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バーゼル・タトゥーに、日本から異色のバンド初出演

新撰組のロマンと闘志。愛町吹奏楽団のダイナミックなショーが観客を魅了した swissinfo.ch

フランスとドイツとの国境に接する町バーゼルで、国際的な軍楽隊の祭典「バーゼル・タトゥー(Basel Tattoo)」が7月16日から開催されている。5大陸から22楽団が出場する中、日本からも初めてマーチングバンドが招待された。

伝統的な規律正しい軍楽隊の人気をよそに、天理教愛町分教会吹奏楽団(以下、愛町吹奏楽団)は、圧倒的な技術力と高い芸術性に加え、会場を一気に引きつける華やかさで異彩を放つ。

 6回目を迎える今年、日本は、オーストラリア、アイルランドと並び、今回のハイライトとしてバーゼル・タトゥーに招待された。厳格なスタイルのヨーロッパの軍楽隊や、ポップやロックを取り入れ発展したアメリカやオーストラリアのマーチングバンドが出演する中で、日本から来た、まったく「異色」のバンドの注目度はひときわ高い。

 バーゼル・タトゥー創始者のエリク・ユリアート氏が、2010年にアメリカの世界大会で愛町吹奏楽団の演奏を見て感動し、自ら日本に赴いて出演を依頼したという。

 広報担当のヴェルナー・ブラッター氏は、「愛町吹奏楽団はエキゾチックで、軍楽隊というよりはショーの色彩が強い。ジュリアード氏が『惚れ込んだ』素晴らしい吹奏楽団だ」と話す。

 また、「今年は特に、軍楽とそうでない音楽のバランスがとても良い。さらに5大陸それぞれからバンドが参加していることも、世界的な人気につながっている」と語った。

 「日本らしいものを」とのリクエストを受けて、団員130人と大規模の愛町吹奏楽団は、新撰組をテーマにした「RYOMA ~ 時代を駆け抜けた風雲児 ~」を演奏することに決定。ちょうど昨年日本各地で演奏していたこの作品を、バーゼルの縦長に狭い会場にあわせ、全体的に再編成した。半年間にわたり週5回、会社や学校が終わった後、夜8時半から11時まで練習を重ねて初めてのスイス公演に臨んだ。

幕末のロマンに大拍手

 バーゼル・タトゥーの夜の部の開演は9時半。5番目に出演の愛町吹奏楽団の演技が始まるころには、夏の夜空に星が輝き始め、色鮮やかなライトアップで、白黒のバーゼル州旗と赤白のスイス国旗が高く翻る営舎が幻想的に浮かび上がった。

 三方から見下ろす形で階段状に客席が設営され、サッカー場の半分もないほどの広さの中庭にまず振袖姿のダンサーが登場。すると観客は一斉に静まり返り、会場は独特の世界に一気に引き込まれた。日本的な音楽と抒情的な演技、新撰組の大隊列から轟く掛け声と迫るようなドラムが圧倒的な存在感を見せつける。大勢の新撰組隊士の間を縫って隊士の名前を冠した幟(のぼり)が駆け抜ける場面は、息をのむような美しさだ。

 時代背景を知らなくとも、時代の勢いが伝わるような情熱的な演目。華やかな着物や、白い羽織に青い袴、金色の兜(かぶと)に刀も登場。松明(たいまつ)を掲げた新撰組が走る。 国を創るロマンと闘志にあふれた幕末の動乱が、生き生きと描き出された。音はもちろん動きも一糸乱れぬ正確さと、心をひとつに合わせた清々しい演奏。終わるや否や、会場は割れんばかりの拍手と足踏みで、しばらくの間興奮に包まれた。

「家族バンド」

 愛町吹奏楽団の創始者でディレクターの関根清和氏は「愛町吹奏楽団は家族バンドだ」と話す。メンバーは13歳から54歳までと年齢層が広く、実際に親子や親戚で入団しているケースも多い。

 例えば最年長の堀光治(54)さんは、26年来のメンバーだ。子ども5人全員も団員で、共にバーゼル・タトゥーに参加している。  また、最年少の児島豊くん(13)は初の海外遠征について、「貴重な体験をさせていただいている」と礼儀正しく話す。夜遅くの練習で学校との両立も楽ではないが、勉強が大変なときは練習量を減らしたりして調整しているという。傍で聞いていたメンバーの一人、柴田敏雄さんが「人前で話すことも苦手だったのに、成長したなあ」と感心していた。

