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失われつつある当時の精神

Reuters/Petar Kujundzic

ベルリンの壁が崩壊して間もない1992年、世界には「新しい門出」を祝うムードが漂っていた。当時、リオデジャネイロで開催され、史上最大の国際会議となった国連環境開発会議(地球サミット /UNCED)でも同じような熱気が感じられた。

 20年前のこの会議では、国際社会における持続可能な開発のガイドラインをまとめた「リオ宣言」のほか、気候変動枠組み条約や生物多様性条約が採択された。

 また、リオ宣言を実行するための行動計画「アジェンダ21」も採択された。この計画では、持続可能な開発を通して、地球の環境破壊を防ぐための具体的な解決策が示されている。計画の実施は、世界全体だけでなく国家や地域レベルで行わなければならない。

 あれから20年。今年の6月中旬に、世界中から各国代表が再びリオに集う。持続可能な開発のための新たな政治責務について話し合うためだ。

 「リオ+20」と名付けられたこの会議が開催される前に、連邦環境省環境局(BAFU/OFEV)で長年、局長を務めたフィリップ・ロッホ氏に1992年当時の様子を聞いた。

持続可能な開発

 「あの会議で画期的だったのは、持続可能な開発について初めてあれほど大規模に話し合いが行われたことだけではない。地球の資源を守るためには、世界中の政治、経済、環境、開発関係者が協力し、ネットワークを構築する必要があることを、多くの人が初めて意識するようになったことだ」とロッホ氏は語る。

 「持続可能な開発」という理念は1987年、国連の「環境と開発に関する世界委員会」が作成した報告書「私たちの共同の未来」で使われたのを機に、その後の開発及び環境政策をめぐる国際的議論の中心的理念となった。

 

 環境と開発に関する世界委員会によると、持続可能な開発とは、生態系と経済が相対立するのではなく、協調し合いながら行う開発のことだ。

依然として重要な「アジェンダ21」

 「1992年の地球サミットは大きな冒険でもあり、(環境保全における)重要な一歩だった。政治的に高いレベルにおいて初めて、これまで個別に扱われてきた各テーマを互いに関連付けて取り組むことになった。また、地球の生態系や資源を守るための方法を見つけなければならないことも確認された。これをしなければ、やがて、全ての人々にとっての公正で社会的な開発が存在しなくなるからだ」とロッホ氏は説明する。

 「環境保全という基本的なテーマにおいて、アジェンダ21はリオデジャネイロの地球サミットから20年たった今も最良の実行計画だ。取り組まなければならない課題を取り上げているからだ」とロッホ氏は言う。全ての国や機関が同じように取り組んできたわけではないにしろ、当時は持続可能な開発に向けての熱気があった。それ以来、法的にも、研究レベルにおいても進歩があった。 

 しかし今になってみれば、当時多方面から期待されていたような、劇的な変化は起こらなかったと言わざるを得ない。「世界の多くの地域で生活条件が悪化している。地球上の10億人以上の人々には衛生的な飲み水がないのだ」

 リオデジャネイロの会議当時は、持続可能な開発が重要事項として取り上げられ、人間は生活の仕方や活動の多くを変えなければならないことが認識された。しかし、今日では残念ながらその精神は感じられない。「人々はしばしば偽善を感じている。繰り返される綺麗ごとやリップサービスと現実の狭間で矛盾が顔を出す」

総体的に進歩なし

 20年前を回想しながらロッホ氏は言う。「リオの会議当時、我々は最も進歩的だった。しかし、それ以来我々はある意味、堂々巡りをしている。多くの分野で状況は悪化した」。例えば、気候。気候変動枠組み条約自体は素晴らしいものだった。しかし、我々は今日、京都議定書の目標すら達成できていないことを認めなければならない。

 「もちろん進歩もあった。しかし、総体的には成果が出ていない。我々は常に成長する国内総生産高(GDP)を唯一の経済基準だと信じて疑わないからだ。物質主義という狭いものの見方が議論を支配する限り、見通しは暗い。リオの精神は失われつつある」とロッホ氏は憂いを拭い切れない。

