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ビジネスは地下へ潜る

ゴッタルドの地下防空壕はいまや体験ホテル「ラ・クラウスタ」に変身 www.claustra.ch

冷戦終結後スイスの地下にある軍事基地や防空壕などは、その役割を大きく変え、ホテル、セミナー会場、情報保管センターになったところもある。

このコンテンツは 2008/09/24 15:25

隣国から侵攻される恐れのない現在、非常に平和な国スイスの防衛としての役割を果たし終えた地下軍事基地や防空壕の多くは、すでにその存在が明らかにされ、もはや国家機密ではなくなった。また、現在でも秘密となっている軍事施設の多くも、この情報化社会の中ではその存在を隠し通せない状況にある。

秘密保持にはもってこいの軍事施設

現在機能している軍事基地もマスコミの圧力により公開を迫られ、内閣用の参謀基地「K20」はスイスはもとより、外国のメディアにも何度も紹介されている。連邦官房のハンスリュディ・モーザー広報担当官は
「外から見える基地は撮影したり、記事にすることは可能だが、外から見えない軍事基地や、こうした施設の中で何が行われているのかといったことは秘密だ」
と言う。しかし、インターネット上では規制はすでに無いも同然だ。例えば、ダボス会議 ( WEF ) の指令センターが地下軍事基地にあることも明らかになっている。

一方、以前の軍事基地や防空壕をビジネスにしようとする商魂たくましいビジネスマンもいる。保険会社、銀行、セキュリティー会社などを対象に、顧客のデータ、企業の機密、貴重品などの保管に利用してもらいたいという会社も出てきた。例えば、ツーク市 ( Zug ) にある「ジアック ( Siag ) 」は、機密度の高い顧客データを管理するコンピューター・センターを元軍事基地に置いている。

「連邦政府から元軍事基地を長期間借りています」
とデジタルデータの管理では細心の注意を払っているというジアックのクリストフ・オシュヴァルト氏は説明する。データ管理をジアックに依頼する顧客が悪用しないため
「間違った顧客が付かないよう、疑わしい場合は、顧客が世界のどこにいようとも訪問して調査します」
という。

いかなる場合にも軍事施設は安全

企業や個人がデータをスイスの元軍事基地に好んで保管したいと思う理由は、二度と作り直せない住所録、高価な絵画、財産リスト、簿記などを保管するために非常に安全な場所であるからだ。例えば、大企業の合併や買収などのデータは、山の奥底深くに秘密裏に長期にわたって保管できる。こうした安全性のほか、便利性も魅力だ。外国で盗難に遭遇しパスポートを盗まれた場合、スイスの保管所に預けておいたパスポートの控えを領事館に提出すれば、新しいパスポートの発行も手短にできるといった具合だ。

安全性の観点からの想像は無限に広がる。「スイス・データ・セーフ ( Swiss Data Safe/SDS ) 」は、ウリ州アムシュテーク ( Amsteg ) にある閣僚用の旧地下防空壕を「岩と原石の保護 ( Schutz im Fels und Urgestein ) 」と称して顧客に安全を売っている。SDSは物理的な攻撃やエレクトロニクスの攻撃、自然災害、暴動、テロなどに耐えられる施設内で、顧客のデータ、書類、貴重品、芸術作品などを守る。この施設は「買いました」とドルフ・ヴィプリ社長の答えははっきりしている。

こうした地下の元軍事設備は連邦当局がパトロールするのかといえば
「民営企業として、現行法を遵守していますが、それ以上の国の介入はありません」
とヴィプリ氏は説明する。

修道院や出会いの場所としての軍事施設

貴重なデータや物品を保管するのに適しているだけではなく、地下の元軍事施設は観光業にも魅力的だ。ゴッタルドの地下に掘られた砲兵隊の元軍事施設は現在、ホテル「ラ・クラウスタ (La Clausta ) 」になっている。アーティストで社会学者のジャン・オダーマット氏は、修道院の雰囲気を持つホテルを建設したいと思っていた。地下にあるとはいえ、標高2050メートルにあるこのホテルには、寝心地の良いベッド、セミナー会場、高級レストランがある。 第2次世界大戦中は、国防のために地理的に重要だった場所はいまや、瞑想と自己発見の場所という意味での修道院「ラ・クラウスタ」に生まれ変わった。

ラ・クラウスタは「山の地下にある意味深い出会いの場所」というキャッチフレーズで宣伝されている。ホテル総支配人のジェニー・フッター氏は
「 ( 地下という圧迫感で) 人に強く迫る環境が、ホテル客を日常的な考え方や型にはまった体験から解き放つのに役立つのです。ゴッタルド地方にハイキングに来る人や、特別な環境でセミナーを開き従業員を教育し、新しい企業戦略を練りたいと思う企業が顧客です」
と言う。

swissinfo、エルヴィン・デトリング 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 訳

要塞と第2次世界大戦

スイスで建設された最も古い要塞は、ゴッタルド鉄道が開通した直後の1886年に作られた。1937年以降は戦争の危険から、アルプス地方における新しい要塞の建設の必要が高まった。当時のアンリ・ギサン将軍は、アルプス地方を要塞「レドゥイ ( Réduit ) 」とし、隣国ドイツが侵攻した場合の国防対策とした。
スイスの国家の独立性を保つため、最悪の場合でもアルプスの頂上にその領土を確保することがレドゥイ作戦だった。1945年までに作られた要塞の総建設費用は、7億フラン、現在なら80億フラン ( 約8000億円 ) に上る。
近年には複数の軍縮小計画により1995年からこうした施設は閉鎖され、秘密保持もなくなった。もっとも、いまだに使用されている施設もある。
「防空壕の中の防空壕」と呼ばれるのは閣僚用の防空壕「K20」だ。戦争時、特に核戦争が勃発した場合、7人の閣僚は秘書官、アドバイザー、議員と共にこの防空壕に避難することになっている。総工費2億5900万フラン ( 約260億円 ) で、中規模の高層ビルの広さに相当する。数百人を収容でき、 半年間は核・生物・化学兵器の汚染から保護される。

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