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世界のマリンバ奏者安倍圭子のアカデミー、ローザンヌで開花

「楽器の前に立つとなんにもなくなる。ここがローザンヌであろうと、ニューヨークであろうと。音楽だけになる」と安倍圭子氏 courtesy

竹林に差し込んだ朝の光。静けさ。風がわたる。枝々がぶつかり合う。竹が大地に根を張る。たった1人でしばしそこに「棲(す)み」、こうしたすべての現象を「音」に翻訳しながら1984年作「竹林」が出来上がった。

安倍圭子氏(74)はそのときの感動をスイスの2人の青年とローザンヌで9月9日、マリンバを響かせながら再現し、一瞬にしてスイスの聴衆を日本の竹林の中に連れ去った。

 「安倍圭子のマリンバの哲学」を教える目的で9月4日から9日までローザンヌで開催された第1回「安倍圭子・ローザンヌ・インターナショナル・マリンバアカデミー(Keiko Abe Lausanne International Marimba Academy )」には、ヨーロッパを中心に世界から18人の生徒が参加。その最終日のコンサートの演目「竹林」は、即興性も加わり安倍氏のマリンバ演奏のすべてが凝縮されたような響きを伝え、同時に演奏も将来の夢を象徴するようなものとなった。

出会い

 マリンバソロ演奏の生みの親、「世界の安倍圭子」が抱く将来の夢とは、ローザンヌを中心に活躍する2人のマリンバ奏者「チキ・ドゥオ(Tchiki Duo)」に自分の哲学を託すことだ。

 「私が演奏できなくなったら、あなた達に私の哲学を引き継ぎ若い世代に伝えていってほしい。そのためのアカデミーをあなたたちの手で開催してほしいと2年前圭子に言われた」とチキ・ドゥオの1人、ニコラ・スッター氏(33)は話す。

 「すごく名誉なことだった。しかし責任も大きい。今は、選ばれた限りは、圭子を助け、彼女だけの『音』と『哲学』を継承するため、まずはこの1回目のアカデミーを成功させたい」

 190センチはありそうな長身のヴォー州の青年2人に小柄な安倍氏がいわば「遺言」を託すことになったわけだが、2人との運命の出会いは2006年ベルギーのアカデミー(1週間続く講習会)でだった。「実はこのときに行われたコンクールで、チキ・ドゥオは優勝できなかった。でも優れた音楽性を持っていると直感した。すぐに日本に来て私の講習を受けてほしいと言った」と安倍氏。

 それに「ほかの生徒は、技術的なことを聞いてくるのに、チキ・ドゥオはまず私の演奏からすごいエネルギーを感じ、そのエネルギーや禅について質問してきた」からだ。

即興性を含んだ人間性ある音楽

 安倍氏は、ローザンヌのアカデミーを「マリンバを通して本当の芸術家、即興性があり人間性あふれる音楽家を育てる場にしたい」と考えている。そしてそれがローザンヌで花開くと確信している。

 「偉大な芸術家の影響を受け今の私があり、やがて私も消えていく。2年前このローザンヌでチキ・ドゥオと演奏したとき、音楽の本質を捉えてくれる聴衆やマリンバの音楽性を理解してくれるチキ・ドゥオの恩師ステファン・ボレロ教授に出会った。さらに資金援助してくれる方々まで、私のマリンバを今の社会が必要とする音楽だと言ってくれた。本当にうれしかった。生きていてよかったと思った」と安倍氏は話す。

 今回、ローザンヌアカデミーは「マリンバ、マリンバした技術的にうまいだけのマリンバ奏者」ではなく「音楽の本質を理解する芸術家を育てる」ために、ボレロ教授のアイデアもあり、歌やピアノ、演劇の専門家たちを招き、呼吸法、体の動き、音質など、マリンバ以外の講習も行なった。

