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ローザンヌ国際バレエコンクール 吉田都氏 「熱いものを持ち続けて」

「人間としての成長もバレエ団と共にあったので、海外に出ていなければ、まったく違う人間になっていたでしょうね」と笑う吉田都氏 ( 撮影 小川峻毅 ) swissinfo.ch

「海外でやっていくには熱いものがないと、外国のダンサーのアグレッシブさ ( 攻撃性 ) や相手の熱さの中で埋もれてしまう」と吉田都( よしだ みやこ ) 氏は言う。


吉田氏は1983 年ローザンヌ・バレエコンクールで入賞し、イギリスに留学。「英国ロイヤル・バレエ団」のプリンシパル(最高位ダンサー)を長年務めた後、現在同バレエ団と「Kバレエカンパニー」のゲスト・プリンシパルとして活躍している。今回、審査委員としてローザンヌに招かれた。

swissinfo : 世界の第一線で活躍されていますが、そのキャリアのスタートに「ローザンヌ国際バレエコンクール」があったとお考えですか。

吉田: そうです。すべてはローザンヌで賞を頂いたことから始まりました。ここでチャンスを頂きイギリスに留学したわけですから。「人生の一番のターニングポイントは?」と聞かれたら、それはローザンヌだったと答えますね。

それに、この賞がなかったら私自身海外に出ていないと思います。日本で十分ハッピーでしたから( 笑い ) 。当時は時代的にも海外でキャリアを築くという雰囲気がありませんでしたし。

swissinfo : ところで、吉田さんが入賞された頃とは違い、今はDVDでの予備審査を通過した人だけが参加できるようになりました、これはダンサーにとってどうなのでしょうか。

吉田 : 今の方が、事前にチェックされることで、自分の置かれている立場が分かると思います。また以前は初日の練習の段階で次々に落とされていき、それは生徒にとっても厳し過ぎました。

さらに以前は自分の作品をコンクールに持って来て踊っていました。外国人のライバルに、海外の一流の振り付け家が振り付けたものを持って来て情緒たっぷりに踊られると、それはもう圧倒的で日本人には不利でした。つまり作品の良し悪しが影響していたのですが、今はみなが同じ作品を踊るので公平です。

swissinfo : このコンクールは潜在的に将来プロになる可能性を秘めた生徒を選ぶ場だと言われていますが、この潜在性とはどういった点に現れるのでしょうか。

吉田 :  実は前回審査員をした時もそうでしたが、審査員の間で選抜に意見が割れるということはあまりないのです。「この子だ」というのは踊りを見るとすぐ分かり、審査員の意見が一致します。

言葉で説明するのはなかなか難しいのですが、たとえば踊りが良くてもカンパニー ( バレエ団 ) に入れるとは限らないのです。カンパニーにもカラーがありますし、まず、色々なことに対応できる素質などがカンパニーでは要求されます。

また、カンパニーでプロのダンサーとして耐えていけることや、またカンパニーに入ったら馴染む踊り方や、( 体の )プロポーションであるとか、こうしたプロとしての要素は見ていて分かります。踊っていたら性格も出ます。

swissinfo : 強い性格というか、厳しい環境に耐えていく芯の強さは大切でしょうね。

吉田 :  大切ですね。やはり、精神力というのは大切です。ですからコンクールというプレッシャーのある場でどう対応していくかというのも見ますね。しかし、みなさん経験は浅いので、やはり緊張してしまいます。

私が出場した時代でも、振りを忘れたり転んだりといったことがありました。しかし、そういうのはあまり関係ないのです。

ただ、どうして転んだかという理由は大切で、きちんと基礎ができていないので転んだというのであれば、マイナスですが。すべてできているダンサーなのに、床の調子のせいで滑ったりというのは私の中では全然問題になりません。ここは特に劇場の床が傾斜しているので、慣れないと難しいのです。

swissinfo : 表現力というのは、経験ですか。

吉田 : 経験は大きいです。日本ではテクニック重視だったりしますが、イギリスでは、普段基礎がそれほどできていないのに本番で表現力を見せるダンサーが多くて圧倒されました。

