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児童虐待から子どもたちを守るチューリヒ州の取り組み

Keystone

家庭内暴力の目撃者または被害者である子どもたちは、そのほとんどの場合、救助の手が差し伸べられないまま放置されている。チューリヒ州は2年前から、家庭内暴力からそういった子どもたちを保護するため、新しい措置を取っている。

チューリヒ州警察「家庭内暴力 ( DV )」特設本部の責任者であるハインツ・モラ氏は、まるでその現場に居合わせたかのようにため息をつきながらこう語る。「それは金曜の夜のことでした。その子らの父親は未決拘留され、母親は配偶者に加えられた暴力で入院したのです」

夫婦間暴力の犠牲となる子どもを守るチューリヒ

 「A4版の紙にぎっしり埋まった住所一覧の4ページ目の最後の行まで目を通しても、この夫婦の2才と8才の2人の子どもを預かってもらえる場所は見つかりませんでした。この8才の子どもが隣人に助けを求め、その隣人がわれわれに通報したのです」
近所の人か身内に頼るしかないが、大抵の場合、余裕を持って受け入れてもらえる状況ではない。

2000件の保護措置

 数日前、モラ氏と家庭内暴力についてチューリヒ州の専門家達が集まり、2007年4月1日に施行された、新しい対家庭内暴力保護法をめぐる状況を総括したばかりである。2007年4月1日の民法改正に伴い、スイス全州で家庭内暴力に対抗する機関を設置した。スイスの人口の7人に1人を抱えるチューリヒ州は、リーダー的存在だ。

 家庭内暴力は、2004年以降スイスでは犯罪とみなされ起訴される。しかし、暴力を振るう配偶者を住居から追い出すことを可能にしたのは、民法改正以降のことだ。チューリヒの統計は、悲観的な現実を浮き彫りにしている。チューリッヒ州保護監視機関で副所長を務めるリタ・スルゼール氏は、
「この数字が示す現実に、ぞっとしています」
 と述べる。
「しかし法律の施行によって、以前は陰で行われていたことが、白日の下に晒 ( さら ) されるようになったのです」
 
 この2年間で、2000件を超える保護措置が適用された。通常、虐待をする側の配偶者の、14日間または延長可能な住居からの追放 ( 93.4%が男性 ) 、もしくは地域周辺への立ち入り禁止、配偶者への連絡禁止といった措置が取られる。

巻き込まれる未成年の存在

 チューリヒ州警察は、日に平均して3人の家庭内暴力を振るう配偶者を強制退去させている。そのケースの半数に、未成年の子どもたちが直接的あるいは間接的に被害を受けている。

 この慎重を要する問題については、専門家達が注目している。予算不足に加え、事件が公訴棄却とされ、被害者の泣き寝入りに終わるケースが非常に多い現状が、新たな対策を打ち出す要請の下地となっている。
「子どもたちは母親が父親にぶたれたり侮辱されたりするのを何度も繰り返し目撃している。そして多くの場合、子どもたち自身も暴力を受けている。この子たちが一人でこの問題を抱えていくことをこのまま見逃すということは、許されることではありません」
 と、モラ氏は警告を発する。

 だがほとんどの場合、子どもたちが悲惨な境遇のままに打ち捨てられている、と専門家達は嘆きの中で声を揃える。家庭内暴力は、保護機関が作動できない夕刻、深夜、週末や休日に起こることが多いからだ。

得られない状況説明

 さらに、両親は世間体のために、また子どもたちは状況を「再現」することへの不安からか、何が起こったのかについては口をつぐんでしまう。州立対家庭内暴力対策機関の所長の1人であるコルネリア・クラニッヒ・シュナイター氏は、こう語る。
「こういった子どもたちは自分の家庭しか知らないので、暴力が代々受け継がれる恐れがあります」

 子どもたち自身がいち早く専門家に相談できるように、2つのプロジェクトが進行中だ。ヴィンタートゥール州の「キッズ・プンクト ( KidsPunkt )」は、両親の承諾を得た上で、青少年事務局を通しての子どもたちとの直接対話を可能にする。このプロジェクトは1月1日に始まった。

進展

 「幸先の良い結果です」
 とスザンナ・ソエルモスト氏は、父親がどこかに潜んでいるのではないかとの恐怖から毎朝4時に目が覚めてしまう14才のメラニーの例を挙げながら話す。

 チューリヒ市でも、非政府組織 ( NGO ) と協力して、同じようなプロジェクトである 「キッズ・ケア ( KidsCare ) 」を間もなく開始する。
「できるだけ多くの子どもたちにまで救援の手が差し伸べられるように、どのようなアプローチをし、どういうふうに組織立てていけばよいのかを、考えなければなりません」
 と、クラニッヒ氏は声を大にする。まだ多くの人たちが、子どもと腹を割って話すことを躊躇( ちゅうちょ )しているからだ。例えば、司法に携わる人々の間にその傾向が強く、この羞恥心が障害となっている。もっと勇気を持たなければ、子どもたちを真の意味で救済することはできない。

アリアンヌ・ジゴン、チューリヒにて swissinfo.ch
( 仏語からの翻訳 魵澤利美 )

今現在、スイスにおける家庭内暴力の現状が把握できる統計は存在していない。昨年末、スイス連邦政府の報告書により、夫婦間の暴力についての部分的な調査結果が出されている。
2003年の調査によると、既婚女性の1割が、結婚生活において少なくとも1回は、身体的あるいは性的暴力を受けたとされる。さらに3人に1人が、身内または他人による身体的または性的暴力を受けている。

2004年以降、家庭内暴力はもはや個人の問題ではなく、起訴を伴う犯罪となった。司法手続きは被害者の申し出によってのみ、停止することができる。
家庭内暴力に対する民法の規定は、2007年7月1日に施行された。
保護措置の施行。被害者が保護措置を要請できる ( 加害者と被害者との接触の禁止、加害者の自宅からの追放 ) 。

子どもたちは、経験したことの重さに加え、迅速で専門的な援助が受けられないために、苦しんでいる。
ベルン州警察によると、両親の間に生じる家庭内暴力に直面する子どもたちは精神的なショックや打撃の面からすると、直接的な被害を受けていなくとも、実質上の被害者であるとされる。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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