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仮想通貨の「昇格」に挑むスイス

Poster of person wearing bitcoin glasses
仮想通貨は犯罪者を引きつける金融の野生児として多くの国から疑いの目で見られている Keystone / Jerome Favre

「クリプト(暗号)国家」を自称するスイスは、法改正や営業許可でブロックチェーン事業に「お墨付き」を与え、世界の注目を集めている。

ブロックチェーンは仮想通貨を保管し、送受するデジタルシステムとして知られる。この技術は現行の金融システムを改善するものとして一部で称賛されてきた。

スイスは今年、一連の会社法や金融法を改正し、ブロックチェーンを使った商取引に確かな法的基盤を与えた。また、スイス金融当局はここ2年間で仮想通貨銀行2行デジタル資産取引所、スイス初の暗号資産ファンドに営業許可を与えた。

矢継ぎ早に政府のお墨付きを与えるのは、「西部開拓時代」と揶揄(やゆ)される仮想通貨を、正当な金融資産に「昇格」させる狙いがある。ビットコインのようなトラブルメーカーを、銀行の手で消費に適したものに浄化する試みともいえる。

ファルコン・プライベートバンクで暗号チームの責任者を務めていたケイティ・リチャーズ氏は「市場が成熟し、法的枠組みが整った。営業許可が出るようになり、新たな金融商品の供給ルートができあがっている」と指摘する。同氏は現在、オランダに拠点を置く仮想通貨投資会社サイバー・キャピタルのスイス事務所立ち上げに取り組んでいる。

「スイスはより革新的で競争力のある国に成長した。諸外国から新しい企業を次々に誘致している」と同氏は話す。

スイスに最初の仮想通貨企業が現れ始めたのは2013年頃だが、産業として定着したのはその4年後、ビットコインの価格が急騰してからだ。

スイスでは既に、ブロックチェーン事業のためにクラウドファンディングで集めた何億ドルもの資金を運用する非営利財団がいくつも設立されている。スイスはアルプスに作られた軍事用核シェルターを仮想通貨の金庫に変えた。そして、現在はブロックチェーンの謎めいた世界と従来型ビジネスをつなごうとしている。

このようなスイスの法的安定性は、世界の多くの国から大きく問題視されている新興のブロックチェーン産業には願ってもないことだ。特に米国では、金融規制当局が一部の仮想通貨プレーヤーを厳しく取り締まっている。

最後の安全地帯

イラン系英国人のアミール・ターキ氏は最近、自身の分散型金融(DeFi)プロジェクト「DarkFi外部リンク」の拠点としてスイスを選んだ。同氏は国家の介入を全く好まないが、スイスの法体系は、米国やEUで策定中の仮想通貨法案よりもはるかに好ましいと考えている。

同氏は「各国政府は現金、社会、経済に戦争を仕掛けている」と指摘する。「中国が欧米諸国の手本になりつつある。スイスは最後の安全地帯だ」。中国は商取引・金融や市民に対する統制・監視を強化している。

米フェイスブックの物議を醸した仮想通貨「ディエム」もスイスを理想的な拠点と考えたが、この破壊的なプロジェクト監視を監視したい米当局の圧力を受け、スイスから米国に引き戻された。

ファイアー・ブロックス外部リンクやオランダを拠点とするアライアンス・ブロック外部リンクなどのブロックチェーン金融会社がスイスに進出してきている。フランクフルト証券取引所を運営するドイツ取引所外部リンクは、スイスで投資顧問業の許可を得たクリプト・ファイナンス外部リンクに資本参加した。

その理由の1つは、何ができて、何ができないのかが把握可能であることは、ビジネスを構築する強固な基盤となるからだ。このことはトークン化(企業の株式や、美術品や収集品の所有権などをブロックチェーンに基づき証券をデジタル化するプロセス)にも当てはまる。仮想通貨は今では、ブロックチェーン上で作成・取引される「デジタル資産」というより大きな世界の一部に過ぎない。

例えば、スイスの銀行免許を持つ仮想通貨銀行シグナム外部リンクピカソの絵画の株をトークン化した。同社はスイスで法改正をきっかけに増えてきたトークン化プラットフォームの1つだ。これらのプラットフォームでは、企業がデジタル株式を発行することもできる。

しかし、ブロックチェーン産業の新たな急成長は、より広い視野で見る必要がある。同部門はスイス中央部ツーク州の「クリプト・バレー(暗号の谷)」として知られる本拠地から広がり、現在では、スイスのドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏に1千社近い企業があり、約5千人を雇用している。

伝統的な金融部門はスイスで22万人の従業員を抱える。スイス最大手行UBSには世界中に7万人以上のスタッフがいる。スイスで最も古い仮想通貨企業の1つであるビットコイン・スイス外部リンクは、直近の18カ月間で従業員を120人から260人に増やした。

それでも残る疑念

一握りの銀行は仮想通貨サービスに手を出し始めているが、金融業界はまだ仮想通貨をかなり警戒している。最も懸念されるのはマネーロンダリング(資金洗浄)のトラブルに巻き込まれることだ。そのため、多くの暗号資産スタートアップ企業がスイスでの銀行口座の開設に苦労している。

その一方で、分散型金融の推進者は、規制上の介入が増えることに反対。ビットコインにスーツとネクタイを着せれば受け入れられやすくなるかもしれないが、それではビットコインの根本的な資質を損なうと主張する。

仮想通貨やブロックチェーンは、従来のインフラに取り込まれるのではなく、むしろ銀行や厳格な規制に代わり大衆が運用管理できるようになる軽快な技術と考えられている。

スイス政府が従来型の銀行を見殺しにしてまで暗号資産業界を守るはずがない――一般的にはそう思われがちだが、ターキ氏はこの山国では2つの世界が不安はあっても共存できると考えている。

「暗号資産の世界は、イノベーションの起きない規制の厳格な領域と、アンダーグラウンドなままの分散型金融に二分されるだろう。おそらく、両者が相互に影響し合うことはない」

(英語からの翻訳・江藤真理)


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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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