
持続可能な農業 AIより「常識」が重要
農業・食料生産システムにおける重要課題は、人工知能(AI)やデジタル技術では解決できない――スイス有機農業研究所の研究員らはこう語る。

おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
先日、農業関連のイベントで有機農業に取り組む生産者たちに会い、健康な土づくりへの自信と高い評価について話を聞いた。いま話題の環境再生型農業(リジェネラティブ農業。持続可能な農業システムの概念で、とりわけ健康で適切な土の管理に重点をおいている)について持ちかけると、一部の生産者は怪訝な顔を見せた。
彼らの言い分は、そもそも有機農業は土を再生して行なうもので、環境再生型農業は新たな概念ではなく何世紀も前から行なわれている、というものだ。「古い酒を新しい革袋に入れる」意味が分からない、と。それ以外にもグリーンウォッシング、胡散臭い営業トーク、そして有機農業運動が推進してきた話法の使いまわしにも話題は及んだ。
一方で、環境再生型農業をより肯定的に捉える生産者もいた。というのも、彼らの生活は健康な土壌とその肥沃さの向上および維持にかかっているからだ。土壌改善のために打てる策はまだまだあるという認識をもち、健康な土壌づくりの大切さを再認識してもらうべくあらゆる取り組みは大歓迎だそうだ。
どちらの見解も道理に適っており、環境再生型農業の是非を論じてもさほど意味はない。いずれにせよ健康な土壌は農業にとって非常に重要だし、農家は良い土の作り方もその維持方法も熟知している。しかしながら、こうした農家の知識がすべての農地で実践されているわけではなく、またすべての農家が土の劣化を防ぐ形で耕作しているとも限らない。
技術か常識か
技術革新の恩恵にあずかりロボットやAI、遠隔モニタリングなどを利用することは解決策の一つだ。しかし、話を聞いた生産者の間でも意見に隔たりがあった。一部の生産者は行き届いた施肥や病害虫管理、土壌解析、また土壌への影響を最小限に抑えた軽量型のロボット機器など、技術の活用に前向きだった。
他方、AIよりも常識を求める声も聞かれた。ある生産者は環境に負荷がかかる褐炭の採掘に疑問を呈した。「再生可能エネルギーで動く機械を使った炭の採掘も、効率的な褐炭発電所のための技術改革への投資も、果たして意味があるのか?」。意味はないかもしれない。。褐炭の採掘を完全に中止する方が優れた解決策ではないか。
同様の理論が農業にも当てはまる。例えば、別の生産者はファストフード・チェーンのマクドナルドと食肉生産会社ロペス・フーズ、農業技術会社のシンジェンタが結んだあるパートナーシップについて教えてくれた。米国内でのより持続可能な牛肉生産を目指して肉牛に特殊なトウモロコシを与えるもので、この生産者はホリスティック・アプローチ(訳注:問題を部分的にではなく全体として捉える手法)の好例だという。さらにこの生産者は、シンジェンタのジェフ・ロウ最高経営責任者(CEO)が同社の「経営理念は製品の販売ではなく、農家が社会のために健康的な食料を持続可能な形で供給できるよう、解決策を開発することだ」と表明していたことにも触れた。

おすすめの記事
環境再生型農業とAIで持続可能な未来を創る
我々にはおとぎ話のように聞こえる。我々はいま、農業と食料生産の持続可能性を高めつつ生産性も確保できるよう、現行の農業と食料生産システムの転換を試みているのではなかったか?その転換において、遺伝子組み換えトウモロコシで育つ牛肉が何の役に立つというのか?役に立たないばかりか、それが営利狙いなのは明らかだ。企業が製品を販売して利益を上げる一方で、環境汚染、動物への影響、人間の健康への影響といった隠れたコストを社会全体が背負わされている。
今回話を聞いた生産者は誰一人として、肉牛に遺伝子組み換えトウモロコシ飼料を与えることがホリスティックで農業を持続可能な食料生産システムへと転換させるための解決策になるなどと捉えてはいなかった。AIはトウモロコシで育つ牛肉を最も効率的に生産する方法は示してくれるかもしれないが、常識で考えればそんな牛肉生産システムの構築自体がそもそも失策だ。
これからの道筋は?
AIには理解力がないが、膨大なデータを基にパターンを特定することには非常に長けている。例えば、地域の天気や気候、土壌データの明らかな変化から、特定の区域で害虫の発生が迫っている、あるいは肥料が不足していることなどが示唆されれば、非常に役に立つだろう。
反対に、データが少ない場合やデータ収集に費用が発生する時など、AIはさほど役に立たない。例えば「地中により多くの炭素を蓄えておくには、どこの農家のどんな慣行が最適か?」といった内容はパターンを特定するのが難しいケースだ。その場合、土壌表面の変化を遠隔モニタリングした不確実なデータよりも、有機農業や農業経済、土壌管理に向けた環境再生型農業の実践、あるいは輪作の手法について農家が蓄えてきたノウハウの方が役に立つ。
最終的には、全体像を理解するにはAIよりも常識の方が役に立つことが多い。
例えば生産性に関して何か決定を下す必要がある場合、単一の作物の収穫高と効率性を重視するのか、それとも多種多様な作物を長期間にわたって輪作で収穫することで環境への負荷を最小限に留めるのか。
前者では牛にトウモロコシ飼料を与えることが重要になり、後者では牧草の方が食料生産システムの循環になじみ、より優れた解決策となるだろう。
結局、持続可能な農業の要となるのは農家の豊富な知識と農家が心得ている常識に他ならない。それらがAI、すなわち特殊なケースに対応する万能ツールと組み合わせ可能なことは言うまでもない。しかしAIが解決策を生むことはなく、また我々の代わりに責任ある決断を下すこともない。持続可能な農業と食料生産システムの達成に有利な手段の数々はすでに知られている。すなわち、(有機農法や環境再生型農業、農業経済が推奨するような)健康な土壌、工業化が進んだ国々では栄養過剰な土地での肥料使用量の削減、適切な輪作、地域環境に合った作物品種の選定、農学的にみて必要な範囲を超えた飼料作物の生産を行なわないこと、そしてフードロスの削減だ。
この記事で述べられている内容は著者の意見であり、必ずしもswissinfo.chの見解を反映しているわけではありません。
編集:Virginie Mangin&Anand Chandrasekhar、英語からの翻訳:神蔵久絵、校正:ムートゥ朋子

JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。