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小国スイスはCO₂排出大国

CO2大量排出のセメント産業、環境負荷を減らせるか

学校
2017年にスイス・コンクリート協会の建築賞を受賞したザンクト・ガレン州シュタードのビューヘン小学校 Giuseppe Micciché /Architekturpreis Beton 17

世界のセメント生産が排出する温室効果ガスは、航空交通より多い。スイスはセメント消費量が最も多い国の1つだ。そんなスイスで開発された新しいセメントが、建設業界の環境負荷を軽減できるかもしれない。

世界中で温室効果ガスを最も多く排出しているのは中国と米国、そして何とセメントだ。セメント産業を国に例えれば、世界第3位の環境汚染者になる。

セメントは年間40億トン以上生産され、世界の二酸化炭素(CO2)排出量の約8%を占める。飛行機と商船の大気汚染よりも多い。

セメント
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建設業界も交通機関と同様、環境負担を減らすことが早急の課題だ。グローバルセメント・コンクリート協会は、2050年までにカーボンニュートラル(気候中立)を達成する外部リンクという目標を発表した。

だがこの変革は非常に難しい。セメント生産量は特にアジアを中心とした新興国や発展途上国での建設ブームにけん引され、今後も増え続けるからだ。

セメント製造で温室効果ガスが出る理由

セメントは灰色の粉末で、コンクリートはセメントに水と骨材(砂や砂利)を混ぜて作る。この時、砂や砂利を結び付ける接着剤のような働きをするのがセメントだ。

主成分は、石灰石や粘土を含んだ岩石を燃やして得られる「クリンカ」だが、CO2排出量の3分の2は、クリンカ焼成時の化学反応で発生する。残りの3分の1は、クリンカ製造に必要な窯の過熱に使う化石燃料による。クリンカは1450度以上の高温で焼成される。

人々を貧困から救うセメント産業

世界最大のセメント生産国は中国とインドだ。2018年の市場シェアは中国が53%、インドが8%を占める。中国が11~13年の3年間に消費したセメントの量は、米国が20世紀の100年間で消費した量を上回っている。

連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)建材研究所所長のカレン・スクリヴナー教授は、セメントは安価で、どこでも簡単に製造でき、非常に汎用(はんよう)性が高い利点があると指摘する。同氏は「セメントは世界を近代化し、人々を貧困から救う中心的な役割を果たしている」と建築専門誌ホッホパテーレのインタビュー外部リンクで語っている。

スイスでは1人当たり年間584キロのセメントを消費

旅行用パンフレットの写真のように、スイスは大自然や緑の草原だけでできているわけではない。世界第3位外部リンクのセメント製造企業ラファージュホルシムが本拠を置くスイスは、セメント消費量がその規模に釣り合わないほど多い国だと国内業界団体セムスイスの広報担当、ダヴィット・プリュース氏は指摘する。

「コンクリートの消費量が比較的多いのは、スイスの整ったインフラと関係している。水、ガス、電気の供給、例えば水力発電や関連するダム、また廃棄物処理にはコンクリートが欠かせない」と同氏はswissinfo.chに語った。

スイスでは1人当たり年間584キログラムのセメントを消費する。これは米国、ブラジル、フランスの消費量の2倍以上だ。

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セメント製造で発生する温室効果ガスを減らすには?

スイスにある6つのセメント工場は、国内のCO2排出量の約5%を占める。気候変動への影響を減らす最も簡単な方法は、窯の加熱に使う化石燃料を置き換えることだ。例えば家庭ごみや産業廃棄物(バイオマス、古タイヤ、プラスチック、下水汚泥など)が考えられる。セムスイスのウェブサイト外部リンクには「スイスのセメント産業は、化石燃料によるCO2排出量を1990年比で3分の2以上削減した」と記載されている。

さらに難しいのは、クリンカ製造時の化学反応で発生するCO2を減らすことだとプリュース氏は言う。「あとは、セメントに含まれるクリンカの割合を減らすか、コンクリートに含まれるセメントの量を減らすか、コンクリートの使用を全般的に減らすしかない」

また、コンクリートは無限にリサイクル可能だと同氏は続ける。コンクリートを粉砕すれば、新しいコンクリートを作る際に砂利の代わりになる。だがセメント自体はリサイクルできない。

あらゆる手を尽くせば、排出量を最大8割減らせるとプリュース氏は見込むが、完全なカーボンニュートラルを達成するにはセメント工場で発生するCO2を回収・貯留する技術が必要になる。

スイス開発のセメントをコロンビアとコートジボワールで製造

世界ではクリンカ含有率95%のポルトランドセメントが最も良く使われるが、スイスでは製造時のCO2排出量が少ない混合セメントを代わりに使うケースが増えているとプリュース氏は説明する。

