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パウル・クレーの詩的な世界へ

パウル・クレー・センターは毎年18万人の訪問客を予想している Keystone

巨匠パウル・クレーの世界最大コレクションを集めたパウル・クレー・センターが(Zentrum Paul Klee)がクレーの生まれ故郷ベルンでいよいよ開館した。

クレーの全作品(約1万点)のうち、4000点をも所有するセンターでは常時、200点ばかり鑑賞でき、クレーに関連した特別展も開かれている。

 「素晴らしい!」と感嘆の声をもらすのは開館に当たって日本からやって来た、日本パウル・クレー協会事務局長の新藤信氏。「見慣れた絵でも空間が違うから新鮮だ」と目を輝かせて感想を語る。同協会キュレイターの林綾乃氏も「解放的な空間の中に見たい作品ばかり」と興奮気味だ。

不思議な展示空間

 まず、展示室に入ると広い空間に配置されている白く四角いパネルが目に入る。高い天井と四角いパネルとの間に空間が大きく開いている。鉄のロープで上からパネルを吊っているようだ。室内は自然光で明るく、パネルの配置の仕方も広々としていている。「普通よりも絵の展示位置が高い。天井から全部吊っている美術館は見たことがない」と新藤氏が感心する。

 展示には順路を示す矢印がついていることが多いが、ここでは順路がないのが特徴。いろいろな絵を自由に描いているクレーに従って、「アットランダムに自由に見る」新しいコンセプトなのだ。

クレーのような詩的な建物

 センターの出資者、モーリス・ミュラー氏がこの美術館を「景色の彫刻」と呼ぶには訳がある。3つの波の形をした建物が半分土に埋まっていて、土から生えてきたような印象を与えるからだ。この3つの棟は紙をゆがめたようにうねり、ガッシリしりした金属製の構造を忘れさせる。ガラス張りの正面からは光が十分に入り、3つの建物を繋ぐ廊下の窓からは土に埋まっていく屋根の上に生える草が見える。ピアノ氏を建築家に採用することがミュラー氏の出資の条件だった。

 レンゾ・ピアノ氏はオープニングで「私はこの土地を訪れた瞬間から既に大きなアウトライン(下図)はそこに描かれているように感じました。もちろん、苦労は多かったのですが(笑)場所にエコーした(場所の要求に答えた)だけだと言いたい」と語った。「まだ草があまり生えていないですが、早くこの建物が草に覆われてほしい」と語り、「美術館は観念的な場所で“頭を失う”(理性を失う)場所であるべきなのです。皆さんもここで頭を失くし、心を遊ばせてくれればと願っています」とユーモアたっぷりに述べた。

センターならではの見所

 クレー財団研究員の奥田修氏によると、センターは初期のガラス絵、30年代以降のデッサンやベルンでの晩年に描いた大きなサイズの作品などを多く所蔵しているのが特徴だ。

 クレーの一人息子、フェリクス氏の2番目の奥さんリヴィアさんと孫アレクサンダー氏の寄贈品が一緒になり、「クレーの歩みを詳しくみることができる」と奥田氏。現在は、クレーが息子フェリックスのために作ったマリオネットが展示でみられるがこれも孫アレクサンダー氏の寄贈による。

 同センターでは事前に「どうしてもこの作品がみたい」と申し込んでおけば一般客でも見ることができる検閲システムを導入した。日本からわざわざスイスにクレーを見に来る人には嬉しい制度だ。

スパゲッティを絵筆で混ぜる

 孫のアレクサンダー氏は今から約10年前に、パウル・クレー専用の美術館を作ることを条件にクレーの作品寄贈を申し出た。作品を手放すのは難しくなかったかという問いに「傷つきやすい作品の保存問題もあった。父、フェリクスも“俺がいなくなったらやってくれ”と賛成していた。紆余曲折の末、これが実現して感無量だ」と語った。 

 また、クレーについては「自ら祖父に会うことはなかったが、“偉大な画家”としてでなく、釣りで湖に落ちたとか、スパゲッティを絵筆の反対側で掻き混ぜて茹でていただとか、人間的なイメージが強い」という。上述の新藤氏は「クレーは役人みたいにきちんとした生活を送っていたのにユーモアたっぷりの人だったギャップが面白い」という。新藤氏によるとクレーの絵と絵の題名がふざけ合っているのがクレーの世界の醍醐味だという。

俳句とクレー

 日本の止まないクレー人気について、日本パウル・クレー協会の林氏は「欧州でも画家としてどこのカテゴリーにも属していないクレーは日本人にとって“勉強しなくても分かる”ので取っ付き易い」という。また、日本の詩人、谷川俊太郎さんの紹介も大きい。孫のアレキサンダー氏は「クレーのシンプルだけど奥が深いところが、俳句など最小限の言葉で大きな世界が広がるところと共通するのではないか」と分析する。

 最後に建築家のレンゾ・ピアノ氏は「クレーは周りのものを全て自分のものにしてしまう、“素晴らしい泥棒”だった。そんな豊かさがあります。私も勿論クレーから霊感を受けました。それをご自分で探してください」。クレー好きの皆様、クレーの霊感を受けにベルンへの旅を計画してみてはどうだろうか。


swissinfo ベルンにて、 屋山明乃(ややまあけの)

-パウル・クレー・センターへは、ベルン駅前からバスの12番で中心街を通り過ぎ、熊の堀前を通って、美しい旧市街を見渡しながら終点まで15分。

-クレーの作品は日本には個人蔵も含めて150点前後あると言われているが、宮城県美術館に最も大きいコレクションがある。

-クレー・センター所有の作品で「是非この作品が見たい」という人は事前予約で見ることができる。

-日本パウル・クレー協会では『クレーの日記』の新しい翻訳を準備中。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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