スイスの視点を10言語で

世界的ヴィオラ奏者 今井信子氏にインタビュー

今秋からはジュネーブ音楽院の教授職に本腰を入れる swissinfo.ch

世界で最も歴史が古く、名高い国際音楽コンクールである「ジュネーブ国際音楽コンクール」が11月1日から18日までジュネーブで開催中だ。今年の審査委員長であり、世界のヴィオラ界トップ奏者の今井信子氏にコンクールや氏の活動についてインタビューした。

今年のジュネーブ国際音楽コンクールの対象はヴィオラとピアノ。世界各国から91人が挑戦し、日本からの参加者は26人と最も多かった。現在、第3予選に残っている日本人はヴィオラでは村上潤一郎さん(桐朋学園出身、28 歳)とピアノでは橋野沙綾さん(28歳)と黒岩悠さん(27歳)だ。

 最終予選はヴィオラ、ピアノとそれぞれ11月14日と18日に行なわれる予定だ。今年のジュネーブ国際音楽コンクールのその他の審査員メンバーには日本人では作曲家の細川俊夫氏やピアニストの須田真美子氏などがいる。

swissinfo : 今年、審査委員長を務めていらっしゃるジュネーブ国際音楽コンクールの特徴について教えてください。

今井 : ミュンヘンとジュネーブの国際音楽コンクールは日本でも有名ですが、この二つはやはり世界で数多くあるコンクールの中でも歴史が長いので他とは重みが違うといえるでしょう。 

私はヴィオラの方を審査していますが、この楽器は今年は8年ぶりのコンクールとなります。今回はヴィオラが「67人集まった」と言うだけでも画期的です。前代未聞ではないでしょうか。

私も1968年にこのコンクールで最優秀賞を戴いたのと、ジュネーブ音楽院で教えていることが縁で今回、審査委員長を務めることになりました。

swissinfo : 今年のコンクールの模様はどうでしょう。また、どういう審査基準を大切にしますか?

今井 : 4回の予選があるので参加者は大変な体力と精神力を必要とします。また、本選最後に弾く3曲もヴィオラに関しては「オーケストラのコンチェルト」と「室内楽」、「ピアノとヴィオラのソナタ」と大曲を3曲も、2日に渡って弾きこなさなければいけないのでかなり、大変なことだと思います。

今年は蓋を開けてみると、凄く水準が上がっていて驚きました。聞くことで世界の水準というのが分かります。参加者が67人いても67人の個性が違っていて、面白いんですよ。反対に言えば、魅力的な個性を持っている人しか生き残れないのです。今年のレパートリーをこなせる人は世界に出しても通用するでしょう。

審査で大きいのはやはり、音楽を通して何かを言おうとしている人ですかね。当たり前の解釈でなく、はみ出て何かを創造している人に惹かれます。それをできる人はもちろん、テクニックを持っているいる人になりますね。 

swissinfo : 日本人の参加者が91人中26人(ピアノ11人、ヴィオラ15人)と非常に多いのは何故でしょうか? また、今井さんが日本でのヴィオラ・ブームの火付け役と言われるのはどうしてですか。

今井 : ヴィオラに関して言えば、日本でヴィオラを弾く人、勉強する人が増えたということで嬉しいです。

15年前ぐらいから、仲間達と東京でヴィオラを世界に広げようと「ヴィオラスペース」という演奏、教育する場を作りました。世界でも他にない試みでしたが、これが利いたのでしょうか。

swissinfo : 予選に落ちた人も含めた参加者への励ましの言葉はありますか。

今井 : 下手だから落ちたというのでなく、不運だったと言うこともあると思います。挑戦したエネルギーと意気込みをこちらもひしひしと感じました。これからも恐れないで自分を表現して欲しいです。音楽は一発勝負ではありませんし、苦い経験は誰でも甞めているのですから。否定されたとは決して思わずに、諦めずに学んで欲しいと思います。

swissinfo : 今井さんは6歳のときにヴァイオリンを始め、米国にいた時に小沢征爾指揮ボストン響の『ドン・キホーテ』(リヒャルト・シュトラウス作曲)を聴いてヴィオラに開眼されたと聞きましたが。

