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レールの上の鉄道史

ゴッタルド線開通125周年を記念して走る蒸気機関車

(Keystone)

スイスの鉄道は国のアイデンティティーの一部だ。鉄道の歴史的な遺産を保管するために「スイス連邦鉄道歴史遺産財団 」が設立された。これは国の歴史を作った鉄道の鮮明な忘備録の役割を果たす。

スイス人は鉄道の旅が大好きだ。世界的な基準でも、電車の熱心な利用者だ。2009年の住民1人当たりの年間乗車距離では、2103キロメートルと第2位の日本人の1976キロメートルを明らかに上回る。

豊富な遺産

 スイス人の鉄道に対する情熱は、鉄道の歴史に示される興味にも表れている。そして鉄道の歴史が消えることはない。
「1999年に連邦鉄道が大幅な経営改革を行った際に、鉄道史の遺産をどうするのかという疑問が持ち上がりました。そのため2001年に、鉄道史の証人であるそれらの遺産を収集し、良好な状態に保ち、将来の世代に引き継ぐことを目的とした『スイス連邦鉄道歴史遺産財団 ( Stiftung Historisches Erbe der SBB ) 』を設立しました」
 と同財団の責任者ステファニー・フォン・エーラッハ氏は語った。

 スイス連邦鉄道歴史遺産財団は非常に多数の、そして多種の物品を保管している。それらの中には、13両のエンジン動力車、約40両の電気動力車、90台以上の客車や貨物車の車両など、全長2キロメートルになる列車の端から端までが含まれている。この列車の一部はルツェルンの交通博物館に展示されている。

 また、同財団のアーカイブには、書棚の長さで測ると合計2.5キロメートル分にもなるおびただしい量の記録が含まれている。その中には、第一ゴッタルドトンネル ( 1872年から1882年に建設 ) の建設資金についての契約書の原本に関する連邦鉄道の記録や、連邦鉄道の前身であった私鉄会社の記録なども入っている。

 さらに35万枚の写真、500本のビデオ、設計図、専門の蔵書、ポスターのコレクション、カンテラのコレクション、ジュークボックス、10分の1の縮尺模型などが加わる。

歴史の魅力

 「われわれの遺産の中で最も際立ったものは列車です」
とフォン・エーラッハ氏は指摘する。それらの前世代的な列車を走らせようとすると定期的なメンテナンスが必要になる上、実際の安全基準を全て満たすようメンテナンスが実施される間隔も一定でなければならないのです」

 こうした作業は容易ではない。修理には費用がかかる上、必要なノウハウを維持していくことも簡単ではない。さらに、ダメージを避けるため一昔前の列車を頻繁に走らせることはできないが、かといってめったに走らせないのも良くない。

 開通125周年を記念しゴッタルド線上に再現された蒸気機関車の旅は、スイス人と外国人の多数の鉄道ファンを魅了した。とりわけたくさんのイギリス人とこのために外国から帰国したスイス人、特にはるばるアメリカからやって来たスイス人など、全ての年齢層の鉄道ファンが集まった。
「退職者のほかにも、子ども連れの家族がたくさんいました」
 とフォン・エーラッハ氏は語った。

 保管された大量の資料は、スイスの鉄道史を研究するスイス人や外国人学生、研究者を魅了している。しかしそれだけではない。
「例えば、高架橋建設のための古い設計図についての照会など、連邦鉄道からの要求にも応えています」
 とフォン・エーラッハ氏は説明する。

 ハンス・エルニなどのアーティストたちが製作した作品に見られるような広告の進化など、芸術面に興味を持つ人々の存在も忘れてはならない。写真のアーカイブと同様こうした広告作品もまた最近デジタル化され、インターネットでのアクセスが可能になった。

国のシンボル

 過去数年の間、「スイスエアー ( Swissair ) 」 、そして最近ではUBS銀行というスイス経済の二つシンボルに問題が生じ、国の威信に永遠に消えることのない傷がついた。

 2005年に停電のショックによって電気網のシステムが完全にマヒしたが、スイス人の連邦鉄道に対する評価は下がらなかった。
「わたしたちは一般の人々の鉄道に対する情熱を日々感じます。これは国を団結させる真の要素です。私たちが世間から厳しい目で見られているのもそのためです」
 とフォン・エーラッハ氏は語る。

 「鉄道を毎日利用する人たちは自分たちの通る路線の歴史に興味を持っていることが多いのです。この意味から、連邦鉄道の歴史的遺産の発展は顧客に対するサービスになるとも言えます。鉄道についての論議は尽きることなく、興味深いのです。実際、すでに2030年に向けたプロジェクトを計画しています」
 とフォン・エーラッハ氏は締めくくった。

アンドレア・クレメンティ、swissinfo.ch
( 翻訳、笠原浩美 )

スイス連邦鉄道 ( SBB/CFF ) の誕生

1898年1月20日の国民投票で、連邦政府による鉄道の買収と経営、および連邦鉄道の運営組織に関する法案に対して38万6634人が賛成票を投じた ( 反対18万2718票 ) 。

国民投票の前には白熱したキャンペーン合戦が行われた。法案賛成派は「スイス人のためのスイスの鉄道」を掲げ、連邦政府による集中管理の利点を挙げた。

反対派は、公務員の大幅な増加は連邦政府の力を増大させ、国の財政を弱体化させると主張した。

1900年10月に連邦鉄道の理事会が設立された。1901年1月1日の午前2時に、チューリヒ~アーラウ~オルテン方面からの電車がベルン駅に到着し、祝典の後ローザンヌ~ジュネーブ方面へ向かった。

また1902年1月1日、連邦鉄道は「スイス北東鉄道 ( Schweizerishe Nordostbahn ) 」を傘下に収めた。この日はスイス連邦鉄道が正式に誕生した日とされている。
( 出典:スイス連邦鉄道 )

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