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気候変動が変える保険ビジネス

2017年8月にボンド村を襲った土砂崩れ
2017年8月にボンド村を襲った土砂崩れは、総額4100万フラン(約45億円)の被害をもたらした © KEYSTONE / GIAN EHRENZELLER

チューリヒに本社があるスイス・リーなど保険会社は、気候変動によって気象条件の変動が大きくなると、保険の支払いが増えるという直接的な影響を受けそうだ。

始まりは北欧で発生した巨大な嵐だった。以来、カリフォルニアの山火事やオーストラリアの洪水が起き、今は米国やアジアを多数の暴風雨が襲っている。

こうした異常気象は2018年の特徴に限らない。17年もハーヴィー、イルマ、マリアなどのハリケーンや、カリフォルニアの山火事で数百万人の住民が避難生活を余儀なくされた。

保険会社は異常気象がもたらす脅威の最前線にあっているといえる。気候変動の影響はさまざまな形で現れているが、変動の激しい気象条件に起因する保険支払いの申請という直接的な影響が多い。

損害の半数は無保険

強風に飛ばされた屋根や浸水被害の修復、あるいは干ばつによる農業被害の補償。内容が何にしろ、天候が予想外に悪かった場合、保険会社は保険金を支払う義務がある。

「気候変動については30年前から注視している」。再保険会社スイス・リー外部リンクの最高契約査定責任者、エディ・シュミット氏はこう話す。「明らかに、気温の上昇や熱波・干ばつの頻度が増えるといった(気候変動の)影響が出ている」

リー社のまとめによると、自然災害と人災による損害額で保険でカバーされたのは1440億ドル(約16兆円)で、過去最高を記録した。ただシュミット氏は、全てが気候変動に直接起因する被害ではないと指摘している。

保険の加入が広がれば、支払い申請は今後さらに高くなるとみられる。昨年の災害による経済損失は世界全体で3370億ドル。つまりその半分しか保険に加入していなかったということだ。

防衛手段

保険業界は間接的な形でも気候変動の脅威に晒されている。米国では無数の町とロードアイランド州が、化石燃料の排出ガスによる影響をめぐり石油企業を訴えている。

地元当局は気候変動で支出が増えたと指摘する。海洋の防護、海岸沿いの道路のかさ上げ、山火事を消すための消防員の増員。石油企業はその費用を負担すべきだとの訴えだ。

訴訟は数年かかる見込みで、州裁判所で終わるか連邦裁判所までもつれるかも分からない。だが訴追された38社は敗訴すれば、保険会社に費用の全部または一部を保険からの支払いに求める可能性が非常に高い。

法律事務所クライド・アンド・コー外部リンクのパートナー、ネイル・ベレスフォード氏はこう解説する。「これらの訴訟は、石油が欠陥品であるという認識に基づいている。そのため、これは何のために石油会社が保険契約を結ぶのかという、一般的な責任問題の議論もある」

同氏は「保険会社が潜在的に抱えているリスクは100億ドルから1000億ドルに達する可能性がある」と付言する。

お金がかかっているとなれば、保険業界が気候変動の影響から身を守るために行動を起こしているのは驚くことではない。

不動産保険企業FMグローバル外部リンクのアドリアーノ・ランツィロット氏は「みんな、自分の身を守るためにできることをしているまでだ。ハリケーンは威力も数も増える傾向にある。クライアントが自己防衛さえしてくれれば、我々がカバーできる保険の対象も広がる。我々は保険事故が増えることを恐れていない」と語る。

防衛策は防波堤の建立や、損壊時に修復しやすい資材を使うといった基本的な手段で十分だ。だがビジネスにおいては、悪天候でも供給網が途絶えないようにするなど複雑な手法が必要な場合もある。

責任ある投資

さらに先を行く保険企業は、気候変動に一義的な責任があるとみられる企業に対する措置を講じている。

最も分かりやすい手段は解約だ。保険企業はさまざまなものを投資対象にしており、環境保護・社会性・企業統治を重視したESG投資は飛躍的に重要なテーマになっている。

昨年、スイス・リーは全ての投資対象にESGの視点を盛り込むという異例の措置をとった。気候変動の原因となるような企業への投資を減らすものだ。

リー社の最高投資責任者、グイド・フューラー氏は「保険会社をはじめとする視野の長い投資家は、責任ある投資活動を主導するだけの力がある」と話す。「保険行全体で30兆ドルの投資資産を抱えている」

保険企業は環境に優しいエネルギーへの投資も増やしている。風力や太陽光発電、水力発電プロジェクトなどだ。独アリアンツ外部リンクは17年末に56億ユーロ(約7千億円)を再生可能エネルギーに投じ、仏アクサ外部リンクは2020年までの環境投資を30億ユーロから120億ユーロに増やすと決めた。

顧客にどのような保険を提供するかについて、保険各社のスタンスはますます似通ってきている。石炭企業との契約から手を引く保険会社が増えているのはその一例だ。

こうした企業に投資しないのであれば、保険契約も結ぶべきではない、というのが彼らの論法だ。

アリアンツは5月、石炭発電や炭鉱企業に対する保険を取りやめると発表。2040年までに全ての石炭関連リスクから手を引く方針だ。

同社の最高経営責任者オリヴァー・ベーテ氏はその際、「気候を殺す最大の要因を、いずれ経営の核から追い出す」のが目的だと語った。

保険会社は多少なり、環境NGOのUnfriend Coal外部リンクなどの圧力団体から追い風を受けている。圧力団体は化石燃料業界を動かすために保険会社はちょうど良いテコになると見て、協調的なキャンペーンを張っている。

これまでのところ、ミュンヘン再保険、スイス・リー、チューリヒ保険、仏スコール、アクサ、アリアンツなど石炭企業との保険契約をやめると決断したのは全て欧州企業だ。圧力団体は現在、米国籍の保険会社に狙いを定めている。

格付け企業AMベストのシニアディレクター、カルロス・ウォン・フピュイ氏はこう解説する。「欧州では、業界団体と規制当局がより積極的に(気候変動に)対処し、問題を目に見えるものにした。米国でもこの問題が重要でないわけではないものの、事業戦略の透明性・明示性を高めることについてあまり積極的ではない」

Copyright The Financial Times Limited 2018外部リンク

(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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