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セルン50周年記念

フランスのシラク大統領、スイスのダイス大統領が50周年式典でセルンを見学。 Keystone

世界の「知」が集まる、ジュネーブ近郊のフランスに跨ってあるセルン(CERN=欧州合同素粒子原子核研究機構)の50周年式典が19日に行われた。フランスのシラク大統領、スイスのダイス大統領やスペイン国王などのそうそうたる顔ぶれが集まり賑わった。日本からは遠山敦子前文部科学大臣が出席した。

物理の基礎研究が行われているセルンでウェブ(World-Wide Web)の発明がされたのは有名だ。セルンでは物質を最極微に分解してたどりつく基本素粒子の研究から宇宙の起源の謎に迫る、そんな遠大な研究実験を世界最先端の技術で行っている。

インターネット革命の元祖

 世界中の人々の日常を変えたインターネットのウェブ(World-Wide Web)はセルンでヒョンなことから始まった。素粒子物理の実験には大変お金が掛かるため、実験結果を世界中の研究者が分け合う必要がある。しかし、世界の50から100ある研究所間でどうやって瞬時に情報を共有するか悩んでいた。そこで、1989年にティム・バーナーズ・リー博士が機種の違うコンピューターからでも見られる論文閲覧システムを開発。これがウェブの元祖になった。

より深い真理の探究

 セルンの本場の研究はすべての物質を形づくるもとになる素粒子原子核物理学。現在、円周27キロメートル(山手線沿線ほど)もある巨大な加速器、「ハドロン衝突型大加速器」(LHC)を使って世界最先端の素粒子原子核の実験が行われようとしている。スイスとフランスに跨った、地下100〜150メートルにある円形トンネルで陽子(水素の原子核)と陽子を加速させて正面衝突させることによって未知の素粒子を作り出すのが目的。この実験によって宇宙の始まりとされるビッグバン当初の素粒子発見や、素粒子の質量はどこからくるのか(ヒッグス粒子仮説)といった根本的な謎に迫る。この、世界で未だかつて行われたことのない実験から標準理論を越えた新しい現象が発見されることが期待されている。実験は2007年に開始予定だが、15年から20年掛かる大実験になる。

電気、電話、テレビの次は計算機?

 ところで、この実験にはLHC装置から出される膨大なデータを計測できるコンピューターネットワークを構築する必要がある。そこで、セルンはLHCコンピューティング・グリッド(Grid)というネットワークを開発している。これは複数のサーバーやパソコンの計算能力をかき集めて仮想的に高性能コンピューターを構築する仕組みだ。一つのコンピューターでは処理できない大量の数値演算を高速に行う場合に、電気の発電所のように、地域ごとに分けて処理する技術だ。

 CERN職員であり、ローザンヌ工科大学の教授でもある中田達也氏は「ケーブルからテレビ、コンセントから電気が受け取れるように、もしかして将来は各家庭に計算力が出てくる計算器に接続できるようになるかもしれない」と説明する。このグリッド技術自体もウェブのように将来、広まっていくのかもしれない。

物理は癌も治し、ごみも処理?

 LHC実験の応用技術は癌治療、ごみ処理など意外なところで使用できる。前出の中田教授は「陽子を使って癌細胞を殺すとX線と違って焦点が合わせやすので正常細胞を傷つけずにできるのが特徴だ」と説明する。また、原子炉でできる寿命の長い放射性物質に陽子を当てると、1万年から2万年の寿命を10年と短いものに変えることができる。放射性物資を捨てるコンテナもそこまで頑丈なものを作る必要がなくなる訳だ。そう、説明する中田教授自身は宇宙が進化すると全て光になってしまう筈なのに我々(物質)が未だに存在するのはどうしてなのか?といった物質と反物質(粒子と反粒子のわずかな違い)の研究をしている。宇宙の存在の解明までセルンでは研究されているのだ。


スイス国際放送  屋山明乃(ややまあけの)

<セルン(CERN)とは?>

– CERNの名前は設立当時のConseil Europeen pour la Recherche Nucleaire に由来するが、現在はLaboratoire Europeen pour la Physique des Particules に改称されている。「欧州合同素粒子原子核研究機構」の略。

-第二次世界大戦後の1954年に最先端の米国の物理学研究に対抗するために欧州諸国が共同出資をしてつくった国際研究所で現在、加盟国は欧州諸国20カ国。日本はオブザーバーとして参加している。

-2004年度予算は約1169億円。職員数は2500人で世界各国から出向してくる研究者を含めると6500人になる。日本人は現在103人。

-CERNのティム・バーナーズ・リー博士が研究所間の閲覧システムとしてウェブ(World-Wide Web)を1989年に発明した。

-現在は、人類が未だかつて行ったことのない領域での素粒子現象を実験するハドロン衝突型大加速器(LHC)計画を進行中。(総予算はグリッド技術なども含めると4400億円、うち日本はこれまでに138億円出資している)これは「最高エネルギーの陽子コライダー」といって陽子(水素の原子核)を陽子と正面衝突させて新しい粒子を作り出すのが目的。

-加速器(LHC)の建設は進んでおり、2007年には実験スタート予定。非加盟国の日本・米国・カナダ・ロシアなども貢献している。

-LHC実験に伴う膨大なデータ量(100万ギガバイト)を処理するため、世界に分散する計算資源を共有するグリッド技術(LHC Computing Grid)も開発中。

-LHC実験により、宇宙創生の仕組みを説いたビッグバン理論の検証やまだ物理で分かっていない「素粒子の質量はどこからくるか」(ヒッグス素粒子仮説)といった謎の解明に迫る。

-セルンでの基礎物理研究は将来、癌治療や放射性物資を含むごみ処理や考古学など様々な分野で応用されることができる。

– セルンはこれまで3回、ノーベル賞受賞者を輩出している。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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