麻薬患者も人間
1986年、世界でも初めての試みがベルンで始まった。麻薬患者が注射を打ちに来るための公共施設「麻薬患者の部屋 ( Fixerstübli )」の開設だ。この施設のおかげで、公園や人の溜まり場で麻薬患者が白日の下、腕に麻薬の注射を打つ姿をさらすこともなくなった。
「差別するより健康第一」というのがモットー。しかし、国際的には批判の対象にもなっている。
ベルンにある麻薬患者の部屋は、銀行か郵便局のようである。注射を希望する患者は、番号の書いてあるチケットを引いて、電光掲示板に自分の番号が点くのを待つ。注射を打った後は、その場所を自分できれいにする。その後、ここで働くソシアルワーカーが、患者の注射の跡を消毒する。
法律の隙間に存在
「掃除をしてもらうのは麻薬患者に自分の責任を自覚してもらうため」だと言うのは、麻薬患者の部屋代表のイネス・ビュルゲさん。部屋は明るい壁に囲まれ、整理整頓され、居心地が良いという印象まで与えてくれる。カフェテリアがあり、麻薬患者は安くコーヒーを飲んだり、軽食を食べたりできるようになっている。コカインの常習者には、食事を強制しなければならないこともあるという。
ベルンの麻薬患者の部屋の運営は州、自治体、教会の3者が共同で行っている。開設当時、疑問視する声が高かったものの、現在は市民にも受け入れられているようだ。
法律的には「医師の管理の下での麻薬使用は合法」と判断されている。衛生管理がしっかりされおり、麻薬患者間での注射針の使い回しもなくなり、エイズなどへの感染率も低くなった。現在、スイス全国には麻薬患者の部屋が8カ所ある。
麻薬患者を受け入れること
麻薬患者が社会的に脱落したり、精神的なダメージを受けることを避けるため、毎週1回、健康アドバイザーと医者の訪問もある。ベルンやチューリヒ駅前の公園などでは以前、麻薬患者がたむろし、その数の異常さに、外国のマスコミからも大きく取り上げられた。警察は麻薬患者を追い払うのに躍起になっていた時期もあったが、麻薬患者が生活できるような援助も必要だという認識がやっと生まれた。
「麻薬中毒の完治が最終目的ではありません。中毒状態にある患者に付き添い、最悪の事態を招かないようにすることが、われわれの使命です」とビュルゲさんは言う。
抑圧政策
1994年の国民投票で、医師の管理の下で麻薬患者にヘロインを配分する制度が承認された。それ以前は、麻薬問題に取り組むために予防、処方、抑圧の3つの対策で対応しようとしていたが、4つ目の対策「リスクの縮小」が国民に承認されたわけだ。
しかし、国民投票により4つ目の対策が施行されてからも、ベルン市内では警察による手入れが続いた。「こうした手入れは、麻薬患者を溜まり場から次の溜まり場に移動させただけで、根本的な解決にはなりませんでした。90年代には、警察と、患者に救助の手を差し伸べようとするわたしたちのグループは、ちょっとした戦争状態にあったのです」と1993年にソシアルワーカーとして麻薬患者の部屋に働くようになったというビュルゲさんは語る。
「今は、警察との関係も良好で、協力体制にあります」とビュルゲさん。例えば警察が捜査中の麻薬患者が麻薬患者の部屋に滞在している場合、ソシアルワーカーはその患者と話し合って、同意を得れば、警察に一緒について行くという。また、麻薬患者の部屋に警察官は勉強しに来るという。ビュルゲさんは月に2度、麻薬取締りの警察官との会合を持つ。お互いの使命は何かを知るだけでも、役に立つという。
swissinfo、レナト・クンツィ 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 意訳
- スイスではマリファナからコカインまで、すべての麻薬の消費と所有は犯罪だが、麻薬患者の部屋のような例外が認められている。
- スイスは麻薬問題には以下の4つの対策で取り組んでいる。1.予防 2.処方 3.抑圧 4. ( 麻薬患者が社会的に脱落しないよう ) リスクの縮小
- 麻薬問題は州が管轄するが、ベルン市とベルン州では対処方法が異なっている場合もある。
モットーは「差別より健康第一」、エイズや肝炎への感染のリスクを縮小し、麻薬患者に医療・福祉サービスを提供する。
現在全国に8カ所あるが、今後フランス語圏に2カ所増設することが検討されている。
国際的には懐疑的に見られており、国連からも批判された。
現在、世界にはスイスをモデルとした施設が60カ所あるという。
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