この表現力を育てるのは、トレーニングであり、文化や日常の経験ですね。私自身、稽古場の雰囲気もそうですが、一歩外に出た街や、人や、空気やそれらすべてから吸収しました。みんなと一緒に生活しながら、吸収していくものが大きかったです。

日本では、こうした環境がないわけで、お味噌汁とご飯を食べた後5つ星のレストランに行って( 西洋風の作法に切り替えようと) ギクシャクするように、ダンサーも日本の環境にいて、急に劇場に入りお姫様の役を演じるのは難しいことなのです。自分の中にない西洋的な動作をやるわけですから。それが外国で生活して慣れて行けば、自分の中に動作が入っていますから、切り替えも早くなります。

swissinfo : 今後、海外に出るダンサーへのアドバイスをいただけますか。

吉田 : 稽古はとにかく大切です。毎日の積み重ねというのは地道な作業ですがそれがなかったら何を上に足しても崩れてしまう。また、日々の生活の中からどれだけ多くのことを吸収するかでしょう。
 
ただ最近の若い人は、海外で踊れるチャンスがあるのに何年かすると日本に帰ってしまうのはとても残念です。クールというのでしょうか。

でも何があってもがんばるといった熱いものがないと、海外でやっていくのは難しいです。熱いものがないと、外国のダンサーのアグレッシブさ ( 攻撃性 ) や、相手の熱さの中で埋もれてしまうと思います。

色々な困難に遭遇した場合、へこんでしまってそこで引いてしまったら、後はないですから。そこで自分のモチベーションを上げて、持続していくということが大切だとこの頃つくづく感じます。

swissinfo、聞き手 ローザンヌにて 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 

1965年、東京に生まれる。
1983 年、「ローザンヌ国際バレエコンクール」で入賞し、「英国ロイヤル・バレエスクール」に入学。
1984年、「サドラーズ・ウェルズ・バレエ団」に入団。
1995年以降、「英国ロイヤル・バレエ団」のプリンシパル(最高位ダンサー)として活躍。
2004年、ユネスコの平和芸術家に任命される。

現在、「英国ロイヤル・バレエ団」と熊川哲也氏の「Kバレエカンパニー」のゲスト・プリンシパルを務める。紫綬褒章、大英帝国勲章受章。

1973年ローザンヌで創設された「ローザンヌ国際バレエコンクール」は、15~18歳の若いダンサーを対象にした世界で唯一の国際コンクール。その目的は、伸びる才能を見出し、その成長を助けることにある。「英国ロイヤル・バレエ・スクール」、「スクール・オブ・アメリカン・バレエ」など、世界60カ国以上の学校、バレエ団が協力している。

今年は31カ国192 人 ( 男子42人、女子150人 ) の候補者の中から、21カ国75人 ( 男子22人、女子53人 ) が選ばれた。

予備審査は10月にローザンヌで行なわれ、コンクールの「アーティスティック委員会 ( artistic comittee ) 」がDVD を観て審査した。

昨年と同様、2つの年齢グループに分かれて練習を行い、練習点と完成度の点の合計で、練習最終日の1月31日に決勝進出者約20人が選抜される。

選抜の指標は、才能、身体、技術的条件、自分を表現する力、感性と想像力を持って曲に乗る力、明確な理解力、さまざまなダイナミックな表現に合わせて動ける技量、動きを自分のものとし、それぞれの動きを組み合わせる力など。

決勝では20人全員が踊り、約7人の入賞者が選ばれ、同額の奨学金を受け取り一流の国際的バレエ学校やカンパニーに留学できる。

なお、2007年まではバリエーションを3つ踊っていたが、昨年からクラシックのバリエーション1つと、コンテンポラリーのバリエーション1つを課題に選ぶことに決まった。

今年はコンクールの特別展が1月14日から2月1日まで「フォラム・ド・オテル・ド・ビル ( Forum de d’Hotel de Ville ) 」で開催されている。過去の入賞者の名前が写真付きで展示され、その横に入賞者がサインしたバレエシューズが並べられている。

2月1日15時の決勝の切符は、電話+41 21 310 16 00 ないしは、http://www.prixdelausanne.org で入手できる。

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