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ライフルを家庭から追い出せ

兵役用のライフルが家庭内に無造作に置かれている。こうした家庭内の風景はスイスでは普通だ Ex-press

12万1000人分の有効署名を集め「武器による暴力からの保護」を求めるイニシアチブが成立した。イニシアチブは特に、スイスの伝統である兵役に使うライフルの家庭での所持制度を廃止することを求めている。

「軍隊で使う武器を家庭に保管するのは ( 国家の ) 安全を意味するのではなく、リスクである」。イニシアチブを発足したグループを代表する社会民主党員 ( SP/PS ) 、シャンタル・ガラデ氏は主張する。

家庭内の殺人を助長する

 「われわれのイニシアチブが要求している内容は、最もリベラルな内容だ。軍隊で使う武器は、家のタンスや屋根裏部屋や地下室に置くべきではない。全て兵器庫に保管すべきである」とカラデ氏は要求する。イニシアチブはそのほかに、武器を所有する能力証明書の発行と、所有者リストを連邦で一貫して作るよう求めている。

 このイニシアチブはすでに、社会民主党、緑の党 ( die Grüne/les Verts )、労働組合、「無武装のスイス ( GsOA ) 」を提唱する団体、キリスト教教会、自殺予防機関など、74の政党や団体から幅広い支持を取り付けている。特に女性問題にかかわる団体はこの問題に力を入れている。例えばスイスの女性団体「アリアンツF ( Allianz F )」の会長ローズマリー・ツァップリ・ヘルブリンク氏は、武器の問題は女性差別の問題ではないが、家庭内暴力を撲滅しようとする動きがある中で、武器がタンスや屋根裏部屋に保管されていることは恒常的な威嚇であると言う。スイスでは殺人事件の6割が家庭内で起こっている。また、アメリカではパートナーに殺される事件で被害者になる女性は、男性より5倍多いという統計もある。

悲しい記録

 最近になってライフルを使った殺人事件が大きな問題として取り上げられ、兵役で使われる武器の家庭内所持が問題視されている。これはほかのヨーロッパ諸国では見られない制度だ。刑法のマルティン・キラス教授の調査によると、殺人や自殺に軍隊の武器が使われる事件は年間300件以上発生するという。特にスイスでは、武器を使って自殺する人は他国と比較して多い。年間、約1400件発生する自殺の3割が武器を使ったもので、スイスでは1日に1人が武器で自殺している計算で、アメリカに次いで2番目に多い。

 統計的に見ても、家庭に武器を置いている国は自殺件数が多い。カナダやオーストラリア、イギリスでは武器所有について厳しい制限をしたことで、自殺件数が3分の1になった。また、スイス医師協会のバルバラ・ヴァイル氏の報告でも、武器を取り上げられても、ほかの方法による自殺は増加しないという。薬による自殺より、武器を使えば確実に死ねるのがその理由だという。

兵士への信頼の問題

 兵士が家庭に武器を保管するという伝統は、すでに政治的には意味をなさないものになっている。
「この制度は、いざ戦争という時、自宅から自力で出兵できるために作られた。今日、軍隊でさえこうした奇天烈 ( きてれつ ) な考えは持たない」
 と「無武装のスイス (GsOA ) 」の書記長でイニシアチブを発足したグループのメンバー、レト・モースマン氏は言う。同じように市民の意見も変わってきたようだ。連邦国防省 ( VBS/DDPS ) が行った武器の家庭保管についての是非を問うアンケートによると、1989年には支持する人が57%だったのが、昨年5月には38%に激減している。

 一方、このイニシアチブに反対する国民党 ( SVP/UCD ) やスイス射撃協会 ( IGS ) は、それが防衛のためであろうと狩や兵役のためであろうと、市民から武器を取り上げるのは、信頼を奪うことと同じだと主張している。また、武器をまとめて保管することの事務的負担も大きいと指摘している。

 これに対し前出のイニシアチブ代表者のガラデ氏は、狩猟のためなど責任を持って武器を使う人はこれまでどおり家に銃を所持することを認めている。こうした人たちを罰するのではないと反論する。兵器庫に武器を預けることを嫌がる理由はどこにあるのか。
「嫌がる根拠はないと思う。わたしたちは、市民から何かを奪おうと思っているわけではなく、死ななくともよい人を死なせたくないだけだ。武器を所有するという人権はないはずだ」。

swissinfo、コリン・ブクサー 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 訳

2002年夏、「スイス平和委員会」が「反小銃器キャンペーン」を開始し、軍隊用の武器の家庭内保管制度を問題視し、武器法の改定を要求した。2006年夏、スキー選手だったコリン・レイ・バレー氏が夫に射殺されるという事件が発生し、家庭内から武器を追い出す運動「アナベル運動」が起こった。これを受け連邦議会では武器法の見直しが提案され、スイス平和委員会は同年秋、国民投票でこの問題を問うことを提案した。

2007年チューリヒで、21歳の兵学校生が16歳の女性を軍隊の武器で射殺した。
2006年夏、スキー選手だったコリン・レイ・バレー氏とその兄弟がヴァレー/ヴァリス州で夫に射殺され、母親は重傷を負った。犯人はその後自殺。武器となったのは軍隊用のピストルだった。
2001年、ツーク州議会で14人の議員が射殺された。犯人は非合法に手に入れたライフルを使用した。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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