今井 : はい。タングルウッド音楽祭で21歳の時でした。草原にねっころがって音楽祭を聴いていたら、こんなに甘くてホロリとした音は何だろうと、立ち上がって見てみました。するとヴィオラ奏者から流れてくる音でショックを受けました。ドン・キホーテのヴィオラの場面は少ないのに、「こんなに暖かく語りかける音はない」と思いました。あの瞬間に「これだ」とヴァイオリンを止めようと決意しました。

若い頃ってそういう経験が起こりうるのですね。生徒さんにはそういった感激の一瞬を忘れないで欲しいと思っています。

swissinfo : ヴァイオリンとチェロの間の音感のヴィオラは「地味な楽器」と言われますが、その魅力は何でしょう。

今井 : というよりも、ヴィオラの音にはまったら抜け出られないのではないでしょうか。(笑い)肉声に最も近い、落ち着いた音で人生を語るような音です。つまり、しっとりした「大人の音」とでもいいましょうか。

ヴァイオリンのように「花形」といった楽器ではありませんが、ヴィオラはオーケストラの中では目立たなくても重要な役割を果たします。現代音楽でレパートリーが増えてきたのは嬉しいことです。

swissinfo : 最後に今井さんの先生と好きな作曲家は誰ですか?また、今後の活動の予定をお聞かせ下さい。

今井 : そうですね。いろんな人に教わりましたが、一番影響を受けたのは江藤俊哉氏と斉藤秀雄氏でしょうか。斉藤先生には大変可愛がっていただきました。また、一緒に弾く仲間からの刺激も大きいです。学ぶというのは毎日のことです。

好きな作曲家はあり過ぎてよく変わります。演奏家にとっては「今弾いている曲の作曲家」が最高に好きでないとやっていけないのではないでしょうか。

今後の活動については、ジュネーブ音楽院の教授職に本腰を入れるとともに2003年に結成された「ミケランジェロ・カルテット」を本格的に軌道にのせる予定です。音楽家にとっては音楽のエッセンスである弦楽四重奏で人生を終えるのは夢みたいな話です。カルテットに使うエネルギーは凄いものですが、子育ても終わりましたし、素晴らしい仲間に出会うことができ、これができれば死んでも本望です。(笑い)


swissinfo、  聞き手、 屋山明乃(ややまあけの)

- ジュネーブ国際音楽コンクールは1939年に創設された最も古い国際音楽コンクールの一つ。年によってピアノ、歌、弦楽四重奏、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラなど対象楽器が変わる。

- 2005年の第60回ジュネーブ国際音楽コンクールではピアノと、8年ぶりにヴィオラが競われる。

- 最終予選はヴィオラが14日、ピアノが18日に行なわれる予定。

<今井信子氏の略歴>

– 6歳でヴァイオリンを始め、21歳でヴィオラに転向する。桐朋学園大学を経て、イエール大学、ジュリアード音楽院に学び、1967年にミュンヘン、1968年にジュネーブの両国際コンクールで最高位入賞。

– 以後、米国、欧州を拠点にソリスト、室内楽奏者、教育者として国際的に活躍する。武満徹氏が作曲したヴィオラ協奏曲『ア・ストリング・アラウンド・オータム』を小沢征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラと共演。こういった、現代曲の初演を務めるほか、ヴィオラのレパートリー開拓に大きく貢献している。

– 日本では仲間と共に15年ぐらい前から「ヴィオラ・スペース」を開催し、現在では東京の紀尾井ホールでヴィオラの演奏会、ヴィオラ奏者の育成に精を出している。

– 2000年からアムステルダム音楽院、2002年からジュネーブ音楽院の教授も勤める。  

(今井信子氏のサイトを参照)

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部