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岐路に立たされる砂漠の太陽エネルギー活用計画

デザーテックの目的は、砂漠に多くの太陽熱発電所を造ること Keystone

北アフリカ・中東に広がる砂漠には太陽エネルギーの活用の可能性が秘められている。その実現を目指す野心的なプロジェクト「デザーテック」。数カ国の企業と非営利団体が支援を行っている。ところが今、企業各社と非営利団体が対立の末に分裂し、戦略面での主導権争いが繰り広げられている。

 両陣営とも、デザーテック(Desertec)計画で再生可能エネルギーの電力網を構築できそうだという点では見方が一致している。しかし6月初めに対立が起こり、ヨーロッパのエネルギー需要を満たすため北アフリカからの電力を利用したい企業側の夢と、非営利団体側が認識している、この地域に社会的・政治的安定をもたらす必要性がせめぎ合うことになった。(詳細は右欄を参照)

 この計画の構想は壮大だ。パートナーであるスイス・スウェーデン企業ABBの調査によると、世界中の砂漠地帯では、6時間足らずで全世界の年間エネルギー需要に匹敵するエネルギーを集めることができるという。

 数十億ドル(数千億円)をかけたデザーテック計画では、砂漠地帯のエネルギー利用という夢を実現するために約40年を要すると見込んでいる。

 しかし、計画は2009年の発足以来、数々の外的要因による困難に直面してきた。とりわけ、南欧諸国を襲った不況と、北アフリカで今も余波が続いている「アラブの春」による政治不安の影響が大きい。

非営利団体のデザーテック財団は6月初旬、デザーテック・インダストリアル・イニシアチブ(Dii)の企業パートナー19社と袂を分かつことになった。各社の商業的目的に同意できないというのが理由。

数日後、再生エネルギーのヨーロッパへの輸出を先頭に立って支持していたDiiの取締役アグライア・ヴィーラント氏が失脚し、最高経営責任者(CEO)のポール・ファン・ソン氏が単独でこの産業コンソーシアムの指揮を執ることになった。

数週間前、ファン・ソンCEOはこの計画における砂漠とヨーロッパとの関わりについて次のように発言した(EurActiv.comのウェブサイトから引用)

「4年前は、北アフリカから電力を持ってくるということがデザーテックの全てだった。今は、そのような一面的な考え方ではなくなった」

外交政策

 ザンクト・ガレン大学経済環境研究所のロルフ・ヴュステンハーゲン所長は、社会的・政治的な激動によってデザーテックは戦略の変更を余儀なくされたと話す。

 「デザーテックは、ヨーロッパの電力需要を太陽がさんさんと輝く砂漠で満たそうという、野心的で先進的な構想から始まった。ところがアラブの春の革命で方針が変わった。この地域の石油が枯渇していく中、ヨーロッパはデザーテックを地域安定化の外交手段として利用できるという認識が生まれたのだ」

 ドイツ政府の強力な支援を受けている非営利団体のデザーテック財団も、多国籍企業各社から成るデザーテック・インダストリアル・イニシアチブ(Dii)も、袂を分かつことになったとはいえ、各自の目的に違いはあっても大枠では協力を続けられると主張している。

 企業もNGOも政治の世界も、プロジェクトの成功のためには互いを必要としているため、協力が続くのは幸いだとヴュステンハーゲン所長は言う。

 「純粋な営利目的ではうまくいかないだろうが、成功するためにはビジネス的に考える必要がある。財団は2050年までを視野に入れているが、上場企業は投資利回りをそれほど長期的には考えない傾向がある」

砂漠地帯に秘められたグリーンエネルギーの力を活用して将来の需要に備えようと、多大な研究や投資が行われてきた。

スイスの企業や研究者はデザーテック以外の砂漠地帯のエコ・プロジェクトにも関わっている。

例えば、アラブ首長国連邦のラスアルハイマ(Ras al-Khaimah)を拠点とするソーラーアイランド計画は、太陽光を集める鏡でできた大きな「浮き島」によってパイプの中の水を温め、蒸気と電気を発生させるという計画だ。

アブダビのマスダール・シティ(Masdar)は未来的グリーン都市プロジェクトで、5万人が生活でき、多様な再生可能エネルギー源を用いて電力を供給する都市を目指す。スイスはこの計画にも支援を行っている。

計画は進む

 Diiのメンバーであるスイス・スウェーデン企業ABBによれば、アラブの春の「短期的な政治的不安定性」や非営利のパートナーとの分裂にもかかわらず、「先見性のある長期的な」デザーテック計画は今も順調に進んでいるという。

 「デザーテック財団が離れていったのは残念だが、そのせいでプロジェクトの力が削がれたとは思っていない」と話すのは、ABBのスマートグリッド計画を統括するヨッヘン・クロイゼル氏だ。「この計画に対する当社の姿勢は変わっていない。これまで得られた結果には非常に満足している」

 「2050年までにヨーロッパのエネルギー目標を達成し、欧州連合(EU)・中東・ヨーロッパ全体に持続可能な電力を供給するためには、これらの地域の再生可能エネルギー市場の統合こそが必須事項だと確信している」

 このプロジェクトを以前から支持してきた国際環境NGOグリーンピースもまた、現在の問題は乗り越えられると信じているが、ヨーロッパのエネルギー網と接続するという夢についてはやや確信が薄れたという。

 「企業各社は、北アフリカからの電力をヨーロッパに供給することを大々的に目的として掲げてきた。それは今、障害に直面しているが、だからといって構想全体がうまくいかないと決まったわけではない」と、グリーンピース・ドイツの再生可能エネルギー専門家のアンドレー・ベーリング氏は話す。

「魔法の」技術は不要

 ベーリング氏の懸念の一つは、支援企業に属する多国籍企業間でも意見の相違が認められていることだ。

 「純粋に地元の住民の利益を念頭に置いて、この地域でクリーンエネルギーの可能性を追求し分析したいと思っている企業がある一方、別の企業では環境問題を隠れ蓑にして、別の部署ができるだけ早く、できるだけ多くの商品をこの市場に送り込もうとしている」

 Diiは6月、「始動」と題された初の具体的な行動計画を発表した。その中の予測では、2050年までに、北アフリカ・中東・ヨーロッパにおける発電量の最大55%が再生可能エネルギーで占められるようになるという。

 この地域の砂漠を発電センターに変身させるための理想的な技術的・経済的・政治的条件をまとめることが計画の第一歩だ。長距離をできるだけロスなく電力を運ぶABBの技術は、計画のきわめて重要な一部を占める。

 「目標は達成可能だ。技術的問題を克服するための魔法の新技術などは必要ない」と、ヴュステンハーゲン所長は確信する。

(英語からの翻訳 西田英恵)

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