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巨大ビジネスとなった偽造医薬品

スーダンをはじめ、発展途上国の多くでは偽造医薬品が大きな問題となっている AFP

先進国では偽造バイアグラ。発展途上国では偽の抗生物質。世界中で偽造医薬品の市場が拡大を続けている。国のコントロールが不十分で、偽造品を取り締まる対策もなかなか成果を上げない中、違法ドラッグの販売者が利益を膨らませている。

 「我々が活動を展開する80カ国では、偽の医薬品を買うために家族全員が借金を背負っている家庭が多い。特に深刻なのは、こうした偽造品の服用で健康が損なわれたり、場合によっては死亡したりする場合だ」。そう話すのは、NGO団体「国境なき医師団」スイス支部のギヨーム・シュミートさんだ。

 偽造医薬品のほとんどに有効成分は含まれていないという。「例えば、水や雑穀の粉などを混ぜた物がある」と薬剤師のシュミートさんは語る。他に、有効成分の量が不十分だったり、不純物が混じっている物がある。偽造医薬品の被害者は、世界中で年間100万人いるとされる。

 「偽造医薬品で問題なのは、特許品の違法コピーを販売するという単純な詐欺行為と同じレベルで考えられてしまうことだ。しかし、これは実際、世界規模の犯罪集団に関わる大きな問題なのだ」

世界保健機関(WHO)によれば、世界で流通している医薬品の1割が偽造品。

発展途上国ではその割合は3割に達するが、先進国では1%だと推定される。

偽造医薬品の年間売り上げは約750億ドル(約6兆3000億円)。売上高は2005年から2010年で9割増加。

WHOの推測では、偽造医薬品の服用で年間20万人のマラリア患者が死亡。

世界全体でみると、偽造医薬品の服用で命を落とす人は50万~100万人。

あやふやな推測

 死亡につながることが特に多いのは、抗生物質や抗マラリア剤、抗結核剤、エイズ治療薬の偽造品だ。しかし、今ではあらゆる医薬品が偽造されており、世界保健機関(WHO)によれば、市場に出回っている医薬品の1割が偽造品だという。発展途上国においては3割に達する。

 だが、実際にはもっと多くが売買されていると、シュミートさんは推測する。「詳細な統計があれば、この割合はさらに高くなるだろう。本当の数字を聞いたら、我々はショックを受けるかもしれない。だが、国際機関が積極的に動けば、効果的な対策が打てるはずだ」

 WHOのデータでは、偽造医薬品の売り上げは年間750億ドル(約6兆3000億円)。シュミートさんは言う。「麻薬の場合と同様、医薬品の製造には化学の十分な知識が欠かせない。また、もうけが多く、リスクが少ないのも、偽造医薬品ビジネスの特徴だ」

不十分なコントロール

 多くの国々は医薬品の検査をほとんど、ないしは全く行わず、偽造医薬品は比較的簡単に売買される。「医薬品の検査は書類だけ。有効な取り締まり策は実際のところ存在しない。当局は、検査を行う手段を持ち合わせていないのだ」とシュミートさんは言う。

 また、医薬品の供給に必要なインフラが全く整備されていない国も多い。こうした国では、医薬品のほとんどが行商人の元で販売されたり、フリーマーケットで売られていたりする。値段は比較的安いが、その分リスクは大きくなる。

 「偽造品が売られるのは、闇市場だけに限られるわけではない。最近ではこうした類の医薬品が、病院や研究所などの合法的な販売網でも売られていることが明らかになっている」。そのため、国境なき医師団のメンバーは薬を入手する際、世界3カ所に設けたセンターからできるだけ調達するようにしているという。

他の先進国同様、スイスでは偽造医薬品は専らインターネットを通して外国から輸入される。

スイス税関が2010年に押収した偽造医薬品で多かったのは、勃起不全症の治療薬(33%)、ダイエット薬(19%)、筋肉増強剤(9%)、睡眠薬および依存性の高い薬(6%)。

輸出国で最多がインド(45%)、次いでその他のアジア諸国(9%)、ヨーロッパ(19%)。

甘くみた危険

 偽造医薬品の危険は南半球の地域で特に高いが、北半球の先進諸国にも危険が及んでいる。その元となっているのが、インターネットだ。ネット上では、勃起不全症の治療薬、ダイエット薬、ホルモン剤、抗うつ薬、ドーピング薬など「ライフスタイル」に合わせた医薬品が流通している。

 「こうした製品の半数以上が偽造品か、粗悪品だ」と、医薬品認可機関「スイスメディック(Swissmedic)」で違法医薬品の検査を行うルート・モジマンさんは話す。「我々の啓蒙キャンペーンが功を奏して、受注件数の増加を抑えることはできた。だが、ネット上で医薬品を購入するリスクを自覚していない人が大勢いる。ネットの医薬品はそのほとんどが偽造品。販売者の住所が明記されていないケースもある」

 偽造医薬品が引き起こす副作用は多岐にわたる。腎不全、肝不全、アレルギー、心血管疾患、心の病などさまざまだ。しかし、行政側がすべて監視できる状況にはなく、スイスには毎年、約5万点もの医薬品が70カ国から送られてくる。特に多いのはインドなどのアジア諸国からだが、東西ヨーロッパからも輸出される。

初の条約

 偽造医薬品の問題は国境をまたがることから、各国が協調して対策に乗り出すことが重要だ。これまで、欧州評議会(Council of Europe)が唯一の国際機関として2011年に「メディクライム条約(Medicrime Convention)」を策定。スイスを含む20カ国が署名した。

 スイスの連邦議会がこの条約を承認すれば、違法医薬品を取り締まる国内の法律が強化されることになる。「目標は、麻薬売買と同様の罰則を偽造医薬品に適用すること」と、スイスメディックのモジマンさんは語る。だが、目標達成にはまだ数年かかると見込まれる。また、たとえ連邦議会が承認したとしても、罰則強化が世界的に行われなければ、スイス国内での取り締まり強化も限定的に終わるかもしれない。

 前出のシュミートさんは言う。「今のところ、各国は独自に問題解決に取り組んでいるが、偽造医薬品の販売者に罰金刑を科すだけのところがほとんどだ。この商売はもうけが大きいため、ただの罰金刑では脅しにはならない」。つまり、違法業者がすぐに店をたたむ可能性は、今のところまずあり得ないということだ。

(独語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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