)。試行錯誤を繰り返し、ようやく満足の行く事業計画が出来上がった。

 15年間、自身に給料は出ておらず、全ての会社事務を自分でこなす。「航空機の整備だけは自分ではできないけれど」(ニードハルトさん)

 会社を30年切り盛りしてきたニードハルトさんは現在、激しい航空会社間の競争にさらされ「本当に厳しい経営を強いられている」と話す。この業界が持つ潜在的な可能性も過小評価されていると指摘する。「スイス航空産業の経済生産は年間150億フランを超え、約3万4千人分の雇用を生んでいる」

 ニードハルトさんは、スイスビジネス航空協会(SBAA)の副代表を務め、この業界の「顔」でもある。また、欧州ビジネス航空協会(本部・ブリュッセル)の理事会メンバーに名を連ねている。

男性の世界

 ニードハルトさんの総飛行時間は1万1千時間を超えた。それでもいまだに「パイロットはどこですか?」と聞かれることが珍しくないという。

 航空業界はいまだ男性社会で、パイロットも圧倒的に男性が多い。ニードハルトさんがこの世界に興味を持ったのも、兄弟がチューリヒ空港に連れてきてくれたからだという。

 ニードハルトさんが米国のグランドキャニオンで飛ぶことの楽しさに目覚めたとき、弟がパイロットになるよう勧めてくれた。だが今も飛ぶことを止めていないのは、新しい道を切り開くことへの挑戦心が原動力になっている。

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(独語からの翻訳・宇田薫)

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