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守秘義務のゆくえ

政治的に銀行の守秘義務を守り続けるだけでは不十分 Keystone

欧州連合の圧力にもかかわらず、ハンス・ルドルフ・メルツ財務相は2月25日、銀行の守秘義務を守り続ける政府の方針を改めて示した。

これに対してスイスのマスコミの意見はさまざまだが、大方は守秘義務の存続は難しいとみている。

戦略があるのか

 スイス政府の金融界に対する今回の方針発表について「ずっと以前から期待はしていなかった。( スイス政府は ) 勇気もない上、政治的に緊迫している状況に立たされている」とバーゼルの「バズラー・ツァイトゥング ( Basler Zeitung / BaZ ) 」は書いた。税の申告漏れを脱税とはみなさないというスイス独特の方針を引き続き貫くために、銀行による一括納税で欧州連合 ( EU ) を説得する方針は新しいことではない上、実現の見込みは薄いとみる。BaZは守秘義務の価値が徐々に失われていくことが問題だという。

 スイスの銀行顧客の盗難データのCDをドイツ当局が購入した時点で銀行顧客は、スイスの銀行は自主的にデータを開示したも同様とみているという。そしてスイス政府には緊急に問題を解決する必要があるとBaZは書いた。

 「政府の金融界への政策は今もあいまい」と書くのはベルンの「ベルナー・ツァイトゥング ( Berner Zeitung / BZ ) 」だ。「外圧に対して無計画であるという非難に対しメルツ財務相は、あらゆる手段を使って反論している」
 と書いた。BZは2月25日の政府記者会見について「解釈はさまざま。明かな基準もない」と批判し「戦略的に政府はその方針を明かさなかっただけであり、戦略はあるのだと願いたい」と皮肉った。

 多くを語らないことについてドイツ語圏の日刊紙「ノイエ・ツルヒャー・ツァイトゥング ( Neue Zürcher Zeitung / NZZ ) 」は、「 ( 対EUの ) 交渉戦略として金融市場への方針を語ることはあまり意味がない」と評価したが、最近は内閣の統一した意見が聞かれず、内閣が一丸となってこの問題に取り組む必要があると指摘した。

 NZZは、EUが要求する各国間の銀行顧客情報の共有には応じないという「はっきりした態度」をメルツ財務相は取ったと政府を評価。「こうした態度を通し財務相は、スイスでも税の申告漏れと脱税に違いを付けるべきではないという国内にある意見にシグナルを出したのだ」とみる。「戦略的に良いのは、2国間交渉でありEU全体との交渉ではない。EUは攻撃的だが、細部に関しては各国は同じ状況にあるわけではない」と書いた。

少しでも長く維持

 一方、チューリヒの日刊紙「ターゲス・アンツァイガー ( Tages Anzeiger/TA ) 」は、スイスの外国に対するイメージアップのためのメッセージさえなく「各国と交渉するという方針を伝えただけで」問題の解決には至らないと批判した。銀行の意向だけが通ったとTA 。メルツ財務相は以前なら、自動的な情報交換を支持したはずなのに、これを否定するのは「銀行の意向があったから」で、銀行は交渉を意図的に遅らせる戦略にあると書いた。

 ドイツ語圏の大衆紙「ブリック ( Blick )」 は「ブラックマネーを前にしてポーカー」という題で、サラミを薄く切っていくように譲歩し、まだある守秘義務を少しでも長く維持しようとしているのだと書いた。源泉徴収による一括納税がEUに受け入れられる可能性は低いと予想。

 情報交換は「顧客の名義に限るなら一つの解決になりうる」。( 外国政府が、隠し金を明らかにするためにスイスに口座を持つ顧客に向けて仕掛けられる ) 脱税恩赦については、スイスに巨額なブラックマネーがある限り避けられないなど、それぞれの可能性と予想を挙げた。

 「スイス政府が時間稼ぎをすることは間違っていない」とルツェルンの「ノイエ・ルツェルナー・ツァイトゥンング ( Neue Luzerner Zeitung / NLZ ) 」。EUやEUの中の大国の圧力にあまりにも何度も従いあまり考えずに反応してしまった。「やっとスイスは反応するだけではなく、行動するという印象を与えてくれた」と書いた。

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無能であることをさらけ出した

 フランス語の日刊紙「ル・タン ( Le Temps ) 」は、外国人にとって資産運用面で、スイスの銀行の守秘義務はすでに無いと書く。「政府はこの現実に政治的な視点を明らかにしたに過ぎない。スイスの銀行は今後、『グレーマネー』を受け入れないこと」が、EUが要求する自動的な情報交換に代わるものであると象徴的に提案した。

 しかし、スイスが提案する源泉徴収による一括納税など、EUにとっては多くのグレーゾーンがあり、まだまだ何も解決していないと指摘する。政府の25日の発表は「その意志の弱さを表し、スイスの弱みをEUの前にさらけ出したようなもの」と手厳しい。

 「支配するために分割する」という題を付けたのはヴォー州の日刊紙 「ヴァントキャトラー ( 24 heures ) 」。メルツ財務相は租税条約の交渉の場では、すべてのカードを手に持ちたいと思っているのだろうと予想する。「EU諸国とそれぞれ交渉して問題を解決しようとしているのであれば、その手段があるのかどうか検討する必要がある」と書いた。

 批判的なのはティチーノ州の「レギオーネ ( Regione ) 」も同じだ。「解決しなければならないことではあるが、その手段は不透明。1年前と状況は全く変わっていない」という。メルツ財務相の政策は経済協力開発機構 ( OECD ) が強制した18カ国との租税条約締結を完結するための当然の成り行きであり、メルツ財務相は外国に対しはっきりした態度を示したかったのだろうが、外国からの脱税資金の流入を止める方法については明らかになっていないと書いた。

アレクサンダー・キュンツレ、swissinfo.ch
( 独語からの翻訳、佐藤夕美 )

スイス政府は反対しているが、欧州連合 ( EU ) では2005年から実施しており、納税者は得た利子を申告しないことはできなくなっている。各国間で共有される情報は納税者の名前と住所、預金口座のある銀行名と口座番号、利子税額だ。利子税の額から、資産を正しく申告したかが判断される。
情報の共有は2003年、欧州会議で可決したが、スイスが利子課税を承諾した時点で発効となった。EUは、スイス、リヒテンシュタイン、アンドラ、モナコといった、租税回避地を阻止する意図があった。スイスはEUとの第2条約で、源泉徴収による利子課税 ( 35% )を段階的に取り入れることで合意に至っている。これにより税収は確保するが銀行顧客の情報の流出を避けることができた。しかし、EU諸国の当局にとっては、税収確保と情報の入手は別の意味があるため、情報の共有制度の必要性を主張している。

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