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ネスレ 医療用栄養食品事業に進出

ベビーミルクで攻撃的なマーケティングをしてきたネスレ。今度は新しいヘルスクレームで進撃。写真はペーター・ブラベック会長 Keystone

スイスに本社を置く食品大手「ネスレ社」は9月27日、糖尿病や心臓病、肥満などの病気の予防や治療を念頭に置いた新たな活動を開始すると発表した。

ネスレ ( Nestlé ) はこの先の10年間で、医療用栄養食品部門におよそ5億ドル ( 約421億円 ) を投資する意向だ。

予防は食物で

 しかしアナリストたちは、ネスレが規制のハードルを乗り越え、思い通りの商品を作るのは容易なことではないとの見方をしている。

 27日の記者会見で、ネスレは子会社「ネスレ・ヘルス・サイエンス ( Nestlé Health Science ) 」の設立と連邦工科大学ローザンヌ校 ( ETHL/EPFL ) にある研究開発センターを通じて、「食品と医薬品の間に立つ新しい産業のパイオニア」を目指すことを明らかにした。

 ネスレ・ヘルス・サイエンスは法人組織として2011年1月1日から活動を開始する。現在、世界的に展開している「ネスレヘルスケアニュートリション ( Nestlé HealthCare Nutrition ) 」事業が拡充される形だ。同分野の2009年の売上高は16億フラン ( 約1367億円 ) 。現段階では明白な伸びは観察されていない。

 連邦大学ローザンヌ校にある研究所では、100人を数えるスタッフが健康や長寿を促進する栄養補給戦略の研究を進めている。
「世界の健康管理システムは、心臓病や肥満など慢性的な健康状態が及ぼす影響に対処するので手一杯」
 とネスレはみている。ペーター・ブラベック会長は記者会見の席上で
「健康経済、人口配置の変化、健康科学の進歩、これらが組み合わさったことにより、治療に焦点が合わせられている現存の健康管理システムは持続可能ではなく見直しが必要であることが明らかになった」
 と述べた。

 コンサルタント会社「プライスウォーターハウスクーパース ( PriceWaterhouseCoopers ) 」の調べでは、2015年には糖尿病、心臓病、肥満などの慢性病が原因で世界の国内総生産 ( GDP ) は3%の損失を被るという。ブラベック会長は
「病気の予防はもっと重視されるべきであり、そういう意味で個々の需要に合わせた健康食品が最も効果的な第一歩になると確信している」
 と断言する。

 また、連邦工科大学ローザンヌ校のパトリック・エビシャー学長はこのようなアプローチに納得していると述べるとともに、次のように語った。
「予防は薬を使うより食物を通じて行う方が断然良い。開発はかなり楽だし、副作用も少ないからです」

キットカットから健康志向へ

 ネスレが食品市場に進出したのは1986年。以来、「ネスカフェ」や「ネスプレッソ」コーヒー、「キットカット」チョコ、「ハーゲンダッツ」アイスクリームなどの商品を通じ、高マージンの健康食品分野で進撃を続けた。

 そして、スイスの製薬会社「ノバルティス ( Novartis ) 」の医療用栄養食品部門、また遺伝性代謝疾患の患者用食品を作っているイギリスの企業「ヴィタフロ ( Vitaflo ) 」を初め、過去3年間で数多くの買収を行った。

 マーケットリサーチ会社「ユーロモニター・インターナショナル ( Euromonitor International ) 」によると、世界中の健康およびウェルネス市場は現在、5940億ドル ( 約50兆円 ) の価値を持っているという。また、西ヨーロッパの「機能食品」や「強化食品」の売り上げはこの先の5年間で19%成長すると期待されている。それに引き換え、調理済み食品の伸びの予想は10%にとどまっている。

 多くの食品会社は研究開発に多大な投資をしており、「ユニリーバ ( Unilever ) 社」のコレステロール値を下げる食品「フローラ」や「ダノン ( Danone ) 社」の消化を助ける飲料「アクティメール」などに見られるように、新しい健康食品を次から次へと発売している。
「だが、医療用栄養食品に的を絞っている会社は少ない」
 とユーロモニター・インターナショナルの調理済み食品アナリストであるイルディコ・サライ氏は言う。

障害物

 「しかし一般消費者市場を狙いとするのであれば、ネスレの新製品はどれも、強化された健康強調表示 ( ヘルスクレーム ) 制度から消費者教育に至るさまざまな障害を乗り越えなければなりません。そのため、かなりの投資を余儀なくされるでしょう」

 食品や栄養補給食品販売に関する雑誌やサイトを持つ「ニュートラ・イングリディエンツ・ドット・コム ( Nutraingredients.com ) 」のライターであるシェーン・スターリング氏は
「ネスレは厳しい領域に踏み込んだ」
 と表現する。
「企業は、健康や栄養補給に関して活動していることを周囲に認めてもらわなければなりません。しかし、何がうまくいくかということになると、疑問がたくさんあります。利益が上がることはそう簡単に立証できません」

 健康食品の内容表示に対する監督は強まっている。医療用栄養食品で2009年に9億2500万ドル ( 約773億円 ) の売り上げを計上したダノンは、この4月にアクティメールの健康強調表示に関して欧州食品安全機関 ( EFSA ) に提出した申請書を取り下げ、規定の透明性を求めた。

 主に欧州で活動しているブローカー「ケプラー・キャピタル・マーケッツ ( Kepler Capital Markets ) 社」のアナリスト、ジョン・コックス氏はロイター通信社 ( Reuters ) に対し
「規制への圧力が高まれば、研究開発の焦点は食品の健康強調表示に戻るはず。そうなれば、資力のあるネスレには有利だろう」
 と述べている。

 ジュネーブ大学の肥満専門家アラン・ゴレイ氏は今回のネスレの発表を歓迎する。
「最終的に食品製造業は、加工食品の二次的影響を削減するために栄養補給食品を作っているのだから」
 
 しかし同時にゴレイ氏は、この先導的行為の背後に潜むマーケティング戦略を疑問視する。
「良い印象を与えようとしていることは確かだ。特に今、たばこ産業から食品産業に移行していることは注目に値する」

ネスレグループは2009年全体で1000億フラン ( 約86兆円 ) を超える売り上げを計上した。現存のヘルスケアニュートリション部門の売り上げは16億フラン ( 約1370億円 ) 。

新子会社の「ネスレ・ヘルス・サイエンス ( Nestle Health Science ) 」は、主力の食品、飲料、栄養補給食品部門と対等な立場にあり、これまでの「ヘルスケアニュートリション ( HealthCare Nutrition ) 」部門を法人化する形となる。

ネスレは2009年、研究開発に約20億フラン ( 約1711億円 ) を費やした。同社のリサーチセンターには50カ国を超える国から約5200人が集まっているほか、ほかのおよそ300の研究所とも提携している。

カリフォルニア州のサンディエゴに拠点を置き、幹細胞を使った糖尿病治療を開発している企業「ヴィアサイト ( ViaCyte ) 」の元研究開発統括者エマヌエル・ベトゲ氏がこれから連邦工科大学ローザンヌ校 ( ETHL/EPFL ) の研究所を率いる予定。

ネスレはすでに、先導的な生命科学分野における同校の活動に加わっている。

( 英語からの翻訳、小山千早 )

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