「国内市場のセメントのクリンカ含有率は平均74%。これを2050年までに60%に減らすことが目標だ。問題は、いかにして安定性と強度というセメントの重要な特性を保ちながらクリンカの含有量を減らすか、だ」

EPFL建材研究所のスクリヴナー教授らによる研究チームは、粘土と石灰石を使用することでクリンカの割合を50%に抑えたセメントを開発した。両方とも地球上に豊富に存在する原料だ。

これはLC3(石灰石焼成粘土セメント)外部リンクと呼ばれ、ポルトランドセメントの特性を維持しながら、CO2排出量を4割削減できる。現在、LC3はコロンビアとコートジボワールの2工場で商業生産されている。

「問題は、いかにして安定性と強度というセメントの重要な特性を保ちながらクリンカの含有量を減らすか、だ」 ダヴィット・プリュース、セムスイス

スクリヴナー氏はswissinfo.chに「我々は各国の様々な企業と協力している。エジプトやマラウイ、その他のアフリカ諸国からも強い関心が寄せられている。欧州で試験を予定している大企業も数社ある」と語った。

キューバとインドの大学と共同開発したこのセメントがあれば、スイスの年間CO2排出量の10倍に相当する排出量を削減できると同氏は推測する。

一方、連邦材料試験研究所(EMPA)はマグネシウムベースの代替セメント外部リンク開発に取り組む。この建材の特筆すべき点は、CO2排出量を減らせる上に、大気中の二酸化炭素を結合できることだ。

セメントを使わないコンクリート

連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)のスピンオフ企業オクサラは、セメントフリーのコンクリート(クリーンクリート)で、建設業界に革命を起こそうとしている。この建材は、採掘工事の副産物である粘土質の残土に特殊な化学添加物を加えて作る。

オクサラを立ち上げたグナンリ・ランドロウ氏は、貧困国を含む世界中の国々に持続可能で安価な建築資材を提供することを目指す。クリーンクリートは従来のコンクリートより2割安く、CO2排出量も25分の1に抑えられるという。

ただクリーンクリートは、圧縮への耐性が低く、高層の建物には使えないことが欠点だと同氏は言う。現在の最大の課題は建設業界を説得し、スポンサーを見つけることだ。

ホルシムのマーケティング責任者、クリスチャン・ヴェンギ氏は、ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)のインタビュー外部リンクで「我々は基本的に、常に新しい可能性に門戸を広げている。スタートアップ企業との提携にも関心がある。連邦工科大学チューリヒ校には、持続可能な建設のための講座に資金を提供している」と語った。

昨年初め、ホルシムは「スイスで最も持続可能なコンクリート」の「Evopactzero」を発表した。同社が「初のカーボンニュートラルなコンクリート」と呼ぶ同製品はリサイクル材を一部使用している。しかし環境に優しいと呼べる唯一の根拠は、製造時に発生する温室効果ガスを国内外のプロジェクトで相殺している点だけだ。

インドの1.5倍の広さの森が必要

もちろん、他の建材を使って建築することも十分可能だ。気候ストライキ「フライデー・フォー・フューチャー」の国内版にも参加するスイスのグループ「建造物・フォー・フューチャー」は、木やわら、土といったコンクリートより環境に優しい昔ながらの解決策があると指摘する。

建物
ツークでは「プロジェクトPi」の一環で、スイス初の木造高層ビル(高さ80メートル)の建設が予定されている Architektur: Duplex Architekten, Visualisierung: Filippo Bolognese

しかし、建材に精通するスクリヴナー氏にとって、コンクリートが必要不可欠な建材であることに変わりはない。他の建材はコストが高く、排出量がより多い場合もあるという。「木材がだめだと言っているのではない。むしろその反対だ。だが世界中のコンクリートを木材に置き換えるのは非現実的だ。コンクリートの25%を木材に置き換えるだけで、インドの1.5倍の広さの森林が必要になる」

しかしコンクリートの使用量を減らし、建物の構造に応じその割合を半減させることは可能だと強調する。「建築業界の意識はここ数年で大きく変わり、カーボンニュートラルの達成に向けて取り組んでいる」

同氏はまた「技術的性質ではなく、ロジスティック上の性質が障害になっていることが多い。サプライチェーンに関わる主体の数は非常に多く、また極めて密接につながっている。このため最新の情報を隅々まで伝えることが難しい。例えば、建材を減らしても同じ成果を得られることを建築家が知らないケースもあり得る」

これはやる気の有無とは関係ないと同氏は強調する。「人は、慣れ親しんだ方法で物事を進めるものだ。それを変えるには時間がかかる」

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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