音楽と生のエネルギー

 ところで、アカデミーの教えの核心、「安倍圭子の哲学」とは何なのだろう。それをチキ・ドゥオのもう一人ジャック・ホステットラー氏(37)は、こう話す。

 「圭子の哲学は、音楽と生のエネルギーを何の媒介もなく結びつけることだ。ダイレクトだ。言い換えれば、自然から人間が汲み取るものがそのまま音楽になっている。そのこと自体は新しいことではないかもしれない。しかし実際には、音楽界にこうした音楽はそれほど存在せず、非常に新しいことなのだ」

 その自然をダイレクトに音楽に結びつけるやり方は、かなり日本的なのだろうか。「確かに圭子は日本人で日本的な『色彩』が音楽の端々に出てくる。しかし、力・エネルギーをダイレクトに表現するやり方は普遍的なものだ。音楽とはこの普遍的本質を、各文化によって解釈するのに過ぎないのだ」

 安倍氏自身は自分の哲学を、「マリンバ的な音楽ではなく人に感動を与える音楽を造り出せるマリンバ奏者になってほしい。それが私の哲学。言い換えれば聞いた人が心を満たされ、感動する音楽で、感動した後に家に帰って使われた楽器は、いったい何だったんだろうか?ピアノかマリンバ、それともバイオリンだったのだろうかと考えるような、楽器とは関係なく深い感動を伝えられることだ」と話す。

楽器の前に立つとなんにもなくなる

 安部氏の音楽は、しばしば自然の懐に抱かれながら、人間の本質を思いやるような深く静かな感動を呼び起こす。それはどこから来るのだろうかと考えるとき、作曲についての言葉が心に浮かぶ。

 「大自然の中でいつも1人。孤独になると心がスーッとしてきて、そのときは何もない。そうしたときにメロディーが浮かぶ。全部許せるし。それまであった煩悩とか、しがらみとか全部消えて、何もなくなる」

 また、まるで天から神が降りてきたようなその演奏については、「演奏は作曲とは違う。楽器の前に立つとなんにもなくなる。ここがローザンヌであろうと、ニューヨークであろうと。音楽だけになる。そして終わった後はなんにもなくなる。私は人間としてはダメな人。普通の人が感じる興味ってほとんどない。おいしい食事とかショッピングとかまったくない。音楽だけ」

 実際、アカデミーの講義中、1人の生徒が弾き終わると「ここはこうよ」と言ってマリンバの前に立った。すると、椅子に腰かけていた74歳の先生の姿は消え、突如「豹のように」動き出し、マリンバの響きさえも生徒のものとは別物になる。確かにマリンバとともに「変身」するようなのだ。

 「安倍さんの演奏は神が取りついたような・・・結局、安倍さんの曲は安倍さんしか弾けないのではないかと思う」とアカデミーでマリンバの講師を務めた1人、布谷史人(ぬのやふみと)氏も言う。

 しかし、たとえ安倍氏の曲を弾けるのは安倍氏だけだとしても、その哲学を継承しようとするチキ・ドゥオがいるし、生徒たちも何人かは確実にアカデミーで安倍氏のエネルギーを受け取ったように思える。「尊敬する世界の安倍圭子にこんなに身近に指導してもらい、生徒達はとても喜んでくれた。こうしたポジティブな反応のお蔭で、1年半後の第2回アカデミー開催が約束されようとしている」とアカデミー最終日に、ホステットラー氏が語ってくれたからだ。

第1回目はローザンヌの高等音楽学校(HEMU VD-VS-FR)で9月4~9日まで開催された。マリンバ演奏グループ「チキ・ドゥオ(Tchiki Duo)」の2人が中心に、またそれを同校のパーカッションの教授ステファン・ボレル氏やスタッフが支援した。

生徒はスイス、フランス、ドイツ、ロシアなどヨーロッパを中心にカナダ、日本、台湾などから、選考を通過した18人が参加。

安倍氏のマリンバの哲学を伝えることを目的に、またヨーロッパのマリンバの中心地となることも目指す。

安倍氏の哲学とは、マリンバの技術だけに秀でた演奏家ではなく、「音楽性に優れた芸術家」を育てることにあるため、マリンバのみならず歌、ピアノ、演劇の専門家たちが招かれ、呼吸法、体の動き、音質、音楽性の講義も行なわれた。

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