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ローザンヌ参加者に捧ぐ

「黒鳥の役は、早い動きでエネルギッシュに踊ります」© Ismael Lorenzo theater basel

「バーゼル劇場 ( Theater Basel ) 」のバレエ団で踊る中野綾子さん ( 31歳 ) は、1992年のローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞した一人。

今年のローザンヌコンクールでは日本から17人もの優秀なダンサーが参加することになった。若きダンサーたちのずっと先を歩く中野さんは、後輩たちをどう見るのだろうか。

 中野さんは留学を経て、チューリヒ・オペラハウス ( Opernhaus Zürich ) にスカウトされた後、ケルン、ザールブリュッケン、ベルリンなどドイツ各地のバレエ団で観客を魅了し続けた。2001年から舞台を踏むバーゼル劇場は、彼女のこれまでのバレエ人生で最も長い滞在場所となった。今年上旬の演目「ある白鳥の湖 ( A Swan Lake ) 」のポスターにも登場する中野さんに練習後の劇場でお話を聞いた。

swissinfo : どのような気持ちでローザンヌコンクールに参加されたのでしょう?

中野 : 小さい頃から本当に、本当に、踊ることが好きでした。それまで、いろいろな賞を取っていましたから、その流れの中でのローザンヌでした。

ローザンヌは若いダンサーの登竜門。受賞すれば新しい世界が開けるといった重要なコンクールと見られています。日本ではダンサーのみんなが、それにかけているのでしょうけれど、わたしは、好奇心と興味だけで出たのです。ローザンヌでは必ず賞をもらって、留学したいということではなく、欲はありませんでした。ただ、自分のようなダンサーがどれだけヨーロッパにいるのかということを見たかったのです。自分のためになるなと思って参加しました。

swissinfo : 欲も無くスカラシップ賞を受賞なさったわけですが、ロンドンでの生活はいかがでしたか?

中野 : ロンドンへは15歳で、怖いもの知らずで行きましたからびっくりしました。バレエの練習は大丈夫ですが、普段の生活が大変でした。英語ができず辛かったですし、寮生活ですが、ひとりで生活することがこんなに大変だとは思ってもみませんでした。ともかく嬉しくて「やってやるぞ」と思って行ったのに、本当に取り残されたという気持ちで、とても孤独でした。プロになってからも英語は必要ですから、勉強していたほうがいいです。

swissinfo : それでも卒業されたのはどのような力があったからと思いますか? 

中野 : プライドです。挫折して帰国した同じ年代のダンサーたちがわたしの周りに多くいました。そういう風にはなりたくない。もらえなかったはずの賞をもらえて留学できたのだから、一応卒業証書をもらわなければだめだと思ったのです。だから、頑張りましたね。

他の職業より収入は断然低いですし、バレエで自立することは難しいことです。お金のためにやるという世界ではありません。本当に踊ることが好きでなければ続きません。

swissinfo : ローザンヌコンクールでは、昨年は韓国のダンサーが優勝しましたし、今年も日本からは17人が参加します。東洋のダンサーが評価される理由は何でしょうか。

中野 : ローザンヌでは、経験などからにじみ出る表現力より、技術、音楽性、プロポーションなど素質を見るコンクールですので、賞をもらったことがバレエ暦に大きく左右されるというわけではないと思っています。

ただ、日本人はヨーロッパの人と違って、忍耐力が違うのではないでしょうか。また練習の量も違うと思いますし。苦しんでもやる。痛くても痛いことを見せなという日本の文化があるのではないでしょうか。

いずれにせよ、天から与えられた才能は別として、練習が多ければ多いほど、かなり成長する率は高いです。

swissinfo : 日本人のスタイルもヨーロッパ人並によくなったように思いますが。

中野 : いえ、今でも日本人のスタイルの悪さは言われます。バレエは美しくなければいけないと思います。顔もきれいでなければだめですし、プロポーションもきれいでなければ。せっかく観に来てくださる観客にきれいだという感動を抱いてもらわなければだめです。バレエは厳しい世界です。

また、体から匂い出てくるものを出すために、経験が必要です。人生経験や、日本から外に出たり、苦労をしたりすることは必要ですね。

ヨーロッパ人のようなきつい自己主張は少ないけれど、演技の上で繊細なもの、センシティブなものを表現できると思います。もっとも、自己主張は演技以外でしっかり出さないと、なめられてしまいますが。

swissinfo : 同じバレエ団のスペイン人のダンサーのご主人と1歳のお嬢さんをお持ちですが、どのようにバレエと両立していらっしゃるのでしょう。

中野 : 主人がファミリー系なので、( 子どもが ) 欲しかったのです。バーゼルのバレエ団で子ども持ちのダンサーはわたし1人です。時間も限られてきますし、難しいと思います。ベビーシッターをお願いしていますが、公演のある日など、子どもがベッドで眠ってくれるか、夕飯を食べてくれているかと心配です。ディレクター ( リチャード・ヴェーレンドック氏 ) の理解があって出産もできたので、踊り続けたいと思っています。

できる環境にあるのなら、女性としてバレエと家庭を両立することは素晴らしいことだと思います。表現力も豊かになると思います。

swissinfo : ジュリエットがお好きだということですが。 

中野 : 純粋だけど、本当にパッション。人にどう思われても、恋一筋というのが好きです。キリアン系スタイルが好きです。役は表現ができるもの、演技ができて、自分の何かを出せる踊りができる役が好きです。

今上演中の「ある白鳥の湖」では、ロットバルトを父に持つ黒鳥の娘の役を踊ります。コケティッシュな黒鳥です。全体的に、白鳥は柔らかく、黒鳥は観客にインパクトを与えるという演出です。

swissinfo : 今31歳でいらっしゃいますが、10年後はどのような踊りをしていると思いますか?

中野 : 踊っているでしょうか?あまり長く踊りたいと思っていません。パーンと花を咲かせて終わりたいです。バレエは若いダンサーのものと思っています。31歳ではもう歳のほうですが、バレエは、きれいだということが第一条件と思っています。

swissinfo : ローザンヌコンクールに参加するダンサーに励ましの言葉をお願いします。

中野 : 結果を望まないで、与えられたチャンスを悔いの残らないように、1日、1日を100パーセントの自分を出して欲しいです。結果が出なくとも、自分にとって良いスパイスになっていると思います。

swissinfo、聞き手 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) バーゼルにて

中野綾子
1977年、東京生まれ
東京新聞社主催の全国舞踊コンクール、アジアパシフィックコンクールなどで受賞
1992年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞受賞し、ロンドン・ロイヤルバレエ団へ留学する。
1994~1996年 チューリヒ、オペラハウス ( Opernhaus Zürich )
1996~1999年 ケルン、ケルン・タンツフォーラムTanzforum Köln
1999~2000年 ザールブリュッケン、ザールラント国立劇場( Saarländische Staatstheater )
2000~2001年 ベルリン、コーミシェオーパー・ベルリン ( Komische Oper Berlin )
2001年から  バーゼル、バーゼル劇場 ( Theater Basel )

1973年ローザンヌで創設された「ローザンヌ国際バレエコンクール」は、15~18歳の若いダンサーを対象にした世界で唯一の国際コンクールである。その目的は、伸びる才能を見出し、その成長を助けることにある。「英国ロイヤル・バレエ・スクール」、「スクール・オブ・アメリカン・バレエ」など、世界40カ国以上の学校、バレエ団が協力している。
2月3日15時の決勝の切符は、電話+41 21 310 16 00 ないしは、http://www.prixdelausanne.org で入手可能。

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