 バトン・旗・ライフルなどの手具を使ってダンスをするカラーガードというパートで、11年間演技を続けている若い世代の菅野恵(けい)さんは、「お客さんに喜んでもらいたいと、みんなで心をひとつにして演奏しているから感動を生むと思う」と話す。大変なこと、苦労などあるかと聞くと、「苦労はない。楽しいから続けている」と言い、充実した日々を過ごしている様子がうかがえる。

音楽を通じた育成

 愛町吹奏楽団は、1962年に関根氏が創設。4人で始めた。50年近くの間にメンバーは130人にまで増え、世界に通用するマーチングバンドへと大きく飛躍していった。バンドの中心人物である関根氏にとって最も大切なのは「合わせること」だ。

 「一人ひとりが各パートの中心者に、そして各パートの中心者が指揮者に合わせていく。そういう気持ちがなければ、音も動きもピシッと揃わないし、感動も生まれない」と語る。「今の時代は自己主張する人が増えた。家庭や社会でも合わせるということが大切」。愛町吹奏楽団の一番の目的は音楽を通じた人間的な成長だと語る。

 音楽教育を専攻するアメリカの大学生アダム・バーズさんは、友人からバーゼル・タトゥーに初参加する愛町吹奏楽団の存在を聞き、日本での練習に参加。ユーフォニアムという金管楽器でスイスでの公演に出演している。

 「集中力の高さと目標に向かって一つにまとまる協調性」が愛町吹奏楽団の特徴であり、入団体験を通して学んだ指導方法を音楽教育に取り入れたいと将来の展望を語る。

 愛町吹奏楽団のパフォーマンスの内容は多岐にわたる。関根氏は社会の話題を題材に用いて、音楽を通して社会に警鐘も鳴らす。新型インフルエンザが流行したあとには「ウイルス」と題した作品も作った。今年は東北大震災や原発事故を受け、「復興 ― 祈り・希望・団結」と題した作品を考えているという。世界のタトゥーファンは、今後も関根氏率いる愛町吹奏楽団のパフォーマンスを見逃せない。

法律家だったエリク・ユリアート氏が仕事を辞め、2005年に「バーゼル・タトゥー制作会社(Basel Tattoo Productions GmbH)」を設立し、友人と始めた軍楽隊「バーゼル・トップ・シークレット・ドラム隊(Basler Top Secret Drum Corps)」などの公演を2006年に開催したのが始まり。

野外の軍楽の祭典としては、世界で2番目の規模。実際に軍隊の敷地で行われる唯一のタトゥーでもある。

毎年、5大陸から最高レベルの軍隊所属楽団と民間の楽団を招待している。

入場券は毎年、発売後すぐに完売。

第6回目となる今年は6月16日から23日まで開催、国内外から22楽団が参加し、10万4000人の観客を見込んでいる。

  

「タトゥー」は、17世紀に軍隊で使われたオランダ語(Doe den tap toe)に由来する。「ビールを給仕するな(明日のために帰らせろ)」の意味。現在は、主に軍楽隊の祭典を指す言葉として使われる。

天理教愛町分教会は愛知県名古屋市にある。1962年、現在ディレクターを務める関根清和氏が、天理教愛町分教会内の青年と演奏会を行ったのが始まり。

関根氏はこの吹奏楽団のスタイルを「ミュージカル・スポーツ」と名付け、ストーリー性があり色彩豊かでダイナミックな、観客も楽しめる出し物を目指す。

現在の団員数は130人。入団に際して信仰は問わず、国内外から入団希望者が集まる。現在アメリカとタイから10人が参加。

マーチングバンド・バトントワーリング全国大会では、優勝にあたる内閣総理大臣杯を、1998年以来計8回受賞。世界大会でも優秀な成績を収めるなど国内外で活躍。

ヨーロッパでの演奏はスイスのバーゼル・タトゥーが初めて。

開演時間:7月18日21時半、19日21時半、20日から23日まで各17時半と19時半。

入場料:53フラン(約5100円)から150フラン(約1万4500円)まで。

行き方:バーゼルSBB駅からトラムの8番に乗り、カゼルネ(Kaserne)駅で下車。

ただし、今年のチケットはすでに完売。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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