スイスで実現した計画

 2005年に連邦環境省環境局長を退職するまで新立法の開発と実施に関与してきたロッホ氏は、スイスにおけるリオ宣言の目標の実現に関して、結果は長短さまざまだと説明する。気候とエネルギー分野に関しては、進歩はかなり遅いという。

 二酸化炭素(CO2)削減に向けた法律のほかには、化石燃料に関しては何も対策が行われていない。また、フクシマの大惨事が起こらなければ、スイス政府が段階的な脱原発を決定することもなかった。

 しかし、生物多様性分野においては、湿原を守るためのイニシアチブ(国民発議)、「ローテントゥルム・イニシアチブ(Rothenthurm-Initiative)」が可決されたことにロッホ氏は満足している。また、地域の自然公園開設に関する新制度も評価している。

 

 一方で、ロッホ氏は土地計画において経済と人口の側面から大きな圧力がかかっていることを指摘し、「我々はまだ残っている緑地を破壊し過ぎている」と語る。さらに別荘建築を制限するイニシアチブが可決されたことに触れながら、国民も同感だと主張する。

 農業経営においても何らかの対策を行う必要がある。作物の生産のほかに、特に土地と水の保護が重要だ。スイスでは自然環境保護に基づいた農業経営の歴史は浅い。これに対処すべき課題はまだ多く残っているが、残念ながら農業連盟は未だに反対の姿勢を崩していない。

1972年:国連人間環境会議、ストックホルム

1992年:国連環境開発会議、リオデジャネイロ

1997年:フォローアップ会議「リオ+5」、ニューヨーク

2002年:フォローアップ会議「リオ+10」、ヨハネスブルク

2012年:フォローアップ会議「リオ+20」、リオデジャネイロ

環境問題など地球上の問題に対処するために設立された「ローマクラブ(Club of Rome)」は1972年に研究論文「成長の限界(The limits to grouth)」を発表し、このまま人口増加や環境破壊が進めば地球の成長が限界に達すると警鐘を鳴らしたことで、自然環境保護を考慮した開発の意義について意識するきっかけを与えた。

1987年、国連に設置された「環境と開発に関する世界委員会(WCED)」は委員長のグロ・ハーレム・ブルントラント氏によるブルントラント報告「我々の共同の未来」を発表し、持続可能な開発を「将来の世代のニーズを充たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズをも満足させるような開発」と定義した。

報告書は経済・社会・環境問題は互いに影響を与えていると仮定し、地球規模の環境問題は主に南半球の国々の貧困と北半球の国々の消費形態に原因があることを指摘している。また、政治を考慮した、環境と経済と社会が統合した意味での持続的な開発をアピールしつつ、開発と環境問題を組み合わせた戦略を求めている。

報告書には今日、世間一般的に定評のある持続性に理解を示す内容が記載され、1992年のリオデジャネイロの国連会議以来、今日まで持続可能な開発に関する政治的な討論に影響を与えている。

今日までの20年間、持続性に関する対策が繰り返し行われ、政治討論の中で新しい概念が見出された。今日のスローガンは「グリーン経済」への移行。しかし、「リオ+20」の会議を目前にして、グリーン経済の概念について論争が起こり、交渉は進んでいない。

(出典:連邦環境・運輸・エネルギー・通信省)

世界各国の代表委員約1万人が参加する地球サミットでは、気候変動と生物多様性に関する条約が締結された。それ以来、京都議定書など、環境問題をテーマにした議題が取り上げられている。

リオ宣言:経済的に持続可能な進歩は、環境保護と関連付けて長期的に考えることによって達成されるという内容の27の基本方針。

アジェンダ21:持続可能な開発によって地球の環境破壊を防ぐための、包括的で具体的な解決の手がかりを示す21世紀のための実行計画。

森林原則声明:森林の管理、維持と持続可能な開発のための指導原則。法的拘束力がない。

砂漠化防止条約:リオの会議後、1994年に採択された条約。

(独語からの翻訳・編集、白崎泰子)

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